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エピソード0:曇天に救いなし。②

「……」

 彼女は無言で、目の前にいる『彼』を睨みつけていた。

 黄金週間までもう少しの4月中旬、時刻は19時過ぎ。春とはいえ日が落ちれば地味に寒い。

 フェンスと校舎に挟まれた学校の裏庭なんて、日が差さずにジメジメした雰囲気から、昼間でも近づく人は少ないというのに……部活動も終わったこの時間は、校舎からの明かりさえ届きづらい、陰鬱とした空間。

 ブレザータイプの制服、羽織っているジャケットの襟が、吹き抜ける風に煽られて一度大きくなびいた。

 高い位置で結ったツーテールも、同じように風になびく。

 身長は150センチ前後、はっきりとした目鼻立ちに幼さは残るが、瞳の奥には意志の強さを感じる。見た目通り中学生……なのだが、彼女は両手に木刀を握りしめ、先程から動かない『彼』を睨み続けていた。

 二人の距離は5メートルほど離れている。互いに一歩も動かないのは、相手の出方を伺っているからなのか。

 しかし、この硬直状態が始まって、そろそろ10分が経過しようとしている。よくよく見ると、彼女の両足が震えている……ように見えなくもないが、本人は決してそれを認めようとしないだろう。だって、後ろに、どうしても弱みを見せたくない人物がいるのだから。

「……いずい……」

 ゲンナリとした表情で、ポツリと本音を呟いた瞬間。

「い、伊豆……? 今、何て言ったと?」

 彼女の背中に隠れていた少女がひょっこり顔を出し、九州地方のアクセントと言葉で問いかけた。

 彼女より一回り小柄で、パーカーにジーンズという動きやすい格好。キャスケットをかぶり、肩口で切りそろえた髪が耳の横で揺れていた。

 大きな瞳に目一杯の好奇心を詰め込んで尋ねたのだが、前にいる彼女は振り向きもせずに返答する。

「いずいを知らないの? 信じられない……標準語なのに」

「いや、絶対違うと思うっちゃけど……えぇっと、いづい? どういう意味?」

 顔にはてなマークしか浮かんでいない少女に、ツインテールの彼女は呆れ混じりの口調で説明してくれる。

「しっくりこないとか、基本的に不快感を表したり、居心地が悪い状況で使う言葉よ。宮城ではマスト用語だから、覚えておくことね」

「ふーん……分かった。今度頑張って使ってみるけんね」

 しみじみと納得した少女は、「で」と、わざとらしく咳払いをして。

「そろそろ、目の前にいる『遺痕いこん』の『えん』を切ってほしいっちゃけどな、心愛ここあちゃん」

 心愛ちゃん、そう呼ばれた彼女は、「分かってるわよ!!」と、自分を奮い立たせるように大きな声を出して……一度、大げさに呼吸を整えた。

「ゆっ、幽霊、なんか……怖くないもん!! ど、どどどどうせ心愛には触れないんだしっ、こ、ここ心愛の実力を持ってすれば、こんな下級なんかっ……!!」

「じゃあ、さっさと片付けてこんね。早く帰りたかろうもん?」

「とっ……当然! い、今っ、今からやろうと思ってたんだからぁっ!!」

 気づけば両目は涙目寸前で、声が上ずっている。完全に目の前の存在を恐れているのが痛いほど伝わってきた。後ろにいる少女が「予想はしとったけど……重症やねぇ」と、同情するような眼差しを向けた、次の瞬間。

 今まで表情を変えなかった『彼』が、不意に、ニヤリと笑みを浮かべる。

「ふーん……心愛ちゃん、僕が怖いんだね」

「ひっ!?」

 『彼』に話しかけられた心愛の表情が分かりやすく引きつった。その反応を確認した『彼』は、怯えきって硬直している彼女に、一歩、青白い素足で近づいて。

「僕を見逃してくれないと……心愛ちゃんのこと呪っちゃうよ? いいの?」

「の、呪われる……!?」

「そう、名前だって分かっちゃったから簡単に出来るんだよ。だって僕は、怖い怖い幽霊なんだから――!」

「やっ――!!」

 『彼』が心愛へ更に距離を詰めようとした次の瞬間、二人の間に少女が一瞬で割って入った。

 そして、『彼』を冷め切った眼差しで睨みつけて、一言。


「――呪えるもんなら呪ってみんね、星誠太郎(ほし せいたろう)君。残りカスに出来るなら、やけどね」


 そう吐き捨てた瞬間、『彼』の眼前に左手でピースサインを作ると、人差し指と中指をくっつける。

 何かを切ったような仕草を見せた瞬間――目の前にいたはずの『彼』は、跡形もなく消え失せていた。


 『彼』の気配が消えたことを実感した瞬間、心愛の手から木刀がするりと抜け落ちて、地面に転がる。

 それを拾おうともせずに、彼女はただ、乱れた呼吸を整えていた。

 体中にじんわりと嫌な汗が浮かんでいる感覚がある。心臓が嫌になるほど激しく動いて、意識しないと過呼吸を起こしそうになっていた。

「はっ……はぁっ……!」

 何もしていない敗北感よりも、この場を切り抜けられた安堵感の方が大きい。口元に笑みが浮かんでいることに、果たして彼女は気づいているのだろうか。

 チラリと振り返って心愛の状態を確認した少女は、値踏みするような眼差しで彼女を見据え、胸の中に残った感想をあえてオブラートに包まずに吐き出すことに決める。

「あのさぁ……やっぱり心愛ちゃんには向いとらんと思うよ。いくら統治とうじがあんな状態だからって、恐怖心引きずったままじゃ『縁故』にはなれな――」


「――そんなことない!」


 少女の言葉を遮り、心愛は大声で反論した。

 口元に笑みはなく、その瞳には、はっきりと悔しさが現れている。

「お兄様に出来ることが心愛に出来ないなんて……そんなことないんだから!」

 ただ……まだ寂しい胸を張って断言する心愛に、少女はジト目を向けるしかない。

「そげなこと言われても、言葉と行動がいっちょん伴っとらんけん、信用出来るわけなかろうが……」

「こ、これから頑張るのよ! 心愛が本気になれば、ケッカだって恐れおののくに決まってるんだから!!」

「へーへー、期待しとるけんねー」

 心愛から視線をそらした少女――『ケッカ』は、暗い空を見上げる。

 星も月も雲に隠された曇天は、これからの過酷な道のりを暗示しているかのようで……無意識のうちに、ため息をついてしまった。

 「いずい」とは、何となくしっくりこないとか、落ち着かないとか、そういう時に使われる言葉です。宮城を代表する方言の1つだと思っています。

 ただ、標準語に置き換えるのが難しいらしく……「いずいはいずい!!」という説明で終わってしまいます。これはもう、慣れていくしかないみたいです。

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