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エピソード4:乗り越えられない過去、残されたのは理不尽な『ケッカ』。④

挿絵(By みてみん)


 どうして自分が、泣き顔の華蓮に睨まれているのか……ユカには一切心当たりがない。

 心愛もまた、政宗と華蓮の方を向き、異様な雰囲気に別の意味で萎縮してしまった。

 とりあえずユカは心愛の肩に一度手を置いて、そのまま横をすり抜ける。

 そして……顔を赤くして呼吸の荒い華蓮の正面に立つと、困った表情で彼女を見上げた。

「えぇっと……片倉さん、どげんしたとね? あたし、何かした?」

「……訂正、してください」

「えぇっと……訂正? 何を?」

 本気で分からなかったユカが尋ねると、華蓮は両肩を上下させながら呼吸を整え、大粒の涙をボロボロ零しながら、その理由をユカへぶつける。

「先程……あのおじいさんに、こう、おっしゃいましたよね。『もう、4年も経過しとるんやから、いい加減、踏ん切りをつけてもらわんと困るっちゃんね』、って……。山本さんには『もう4年』かもしれませんが、私達にとっては、あの災害から、『まだ4年』なんです!! 私達は理不尽で全て失った……全てを奪われた私達に、たった……たった4年で前を向いて生きていけって言うんですか!?」

「それは……」

 初めて聞いた、感情が高ぶった華蓮の声。思わず圧倒されて反射的に視線を逸らしたユカは、ここでようやく、華蓮が先の災害で身内を亡くしていることを思い出した。


 どうやら……先ほどのユカの発言が、華蓮の地雷を全力で踏み抜いてしまったらしい。


 確かに、改めて周囲を見渡せば、4年という時間がいかに短く、足りなかったのかということが分かる。

 かつて家や畑があったこの場所は、絶賛工事中。まだ何も完成していないし、そもそも工事に着手していない土地も――今後の方針が決まっていない土地も多い。

 4年が経過した今でも、仮設住宅に住むしかない人々が多数いる。仕事も、家族も、家も、思い出も……全てを失い、それでも生きなければならない人々に、4年程度で立ち直れというのが酷だということは、ユカも重々承知していたし、現状を少しだけ目の当たりにして痛感していた。だから、言葉を選んで会話を進めてきたつもりだったのに。

 横目で政宗を見上げると、彼はひっそりため息を付いてから、ユカの後ろでどうすればいいか分からなくなっている心愛のフォローのため、心愛と共にその場から離脱。華蓮の対応をユカへ丸投げした。

 自業自得だ、そう言わんばかりの早足ですれ違う政宗に見当違いの怒りを感じつつ……ユカは一度、息をついてから、改めて華蓮を見上げる。そして、頭を下げた。

「片倉さん、あたしの不用意な発言で嫌な思いをさせてしまったのだとすれば、謝ります。ごめんなさい」

「……」

 華蓮は何も言わない。頭を上げたユカは、もう一度息をつき……口元を引き締めた。

 言いづらいけれど、でも、これは……ユカの考えとして伝えなければいけないと思うから。

「でも、さっきの言葉は、あたしがあのおじいちゃんに対して言った言葉だよ。片倉さんに対してじゃない。そして……少なくとも、あのおじいちゃんに対しては、悪いことを言ったとは思ってない」

 刹那、華蓮の瞳に絶望の色が交じる。

「それは……どういう意味ですか……?」

 そんな華蓮へ、ユカは事務的な口調を心がけて理由を説明する。

「あのおじいちゃんは肉体的に死んどる。『関係縁』が残っていたおかげで、あたし達が認識できるだけで……もう、この世界で生きていい存在ではなかった。誰にも気付かれずに、この場で4年間、世界を見つめ続けて……『遺痕』という形で悪影響を及ぼしている現状を、放っておくわけにはいかんのよ。確かに、言葉はぶしつけで失礼やったかもしれんけど、あれだけ年を重ねてきたんやから……個人的には4年で諦めて欲しかった。そう思ったんだ」

「それは、山本さんの考えの押し付けです! いずれは消えてしまうとすれば、せめて、本人の気が済むまで……!」

「……あのね、片倉さん。あたし達がやってることは、誰かを救う慈善事業じゃなかとよ。むしろ、この世界にしがみついている人に勝手に優先順位をつけて『縁』を『切る』、非情な人間になる仕事だって、頭では理解しておいて欲しい。それが無理なら……貴女は、ここにいるべきじゃなか」

 ユカの言葉に華蓮は無言で唇を噛みしめると……踵を返して歩き出し、先に車に乗り込んだ。


 それから、全員が無言で帰りの車内をやり過ごし……『仙台支局』へ戻ってきた時には、11時半近くになっていた。

「……お疲れ様でした」

 車の後部座席から降りた華蓮は政宗へ軽く一礼してから、足早に駐車場の出口へと走って行く。

 同じく後ろから降りてきた心愛は、何も言わず、華蓮の後を追うように出口へ向かって走って行く。

 助手席から降りたユカは、完全に心を閉ざした2人を苦笑いで見送りながら……さて、これからどうしたものかと思案していた。

「――ケッカ」

 車に鍵をかけた政宗が、そんな彼女に声をかける。

「ちょっと、話がある。『仙台支局』に来てくれ」

「……りょーかい」


 『仙台支局』へ戻ってきた2人は、応接用のソファではなく、その奥にある互いの席に腰を下ろした。

 微妙な距離感があるのは、しょうがないこと。政宗は下のコンビニで買ってきた缶コーヒーを机上に置くと、パソコンを起動しようとしているユカへ、苦々しい表情で尋ねる。

「今日の行動は……どういうつもりだ?」

「どういうつもり、って言われても……机上の講義よりも実際の『遺痕』を見たほうが分かりやすいけん――」

「そうじゃなくて、どうして心愛ちゃんを前線に出したんだ? 俺にはせめて、一言言っておいてほしかったところだ」

「しょうがないやん、その場でそうしようと思ったっちゃもん。それに、心愛ちゃんに『縁故』は無理だって……政宗も納得したやろ?」

「少なくともケッカは、心愛ちゃんがあそこまで怯えることを知った上で前線に出したんだよな。もう少し時間をかけようとは思わなかったのか?」

「思わんかったね。だって、最前線に立つことを望んだのは心愛ちゃんやし、怯えている自分を乗り越えられないのも心愛ちゃんやもん。政宗も心愛ちゃんがどうして『痕』を怖がるのか知っとって、その上で受け入れたっちゃろう? 彼女が『縁故』として独り立ちするには、過去の辛すぎる経験を自分の中で昇華して、乗り越えることが必要不可欠。それが出来ないのに、今は口ばっかり達者になっとるけんが……少し、現実を痛感してもらっただけたい」

「ケッカの言いたいことは分かる。ただ、俺は荒療治すぎるんじゃないかと言いたいんだよ。いくら名杙家の娘とはいえ、彼女はまだ中学生だ。今後のことを考えて、もう少し優しくしても……」

「じゃあ、『仙台支局』はそういう方針なんだって、最初に伝えておいて欲しかったね。名杙のお嬢様を丁寧に、ぬるま湯の中でいい気分にさせてご機嫌をとることが、政宗のやり方ってことやろ?」

「どうしてそうなるんだよ……俺が言いたいのはそういう意味じゃなくて……!!」

「じゃあ、どういうことか言ってみんね!! 大体、政宗のあたしに対する説明が少なすぎることが原因の1つなんだってことを自覚しとるとやか!! それにどうせ、トラウマがある心愛ちゃんに無理強いをさせるのは可哀想だって思っとるっちゃろうもん!! その『可哀想』のせいで、あたしがこげな姿になったとに……!!」


挿絵(By みてみん)


 刹那、政宗が目を開いて息を呑んだ。

 ユカもハッとして、言葉を取り繕うとするが……頭が真っ白になってしまい、上手く言葉を紡げない。


 ――貴方の『可哀想』のせいで、こんな姿になった。

 違う、こんなこと、思っていたわけじゃないのに。


 政宗が無言で席を立った。そして、ユカの前を通り抜けて……部屋の外へ出て行ってしまう。

 その顔が泣きそうに見えたのは……多分、見間違いではない。

 扉が閉まる音を遠くに聞きながら、ユカは、絶対に言いたくなかった言葉を口に出してしまった自分に、猛烈な嫌気が差していた。

 こう言えば、確実に政宗の傷口を開いて塩を塗りこむことになってしまう、分かっていたはずなのに……我慢できなかったから。

「……あたし、最低だ」

 心のモヤモヤを整理出来ないまま、起動したノートパソコンのデスクトップ画面を見つめ、ため息を漏らすユカ。


「――あらら、ちょっと様子を見ていたんだけど……予想以上の修羅場だったわねぇ……」

「分町ママ……」

 いつの間にか政宗に代わって彼の席に座っていた分町ママが、同じく泣きそうなユカに苦笑いで話しかける。

 ユカは彼女が今までの話を聞いていたことに気付かなかったが、むしろ、聞いてくれてラッキーだと思っていた。

 今は、誰かに自分の話を聞いて欲しい気分だったから。

 隣になるよう高度を下げる分町ママを横目で見やり、ユカは、ノートパソコンを閉じた。

「ママの活動時間は、夕方からじゃないんですか……?」

「普段はそうなんだけど、土曜日なのにココが騒がしかったから、ちょっと様子を見ていたのよ。そしたらまぁ、予想以上の修羅場になっちゃって……お節介おばさんの私としては、ワクワクが止まらないのよ」

「ワクワク、って……性格悪いよ、ママ」

「ゴメンね、そういう性格で生きてきたもんだから。でも、ケッカちゃんも誰かに話を聞いてもらいたいんじゃないの?」

 そう言った分町ママの手には、ビールジョッキ(勿論中身入り)が握られている。空いている手で彼女が指さした先には、政宗が残していった手付かずの缶コーヒーがあった。

 ユカは椅子に座ったまま床を蹴って彼の机の隣に移動。手を伸ばして缶コーヒーを掴み、プルタブを開いた。

 コーヒーの香りが鼻をくすぐる。少しぬるくなった中身を喉に流し込み、長く、息を吐いてから。

「あたし……心愛ちゃんに嫉妬したんじゃないかと思うんです……」

「あらら、嫉妬? どういう意味?」

 目を丸くする分町ママに、ユカは自分の感情を吐き出していく。

「何というか……心愛ちゃんの経験した修羅場を聞いて、彼女も大変だったんやなーって思ったんと同時に、でも、心愛ちゃんは助けられて、今、何の不自由もなく生きていることが、凄く羨ましくなったんです。勿論、今日のことは彼女に対する嫉妬からではないにしても、心の中にそんな思いが1ミリもなかったか、って言えば、そげなことはないと思うし……政宗が初心者の心愛ちゃんに優しいのも当然なんやけど、何というか、無性に、どうしようもなくイライラしてしまって……」

 取り留めもなくポツポツと呟くユカに、分町ママはジョッキの中身を半分ほど飲み干してから、確認するように問いかけた。

「ケッカちゃん、1つ教えて欲しんだけど……実年齢に対してケッカちゃんの成長が著しく遅いのは、政宗くんのせいなの?」

 刹那、ユカの顔が強張ったが……首を横に振り、自分を落ち着かせるように息を吐く。

「違う……それは本当に違うんです。あれは、あたしに言わせれば防ぎようのない事故だったんですけど、政宗や統治にしてみれば、自分たちのせいであたし一人が理不尽な『ケッカ』になった、そう思ってると思います」

「具体的にどういうことか、聞いてもいい?」

「概要だけ説明すると、あたしと政宗、統治は、3人で1つの班として、新人研修をしていました。全員の夏休みを利用して、蒸し暑い福岡で。最初はバラバラやったけど、年齢も近いし、自然と政宗を中心にまとまっとったと思います。あたしも政宗も途中で『縁』が見えるようになったタイプやったけんが、生まれた時から見えていた統治の話が新鮮で、質問攻めにしたりして……統治も最初はツンツンしとっていけ好かないヤツやったけど、あたし達の反応が面白くなったみたいで、楽しかったなぁ……」

 当時のことを思い出したのか、ユカが目を細めて口の端で笑う。

 ただ……次の瞬間、彼女は笑っていた口元を引き締め、淡々と言葉を続けた。

「自分たちの能力を制御出来るようになって、それぞれに『遺痕』の『縁』を『切る』経験もして、小慣れてきた頃……修行が休みの土曜日に、キャンプ場に連れて行ってもらったんです。そこで政宗が、かつてその場所で亡くなった子どもの『痕』と出会いました。そこで女の子の友達がほしいって言った『彼女』の話を聞いて、あたしを引きあわせたんですけど……『彼女』の目的は、あたしの『生命縁』を切って、自分の方へ引きずり込むことだったんです」

 

 今でも、はっきりと覚えている。

 物悲しい瞳をした、自分と同じ年齢くらいの、儚げな少女。

 政宗は疑いもなく、ユカに『彼女』を紹介して、こう言った。

「この場所で死んだことで、友達にも会いに行けずに一人ぼっちで可哀想だから……ケッカ、明日まで友達になってあげよう」

 政宗がそう言うなら、それに、この場に『縁』を切らなければならない『遺痕』がいるというという情報も入っていない。ユカは素直に頷き、『彼女』の正面に立って、軽く会釈をして名前を聞こうとした。

 瞬間、『彼女』の口元が醜悪に歪み――長い爪が、ユカの『生命縁』を切り裂いた。


「まさか、自分と同じ年齢くらいの『痕』に攻撃されるなんて思ってなかったし、その攻撃が自分に届くとも思っていなくて、完全に油断していました……よくよく思い返してみれば、『彼女』はあの場所から動こうとしなかったし、他の要素からも『遺痕』だと認識して、上の人間に報告すればよかったんです」

 当時は、政宗や統治、ユカも含めて、全員が浮かれていた。

 それまで全てが順調に進んでおり、新しい仲間も出来て、全てが楽しかったから。

「『ユカ』が仮名やったこともあって致命傷には至らなかったし、異変に気づいたあたし達の指導者が『彼女』の『縁』を『切った』んですけど、『彼女』の長い爪で複数箇所傷ついたあたしの『生命縁』は、不安定になりました。しかも、キャンプ場では応急処置しか出来なくて……それでも何とか持ち直して、今のあたしになった、というわけです」

「そんなことがあったのね……そりゃあ政宗くん、責任感じるわよ」

 いつの間にかワイングラスに持ち替えていた分町ママが、扉の方を見つめ、嘆息する。

 ユカは手元のコーヒーを一口すすってから、分町ママに苦笑いを向けた。

「結局、あたしはその後、政宗たちとは別メニューになって……何となく、疎遠気味になっちゃった。たまに会うことはあっても、2人共どっか余所余所しくて……だから今回、政宗があたしを頼ってくれて、本当に嬉しかったんです。統治がいなくなったことも心配やったし、1人で頑張ろうとしている政宗を助けたかった。でも……あんなこと、言っちゃって……」


 思い出しては後悔ばかりが押し寄せる、自分自身の失言。

 あんな言葉を口にすれば、政宗がどう思うのか……簡単に想像出来たのに。

 今日の自分の行動が、政宗に迷惑をかけていることは分かっていた。帰りの車で何度も脳内シュミレーションして、いざ、この場で二人きりになった時に釈明しようと思っていたのに……事態はより一層面倒な方向へ転がり落ちてしまった。

 でも、どれだけ状況が自分の思い通りにならなくても……ユカは残りのコーヒーを飲み干し、空っぽになった缶を両手で握りしめた。

 それを見つめ、呼吸を整え、自分がやらなければならない行動を口に出す。

 人前で口にだすことで、自分が逃げないようにするのだ。

「政宗に謝らなきゃ……言葉にして伝えなきゃ、伝わらんもんね……!」

「出来そう?」

「やります。やらなきゃ……だって、あたしは今、仙台にいるんだから!」

 そう言って顔を上げたユカに、迷いはなくて。

 安心した分町ママが、ワイングラスに何を注ごうかと思案した瞬間……『仙台支局』の扉が、静かに開いた。

 あの災害から4年で気持ちを切り替えられるのか――正直、個人差が大きいので一概には言えません。前回の雄吉と華蓮は4年では短いタイプだと思ってください。

 しかし、ユカは外部から来ているので仕事はしっかりこなします。政宗はそんなユカの能力に期待しつつ、でも、心愛に対しては彼女がもっと幼い頃から知っているので、お兄ちゃん感覚でもうちょっと優しくしてもいいんじゃね、と、中途半端に思ってしまったため、仕事をキッチリしたいユカとの間に軋轢が生じてしまいました。

 こう書くと、政宗、リーダーとして駄目じゃんと思われるかもしれませんね……か、彼の見せ場は後半(多分)だから!


 あと、ユカ、政宗、統治、この3人に何があって、今のユカの状態になったのか……この次のエピソードでもう少し語ります。

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