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エピソード5:だから、素直に仲直り。①

 唐突に開いた扉。政宗が戻ってきたと思ったユカは、反射的に全身を硬くしてしまう。

 しかし、足音とともに衝立の向こうから現れたのは……。

「あら、統治くんじゃない。君も休日出勤なの? 仕事熱心ねー」

 統治の姿を確認して目を丸くした分町ママに、ニット帽とサングラスとマスクを外した統治が軽く会釈。こざこざと物が入ったコンビニの袋を自分の机に置いて、次に、分町ママの隣で自分を凝視しているユカに、訝しげな視線を向ける。

「分町ママ、お疲れ様です。山本はここにいたのか」

「ここにいたのか、って、どういう意味?」

「さっき、下で佐藤と会った。1人だったから、山本は既に帰宅したものだと思っていたんだが……」

 そこまで言うと、統治はコンビニの袋からお気に入りのミネラルウォーターを取り出し、蓋を開けて一口すする。

「何かあったのか? 佐藤が落ち込んでいたぞ」

 刹那、ユカの体がビクリと反応した。

「お、落ち込んどったと……?」

「ああ。この世の終わりが来たような落ち込み具合だったな」

「そ、そっか……この世の終わりか……」

 ズドーンと落ち込むユカを訝しむ統治に、苦笑いでフォローに入るのは分町ママ。

「ケッカちゃん、政宗くんとちょっと喧嘩しちゃって後悔してるから、あんまりいじめないであげてね」

「喧嘩?」

 蓋を閉めて首を傾げる統治に、ユカの許可をとった分町ママが簡単に説明した。

「……と、いうわけで、初めての土地で仕事を任されすぎた有能な部下と、人に慕われるんだけど言葉が足りなかった上司のすれ違いが招いた悲劇ね」

「なるほど」

 事情を理解した統治がサンドイッチをくわえたまま頷き、コンビニの袋からおにぎりを取り出した。

 そしてそれを、ユカへ向けて掲げる。

「山本、食べるか?」

 そういえば、今日は午前中で終わりだと思っていたので昼食の準備をしていなかった。統治の言葉に頷いたユカは、彼の手元にあるおにぎりを指さして確認することに。

「統治の昼ごはんやろ? それ、もらってもよかと?」

 それは統治が自分のために買ってきたものではないのか……そう尋ねるユカに、彼は首を横にふって、チラリと扉の方を見やる。

「佐藤に頼まれて、少し多めに買っておいたんだ。山本がまだ残っていて、昼食を持っていないときに渡して欲しいと言われたからな。いくぞ」

「いくぞって何を……うわっ!?」

 ユカの質問に答える前に統治はおにぎりを投げた。放物線を描いたそれをキャッチしたユカは、したり顔の統治にジト目を向ける。

「食べ物を投げるげな……名杙家の次期当主が、そげなみっともないことをしてもよかと?」

 そんな彼女の視線を受け流した統治はパソコンのスイッチを入れ、自身のスマートフォンをケーブルで接続する。

「この『仙台支局』では、俺は名目上は副支局長、要するに佐藤の部下その1だ。だから、多少は羽目をはずしても問題ない」

「いや、意味が分からんけど……いただきます」

 彼の構築したよく分からない理論に疑問符を浮かべつつ、空腹には勝てないのでパクリと一口。パリっとしたノリと抜群の炊き方をされたお米が、ユカの口の中で彼女に一時の至福を与える。

「宮城に来て思ったけど……お米、美味しいよね」

「そうか? これが普通だろう」

 1つ目のサンドイッチを食べた統治が、2つ目を口に入れて、さも当然と言わんばかりの表情で言い返す。

「そう思っとるなら、その現状が幸せなことだと思ったほうがよかよ。噛めば噛むほど甘くって、弾力もあって……美味しいよね。まぁ、このおにぎりが東北のお米を使っているかどうかは知らんけど」

 奥歯ですり潰した米と海苔を飲み込んで、ふぅ、と、一息。「もう一つあるぞ」と言っておにぎりを投げようとした統治を「いや、まだいらんよ!?」と、慌てて制してから、彼がここにいる理由を尋ねることにした。

「統治、今日は休みじゃなかったと?」

「今日は最初から、午後に少しだけ作業をするつもりだった。佐藤にも申請している」

「そげな怪しい格好で、電車で来たと?」

 ユカは机上に散らばった統治の変装セットを顎でしゃくった。確かにまだ、花粉症の季節ではあるものの……ニット帽とサングラスにマスク、という出で立ちは、人の多い仙台駅でも目立ったに違いない。

 加えて、統治の私服は上から下まで黒い。今日も例に漏れず、靴まで含めて黒ずくめなので……事情を知らない人から見れば、ちょっと怪しい、近づきたくない人物だ。

 ユカもさすがに統治の事情を察してはいるものの……もうちょっと何とかならなかったのかという感想を抱いてしまった。

 そんなユカの言葉と視線に、統治はメールを確認しながら返答する。

「しょうがないだろう? 俺を行方不明だと思っている知り合いに遭遇したら、面倒なことになる」

「まぁ確かに、今はしょうがなかよね……。ところで、作業ってなんばすっとね?(=何をするの?)」

「アプリの編集だ」

「あぷり?」

 再び首を傾げるユカに、統治はケーブルで繋いだスマートフォンを持ち上げ、彼女に見えるように掲げた。

「佐藤に頼まれて、『支局』と、そこに所属している『縁故』の間で円滑に連絡伝達とコミュニケーションを図るための、スマートフォン用アプリケーションを開発しているんだ。大体は出来たんだが、遊び心が欲しいと言われてな……」

「遊び心?」

「そのうち分かる。というか、もうじき……」


 彼がスマートフォンを元の位置に戻し、ディスプレイ脇の時計表示を確認した瞬間――インターフォンの音が室内に鳴り響いた。


 政宗ならば鍵を持っているので、わざわざ鳴らすことはないだろう。人が来るなんて聞いていない、首を傾げるユカを残して立ち上がった統治は、扉近くの受話器で相手を確認し、扉を開いた。


「ふぃー……ギリギリ間に合ったっすー。『うち兄』、私もここでご飯食べてもいいっすかー?」


 よく通る甲高い声と、軽いステップで部屋に入ってきたのは、セーラー服を着た女子高生。

 緑のリボンに紺色のセーラー服、足元は白いハイソックスに汚れたスニーカー。キリッとした精悍な顔つきに、高い位置で結い上げたポニーテールが快活そうな印象を与える。

 重そうなカバンとは別にお弁当の入ったビニール袋を振り回しながら室内へ入ってきた彼女は、部屋の奥でキョトンとしたまま自分を見つめるユカに気づくと……「あーっ!!」と唐突に大声を出し、全てを放り投げてユカへ駆け寄ってきた。

「遂にお会いできたっす!! 貴女がケッカさん、ですよね!?」

 マジマジとユカを見つめ、感激を全身で体現している初対面の彼女に、ユカの方が狼狽えてしまう。

「へっ!? え? あ、えぇっと……多分そうだけど、そういう君は?」

 見たところ、ユカの知った顔ではない。戸惑うユカに気づいた彼女が、慌てて背筋を伸ばして体制を整えた。

「はっ!? これはこれは失礼しました。初めまして、名倉里穂なぐら りほと申します!!」

 ユカから一歩離れた彼女――里穂は、腰を曲げて深々とお辞儀。頭をあげると、満開の笑顔でユカを見つめる。

「仙台にいらっしゃったことは伺っていたっすが、ご挨拶が遅くなりました。一応私も『縁故』の端くれなので……色々とご教授いただければ嬉しいっす!!」

「ご、ご教授なんて滅相もない……山本結果です、こちらこそヨロシク」

 椅子から立ち上がったユカが右手を差し出すと、里穂は笑顔でその手を握った。

 そんな彼女の後ろに、いつの間にか、コンビニ袋を持って呆れ顔の統治が立っている。

「……里穂、君の昼食が大変なことになっているんだが」

「うはっ!?」

 ユカの手を離して慌てて振り返った里穂は、見事に偏ったお弁当を確認して……ため息一つ。

「私、やっぱり落ち着きがないっすね……高校生になったというのに、情けないっす……」

「自分で分かっているなら、後は里穂自身が気をつけるしかないぞ」

「おっしゃるとおりっす……しかも、飲み物を買ってくるのを忘れたっす……」

 ガクリと肩を落とす里穂に、椅子に座り直したユカが、壁際の冷蔵庫を指さした。

「えっと……里穂ちゃん、冷蔵庫に未開封の水があるけん、それでよければ飲んでよかよ」

「本当ですか!? ありがたいっす……!」

 刹那、統治が何か言いたそうにユカを睨むが……既に冷蔵庫の前へ移動した里穂が、中に入っていたミネラルウォーターのボトルを一本取り出した。

「うち兄、いただきまーす。あと、ここに座らせてもらうっすー」

「ああ……」

 銘柄と味で、誰のものなのか察したらしい。統治の許可を得た里穂は、彼の正面――普段はユカの席――の椅子を引っ張りだして腰を下ろすと、偏ったお弁当を開き、眼前で両手を合わせた。

 唐揚げとポテトサラダが見事に米の方へ偏っている唐揚げ弁当。ユカが「唐揚げいいなー」と思っている視線など、ユカよりも空腹の里穂が気付くはずもない。

「いっただきまーす」

 まずは梅干しと白米を頬張り、幸せそうな表情を浮かべる里穂。そんな彼女を見つめながら……ユカは統治へ説明を要求した。

「統治、この明るいお嬢さんはどちらさま? 統治が名前で呼ぶってことは……身内なん?」

 統治は基本的に、身内以外の人間は苗字で呼ぶ。しかも、里穂は統治を『うち兄』という自分なりの愛称で呼んでおり、それを彼が許可出来る関係なのだから、ユカには里穂と統治が赤の他人だとは思えなかった。そんな彼女の予想通り、サンドイッチを食べ終えた統治が、ゴミを片付けながら首肯する。

「ああ。里穂は親父の妹の娘……従兄妹だ。実家は石巻なんだが、今年から高校生になって、仙台の高校に通っている」

「石巻? どこ?」

「ここから少し離れたところにある、海沿いの街だ。その辺りはおばさん達の管轄だから、あまり俺達が行くこともないと思うが……そのうち、一度くらい挨拶をしておいてもいいかもしれないな」

「ふーん……」

 ユカにはいまいち位置関係が分からなかったが、とりあえず関係は分かった。相槌を打っておにぎりの残りを頬張り、改めて里穂を見つめる。

 分町ママとも顔見知りらしく、親しげに話している里穂。そういえば……彼女は統治を見ても驚くことなく、ごくごく自然に接していた。名杙家的には、彼はまだ、行方不明者の扱いのはずではなかったのか?

 口の中のものを飲み込んだユカは、板チョコを噛み砕きながらキーボードを叩く統治に確認する。

「ねぇ統治、里穂ちゃんは、統治がここにいることを知っとってもよかと?」

 桂樹と話をした時に、秘密にすることを約束したではないか。統治の行動が軽率ではないかと不安になって思わず問いかける。板チョコを半分食べた統治は表情を変えずに、残りを銀紙で包んで机の脇に置いた。

「問題ない。こちらが仁義ひとよしを頼っている手前、秘密にもしておけないからな」

「ひ、仁義……?」

 これまた聞きなれない名前にユカが首を傾げると、統治は一瞬、里穂を見やり……そのまま、視線をユカへ向ける。

「情報収集に長けた『縁故』だ。仁義は里穂の1つ上で、今も一緒に住んでいるから、隠し通せないと思って事情を説明している」

「一緒に住んでるって……兄妹なん?」

「いいや、許婚だ」

「いっ、許婚!? はー……」

 入学したばかりということは、恐らくまだ結婚できないであろう年齢の里穂に、許婚がいるという事実。さすがに驚いてしまったが、名杙家(の身内)ならばありえない話でもないから納得してしまう。しかも、統治が事情を説明して協力を仰いでいるのだから、仁義と呼ばれた彼は信頼できる相当の実力者なのだろう。

 1つ目のおにぎりを食べ終わったユカは……自分自身と相談して、もう1つ食べることにした。ただし、先ほどのように統治に投げられるのは個人的に許せなかったので、自ら出向いて受け取りに行くことに。

 椅子から立ち上がって彼の後ろに移動、背中越しにパソコンの画面を眺める。複数のウィンドウが立ち上がり、所々にスクリプトらしい英語が羅列されている。何やら作業が進められているのは分かるのだが……何が行われているのか、どれだけ凝視してもユカにはさっぱり分からなかった。

「いっちょん分からん……統治、相変わらずパソコンは得意なんやね」

 眉間にしわをよせて呟くユカに、手を止めた統治が肩越しに振り返る。

 統治の趣味兼特技がパソコン、そこから派生した家電好きだということは、『良縁協会』内でも割と知られている事実だった。今は全国の『支局』から、パソコンの導入や設備投資に関する相談等も請け負っているとかいないとか……。

「知識の分だけ使いこなせるから、自分の実力が把握しやすい。それでいて、常に最新情報が更新されるから、飽きも来ない。使っていて楽しいぞ」

「そうね……あたしも政宗も詳しいことは分からんけん、電気系統はこれからも統治に任せるよ」

 統治から2個目のおにぎりを受け取ったユカが、座っていた位置――普段は政宗の席――に戻ろうとした瞬間、唐揚げ弁当を半分ほど食べ終わった里穂が、何かを思い出して口を開いた。

「そういえばうち兄、下のコンビニで捨てられた犬みたいになった政さんとすれ違ったけど……何かあったっすか?」

 その問いかけに、反射的に俯いてしまったユカは……無意識のうちに重苦しい息を吐いていた。

 視界の端でそんなユカをチラリと確認した里穂は、おおよその事情を察知した様子で……自分の隣でグラスを傾けている分町ママに、小声で確認する。

「もしかして、ケッカさんと政さん、喧嘩中っすか?」

 グラスを空っぽにした分町ママが、沈んだ顔でおにぎりのフィルムを剥がすユカに苦笑いを向けた。

「まぁね。里穂ちゃんから見ても、政宗君、そんなに凹んでたの?」

「それはもう。普段は余裕のある年上の優しいお兄さんっすけど、さっき見た政さんは、飼い主に裏切られた犬みたいだったっす。政さん、意外とメンタル弱いところがあるっすね。頑張って普段通りの笑顔をつくろうとする姿が、かえって痛々しいというか……」

「あらー、重症だわねー……だ、そうよ、ケッカちゃん」

「分かっとる!! あたしが悪かけん、ちゃんと謝るよ!!」

 いつの間にか2人にニヤニヤした眼差しを向けられていたユカは、バツの悪そうな表情で三角形の頂点を口に含んだ。

 口の中で米を噛むと、程よい甘味を感じる。このおにぎりにも政宗の気遣いが含まれているのだから……米の味を実感するごとに、罪悪感ばかりが募ってしまう。

 こんなことになるなら、お土産としてにわかせんぺい(福岡名物・謝罪するときにあると便利なお面がついたお菓子)を買ってくれば良かった、なんて後悔もしながら……統治の後ろに立ち尽くし、沈んだ表情でおにぎりを咀嚼するユカ。統治は視線をパソコンへ戻すと、不意に、こんなことを呟いた。

「そういえば、話の途中だったな。どうして俺ではなく佐藤が、『仙台支局』の支局長をしているのか」

「え?」

 そういえば、統治と再会した後、この場所でそんな話になりかけたような気がする。

 結局……あの後にバタバタして、ユカと統治がゆっくり話す時間もなく、今に至ってしまったのだが。

「肝心の理由は聞いとらんかったけ。でも、どうして今更?」

 今の状態とは関係ないことを疑問として投げるユカに、統治は淡々とした口調で返す。

「山本に質問されたことだから、答えておいたほうがいいと思ったんだ。それに、この話の中に、佐藤の山本に対する態度の理由がある気がする」

「政宗の、あたしに対する態度……どういう意味?」

 ユカ自身もすっかり忘れていたエピソードを掘り起こし、意味深な言葉まで付け加えたた統治は、彼女に背を向けたまま、その答えを告げた。

 遂に登場! 『仙台支局』のムードメーカー・里穂です!

 ケッカは主人公でツッコミ役、心愛は年下で生意気という立場なので、何も考えずにニコニコしているヒマワリみたいな女の子が欲しくて、里穂が生まれました。そして、既に両想いの許嫁がいるというリア充設定は、とある人物へのあてつけのような設定ですな。(苦笑)

 そして、これは正直私の主観なのですが……東北のお米、本当に美味しいと思うんです。噛んだ時の甘みが違うと勝手に思って、益々お米が好きになりました。

 また、「にわかせんぺい」といえば東雲堂です。「たまにーはーけんかーにまーけてこいー(ごめーん)」という超ローカルCMは、福岡県民ならば絶対に知っているはず! でも、謝るときに使われている光景を、実際には見たことがありません……。

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