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エピソード4:乗り越えられない過去、残されたのは理不尽な『ケッカ』。②

 地下に停めていた社用車で移動した先は、仙台市郊外にある閑静な住宅街だった。

 開発が進められている宅地は、新しい家の工事中。この場所で既に生活を始めている人も多く、洗濯物を干す母親の近くで遊ぶ子どもや、父親の手を引いて歩く子ども等、比較的若い家族を見ることが多い。

 近所のスーパーに車を止めて、ここまで歩いて5分ほど。先頭を歩くユカは無言を貫き、その後ろに続く心愛は不満そうな表情、そんな2人を後ろから見守る華蓮と政宗は、顔を見合わせては苦笑いを浮かべるしかない。

「……ここやね」

 ポツリと呟いてユカが立ち止まったのは、まだ更地で『販売中』という立て札が立てられている一角。日当たりも良く、突き当りで角にあたる場所なので人気も高そうな気がするが、ここだけがポッカリと開けて工事が始まる気配もなく、背の低い草が生い茂っていた。

 隣と正面は、真新しい一戸建て。ユカはズカズカとその土地へ足を踏み入れると、一度、長く瞬きをした。

 そして、目を開き――『彼女』の姿を確認する。

「……心愛ちゃん、片倉さん、『縁』が見えるようにして」

 ユカの指示に従った2人にも、座り込んだ『彼女』の姿が――『痕』が、確認出来るようになった。

「ひぃっ……!!」

 刹那、心愛が息を呑んで後ずさりしようとする。そんな彼女の後ろに政宗が立ち、彼女を落ち着かせると同時に、逃げられないようにした。

 華蓮は一瞬ビクリと体をすくめて呼吸を乱したものの、眼鏡をかけ直す様子はない。

 そんな2人を確認したユカは、後ろの2人に分かるように解説を始めた。

「『痕』によって、残っている『縁』の本数は異なる。『関係縁』1本でこの世に留まっている場合もあるし、数十本の場合だってある。1本だけの場合は切りやすいけど、複数の場合は、出来るだけ1本ずつ切っていくほうが望ましいとされとるね。まとめて切ると切り方が力任せになって、『縁故』にもダメージが残ってしまうんよ。人によってはそのダメージで寝こむ場合もあるけんが……相手に納得してもらって『縁』を切らせてもらうのが理想やね」

 そう言ってから、改めて、座り込んで正面の家を見つめている『彼女』を確認する。

 『彼女』に残っている『縁』は2本あり、両方とも『関係縁』。右手と左手、それぞれから伸びている。

「まぁ……そう簡単に納得するような『痕』なら、『遺痕』になるまでこの世に残っとらんやろうけど。とにかくいきなり『縁故』が斬りかかることはしないほうがいい。『遺痕』にも移動制限がないことが多いけん、相手に逃げられたら厄介やけんね。じゃあ、行ってくる」

 振り向かず、ユカは『彼女』に近づいた。

 

 ユカに気づいた『彼女』が顔を上げて立ち上がった。外見は20代後半、長い髪をゆらし、優しい表情でユカを見下ろしている。

「あなた……もしかして、私が見えるの?」

「うん、見えるよ。新井美子(あらい よしこ)さん、貴女はここで何をしているの?」

 どうやら、自分を認識出来る人間に出会えたことが嬉しかったらしい。『彼女』は頬をほころばせ、満面の笑みで質問に答える。

「私? 私はね……さっくんとみーちゃんを見ているの」

「さっくんに、みーちゃん?」

 訝しげな表情で尋ねるユカに、『彼女』は正面の家を指さして答える。

「この正面の家に住んでいるの。さっくんは優しい私の旦那様で、みーちゃんはカワイイ一人娘。家も建てて、家族3人で幸せに暮らしていたんだけど……私、事故で死んじゃったみたい」

「そっか。自分が死んだことは分かっとるよね。じゃあ、ここにこんな状態でいるのがダメなことも……分かっとるよね?」

 ユカが淡々とした口調で尋ねた瞬間、『彼女』の表情が固まったが……すぐに口角を上げ、嬉しそうに言葉を続けた。

「さっくん、1人でみーちゃんを育てるのは大変だと思う。みーちゃん、甘えん坊で泣き虫だから、私以外の人が手を繋ごうとすると、手と首をブンブン振って嫌がるのよ。それこそ、さっくんが本気で悲しんじゃうくらいに。でも……私はもう、みーちゃんの手を繋ぐことは出来ない。だからせめて、2人の一番近くで見守っていたいだけなの。ここなら誰にも迷惑をかけないわ。ね、それでもダメ」

 少し早口で切実な思いを訴える『彼女』を、ユカは即座に否定した。

「うん、ダメ。美子さんは生命の循環から外れてしまっとるけん、ここにいるべきじゃない。あたしに任せて、大人しくしててくれないかな?」

 ユカの眼差しには、一切の妥協や甘えを感じない。『彼女』はユカからじわじわと距離を取りつつ、泣きそうな眼差しで更に訴えた。

「あなた、私を消すつもりなんでしょう? 知ってるわ、そういう人たちがいるから気をつけろって聞いたことあるもの。でも、どうして? 誰にも迷惑をかけていないわよ? 私はただ、見ているだけで幸せなの。いきなり事故で死んで、まだ、やりたいことも沢山あるのに、それらを全て理不尽に奪われてしまった……せめて、あと1日でいいの。明日はみーちゃんの誕生日だから、一緒にお祝いしてサヨナラしたい。それが終われば大人しくするわ。ね? これなら問題ないでしょう? そんな私の細やかな願い事を叶えてはくれないの? お願いよ……」

 早口でまくしたてたその瞳には涙が滲んでいる。「お願い……」と深く頭を下げる彼女の頭上に、ユカは自身の左手を掲げた。

 右手を空気中で動かし、何かをかき集めているように見える。左手の指はピースサイン。人差し指と中指の間を、心持ち、大きく開く。

 そして。

「だから、ダメなんだって。貴女が話を聞いて納得してくれる人なら、荒っぽい手段を使わずに綺麗に『切れる』かと思っとったけど……時間切れ、交渉決裂、やね」


 ユカが右手を左手の上に添え、左手の指をピタリとくっつけた瞬間――『彼女』の姿が、消える。

 ユカとの間に一時的に成立していた『関係縁』も引きずられるようにして消えてしまうので、残っていた『縁』が全て『切れた』『彼女』は、文字通り、この世界から完全に消えたのだ。


「……あと1日くらい、待ってあげれば良かったのに」

 不意に、心愛が口を開く。震えていた足を何とか制御しながら、心愛は、言葉に振り向いたユカを侮蔑するような眼差しで見つめた。

「ケッカって思ったより冷たいのね。突然死んじゃったお母さんの最期の願い事くらい、叶えてあげればいいじゃない」

 ユカは反論せずに無言のままで3人の方へ近づくと、嫌悪感丸出しの心愛と、怯えた眼差しで自分を見つめる華蓮を交互に確認してから、政宗を見上げた。

「1件目、終わったよ。じゃあ次、連れてって」

「ちょっ、えぇーっ!? まだあるの!? 心愛、帰りたいんだけど!!」

 不満そうな心愛をユカは正面から見つめて、はっきりとした口調で言い返した。

「文句を言ったり、途中で逃げたりするのは禁止だって最初に言ったやろ? それに、次の現場は心愛ちゃんに対処してもらうつもりやから、準備しとってね」

 刹那、心愛の顔色が消えた。政宗も「おい」と口を出そうとするが、ユカに睨まれて口をつぐむ。

「は……はぁっ!? そんなこと聞いてないんですけど!?」

 震える声を隠すように大声で文句をいう心愛に、ユカは淡々と指示を飛ばしていく。

「本当はあたしのつもりやったけど、気が変わった。それに、こういうイレギュラーなことにも対処出来るようになってもらわんとね。道具は悪いけど、前回の竹刀を使ってもらおうか……車のトランクに入っとるけん、移動前に確認しとってね」

「ちょっ……ケッカ1人で勝手に決めないでよ! 政宗さん、いいの!?」

 助けを求めるように、心愛が政宗を見上げた。しかし、政宗が口を開く前に、ユカが牽制をかける。

「心愛ちゃんの指導役はあたしのはずだよ、政宗。確かに思いつきで行動しているのはあたしが悪いと思うけど、あたしと政宗がいる前で心愛ちゃんに修行してもらうことで、政宗も心愛ちゃんの実力を計ることができるし、何かあってもどっちかがフォロー出来るやん。これに何の問題があるとね」

 ユカに睨まれた政宗は閉口したが、心愛にすがるような目で見られて、重いため息を付いた。

「しかしだなケッカ、まだ修行を始めたばかりの心愛ちゃんにそんな無茶を言うのは――」

 可哀想、そう、言葉を続けようとした刹那、ユカの目に怒りが宿り、彼の言葉を遮って激高した。


「――可哀想、なんて言わんでね。その言葉の『ケッカ』がどうなったか、忘れたわけじゃなかろうが!!」


 その言葉を、今、政宗から聞きたくはなかった。

 「可哀想」、彼がそう思って『彼女』と関わった結果、ユカは――


「それは……」

 ユカの言葉に含まれた意味を理解した政宗が押し黙る。彼がこれ以上ユカに反論出来ないことを悟った心愛は、うつむき、両手をきつく握りしめ……言葉を、絞り出した。

「……分かった。やる」

 震える声が痛々しく、恐怖を押し隠そうとして耐えているのが嫌でもわかる。華蓮が一声かけようと口を開く前に、心愛は顔を上げ、唇を噛み締め、一度、頭を振った。

 自分にまとわりつく恐怖心を、必死で振り払うように。

「――あぁもうっ!! やるわよ、やってやるわよ!! 今度こそ……今度こそ、1人でやりきってみせるんだから!!」

 声を張り上げ、ユカを睨みつけた。睨まれた彼女は特に動揺することもなく、ただ、口元に薄く笑みを浮かべて、言葉を返す。

「ん。期待しとるけん、サクッと終わらせて帰ろうね」

 そして、ユカは3人の間をすり抜けると、車を停めたスーパーの方へ歩き出した。

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