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エピソード4:乗り越えられない過去、残されたのは理不尽な『ケッカ』。①

「心愛ちゃんは無理やね」

 翌日、朝9時前10分。『仙台支局』に出勤してきたユカは、3人で事務所内の掃除を済ませた後、政宗と統治に向けてはっきりと言い放った。

 これは勿論、昨日の仕事の結果を聞かれたからである。

 コーヒーメーカーの前で3人分のカップを並べていた政宗は、ユカの言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。

「そうはっきり言ってやるなよ、ケッカ。初めてだったんだから、いきなり完璧には出来ないと思うぞ」

「いや、それ以前の問題なんやけど!? 雑魚キャラを心の底から本気で怖がっとるし、足がすくんで体も震えて……見てるあたしが罰ゲームを強要してるみたいな気分になるし!!」

 差し出されたカップを奪い取り、勢い良く一口煽る。

「あっつっ!!」

 淹れたてのコーヒーなので当然だが中身は熱々。舌をベーッと出して半泣きになるユカに政宗はジト目を向けながら、統治にカップを差し出した。

「しかし、心愛ちゃん本人のやる気はみなぎってるんだろう? 怖いだろうに、よく頑張るなー」

 脳天気な反応の政宗にユカが殺気立った目線を向ける。統治は中身が注がれた1つを手に取り、息を吹きかけながら顔をしかめた。

「山本からの話を聞く限り、今の状態では『縁故』なんて無謀だ。心愛のワガママに付き合って山本の負担になるようであれば、俺から話をしてでも辞めさせるんだが……」

 中身に息を吹きかけることに必死だったユカは、統治の視線が自分へ注がれていることに気付き、苦笑いを浮かべる。

「俺から話すって……統治が今、前面に出るわけにはいかんやろーが。心愛ちゃんに口止めできたかどうかも不安なのに、そこの女難バカ宗みたいに勝手な行動はせんで(せんで=しないで)よね」

 ギロリ、と、政宗を睨んで釘をさすユカ。昨日から継続している悪口に、政宗の目から笑みが消えた。

「おいケッカ、お前はいつまで俺のことを『女難バカ宗』呼ばわりするつもりだ?」

「勿論、あたしの気が済むまで。それだけのことをしとるって自覚してほしいけんね。反論があるなら聞くけど、全部言い返す自信しかないけん、覚悟しとき。で、何か問題あるとね女難バカ宗支局長」

 こう言ってから、ようやく飲み頃になったコーヒーを一口すする。

 政宗も頑張って言い訳を考えたのだが……。

「ぐぬ……まぁ、身内がいるときだけにしてくれよ。対外的には若いのに仕事ができる新進気鋭の経営コンサルタントってことになってるんだからな」

 言いくるめる言葉が何も思い浮かばなかったので、方向転換することにしたらしい。当然、ユカからはジト目しか向けられない。

「はー、そげん設定を盛り込んで恥ずかしくなかとね。あと、仕事が出来るなら、この状況を打破するための情報の1つや2つ、掴んできとるっちゃろうもん女難バカ宗?」

 口をへの字に曲げて睨むユカから露骨に視線を逸らした政宗は、残っていたコーヒーを一気に飲み干し、壁の時計を見上げた。

「さて、簡単に今日の打ち合わせを始めるぞ」

「あ、逃げた」

「うーちーあーわーせーだ! 今日は出入りが多いんだよ。まず、俺は10時、13時、16時と営業の予定が入っているから、ここに戻ってくるのは夕方になると思う。次に統治、お前は15時から出てきて、16時の営業に付き合ってくれ」

「俺が?」

 突然名指しされた統治は、持っていたカップを机上に置いて首を傾げた。

 さっき、前面に出るわけにはいかないって言ったのに……呆れ混じりのユカが理由を尋ねる前に、政宗が言葉を続ける。

「16時から、伊達先生に会いに行くことになっているんだ。新年度だし、挨拶と報告も兼ねてな。伊達先生なら、お前の『因縁』について、何か気づくことがあるかもしれない」

 この説明に納得した統治は首を縦に振るが、ユカは首を傾げたまま。

「伊達先生? 誰?」

「名杙家の支援で、『縁』の研究をしている人だ。独学で『縁』にたどり着いて、名杙家に殴りこんできた変人だぞ。色々あったらしいが、今ではそこそこいい協力関係にあって、名杙家支援下で研究を進めている。片倉さんが持っていた眼鏡があるだろう? ああいう便利グッズの開発も出来る天才だ。ちょっと胡散臭い変人だけどな」

「変人変人言い過ぎ。でも、統治がいることが知られてもよかと?」

「義理を通さないと不機嫌になる人だから、いずれバレた時の方が面倒だ。味方にすれば心強いから、先に会って協力を頼む。本当はケッカも連れて行きたいんだが……今日、15時過ぎから片倉さんが来ることになっているんだ。ケッカは午前中に昨日の報告書を上げてくれ。午後は電話番と、彼女への研修を任せる。統治は15時まで、引き続きアプリの開発を進めて欲しい」

「分かっている」

「了解。政宗、確認しておきたいっちゃけど……片倉さんには統治のことは伝えないし、まだ事務作業は手伝わせないってことでよかね?」

 政宗への嫌がらせを止めたユカの問いかけに、彼はパソコンを操作しながら返答した。

「ああ。とにかく専門用語が多いから、まずは研修を続けて『縁故』のことを知ってほしいと彼女にも伝えてある。彼女もまだ、緊張が取れずにいるかもしれないからな。研修の内容はケッカに任せるが、使った資料は紙でもデータでもいいから俺に提出してくれ」

「はいはーい」

 間延びした返事を返しつつ、ノートパソコンを開いて、電源ボタンを押した。

 パソコンが起動するまでに、2杯目のコーヒーをカップに注いでおこうと思い、コーヒーメーカーまで小走りで近づいてから。

「……あたし、『遺痕』の『縁切り』の手伝いとして来たはずなのに……デスクワークばっかりやん」

 予想外の役回りに一度嘆息してから、空のカップをコーヒーで満たし、自身の席に戻っていく。

 とりあえず今日は、それが、ユカに与えられた役割なのだから。


 政宗を見送った後は、ひたすらに個人作業の時間となる。

 ユカは様式化された報告書を埋めながら、昨日の心愛の様子を思い返していた。

 確かに幽霊の類が怖いとは聞いていた。ただ、それはあくまでも、キャーキャー言って顔を両手で覆いながらも指の隙間から見てしまう、みたいな、どこかに多少なりとも余裕のある話だと思っていたのだ。それに、心愛にもプライドがある。あそこまで大見得を切った手前、最終的にはヤケクソでも竹刀を振り回し、いつの間にか『遺痕』の『縁』が切れていましたー……というような展開を期待していたのに。

 実際は恐怖のあまり体がすくみ、一歩も動けなかった。ユカがいなければどうなっていたことか。

 名杙家に生まれ、今まで生きてきたのだ。生涯で一度も『痕』を見たことがないわけではないだろう。それなのに、あれだけ怯えるのは……過去によほど、嫌な経験をした可能性が高い。

 ユカは首を右に傾け、パソコンの脇から統治を見つめてみた。イヤホンを付けて無言の作業を続けていた彼だったが、ユカの視線に気付き、イヤホンを外して問いかける。

「山本、どうかしたのか?」

「あのさぁ統治、1つ聞きたいっちゃけど……心愛ちゃん、過去に何か、『痕』がらみで嫌な経験でもしとるとやか?」

 刹那、統治の表情が固まった。その表情からは「えっ!? 知らなかったのか!?」と言わんばかりの驚きが滲み出ている。やっぱり、と、内心でため息をつきながら、ユカは椅子に座ったまま床を蹴って、椅子の足にあるローラーの音を響かせながら、統治の隣まで移動。彼の左隣に陣取ったユカは、露骨に視線をそらす統治を睨みつけて、とりあえずの不満をぶつけた。

「あのさぁ、どうしてそげな大事なことを言ってくれんとね。あたし……やっぱり信用されとらんと?」

 わざとらしく大きなため息をつくと、統治は狼狽えつつ、何とか言い訳を絞り出す。

「い、いや……佐藤や心愛本人から聞いているかと思って……すまない。昨日は俺も動転していて、全く気が回らなかったな……」

「そりゃあ、昨日の統治に気遣いを求めるのは酷やったかもしれんけど、政宗はいつにも増して抜けすぎやし、心愛ちゃんがあたしに弱みを見せるわけないやん。まぁ、傷心のケッカちゃんに美味しいずんだ餅を食べさせてくれれば、綺麗さっぱり水に流してあげるー♪」

 ニヤリ、と、口元に笑みを浮かべて、右手に拳を作ったユカがそれを統治に向けて突き出す。

 突き出された彼女の手に、自分の右手拳を軽くぶつけることで了承を伝えた統治は、脳内でいくつか店の選定を始めた。

「昼飯の時にでも用意しておく。店の指定はあるか?」

「なし。統治のオススメをちょーだい」

「分かった」

「よしよし、行動が早いのは嫌いじゃなかよ。んで、心愛ちゃん、過去に何かあったと?」

 統治はノートパソコンをパタンと閉じてから、一口コーヒーを飲んで……ポツポツと語り始める。

 それは、心愛が『痕』に過剰な恐怖心を抱くのも無理はないと思ってしまうような、過去の出来事。

 話をひと通り聞いたユカは、「はー……」とため息をつき、天井を仰いだ。

「そげなことがあったとに……よくもまぁ、自分から『縁故』やりますなんて言いに来たもんやね」

「正直、俺もまだ信じられない。心愛に何か変化があったのかとも思ったんだが……昨日の様子を聞く限りでは、そうも思えないな」

 そう言ってコーヒーをすする統治は、苦笑いでため息をついた。

 これで、心愛が心底『痕』を怖がる理由は分かった。では、どうして彼女は今更『縁故』の修行を始めようとするのだろうか。

 最初は、統治がいなくなったことによる焦りがあったのかと思った。ただし今、不完全な状態とはいえ統治は戻ってきている。そして、ユカも臨時で派遣された。『縁故』が足りないとはいえ、素人以下の彼女が自分にムチを打ってまで頑張る必要はないのだ。

 心愛は何か、まだ、自分に隠し事をしている。ユカはそう思えてしょうがない。

 でも。

「んー……でも、どうして頑張ろうとするのか、今のあたしや統治には話してくれんやろうし……しょーがない、ここは少しだけ、荒っぽい方法を取ろうかね……」

 正直、こんなに早い段階でこの手段を使いたくはなかったのだけど……ユカは内心でため息を付きながら、報告書の続きを書くために、自分の席へ戻っていったのだった。


 そして……数日後、土曜日の午前9時過ぎ。

 普段は休みのはずの『仙台支局』に、心愛と華蓮は呼び出されていた。

 休みなので私服の心愛は、ボーターのニットワンピースにペチパン、カラータイツにハイカットのスニーカーという出で立ち。隣にいる華蓮は白いタートルネックに黒いベロア素材のワンピースを合わせ、足元はグレーのタイツとショートブーツを合わせている。

 ユカは白いフリースのチャックを首の上まで上げて、下はジーンズにスニーカーという動きやすさを重視した出で立ち。政宗はライトダウンの下にネルシャツを着て、下は深い緑のカーゴパンツ。

 勿論、これから『るーぷる仙台』(仙台市内を循環しているバス。観光の際は是非ともご利用ください)で仲良く仙台観光……というわけではない。

「学校が休みの日にわざわざ呼び出すなんて、どういうことか教えて欲しいんですけど」

 カワイイ顔に出来る限りの嫌悪感を出し、喧嘩腰でユカを睨む心愛を、政宗がまぁまぁとなだめつつ……自分の横で表情を変えないユカを、肩越しにチラリと見下ろした。

「なぁ、ケッカ……本当にやるのか?」

 ユカは前を見据えたまま、首を縦にふる。

「やる。正直、机上の理論ばっかりじゃ意味がなかよ。それに……処理したほうがいい案件なんやろ?」

「それは、そうなんだがなぁ……」

 イマイチ乗り気ではない政宗を見ることなく、ユカは一歩前に踏み出すと……自分を睨む心愛と、オロオロしている華蓮を交互に見やり。

「じゃあ、伝えていた通り……今日の午前中は実地研修、『遺痕』の『縁』を『切る』様子を見てもらおうと思っとると。2人には後でレポートを提出してもらうつもりやけんが、メモを取ったりするのは構わないけど、文句を言ったり、途中で逃げたりするのは禁止。ただし、無理はせんどって。具合が悪くなったら早めに教えてね」

「逃げる? バカにしないで、心愛が逃げるわけないじゃん」

 フン、と、鼻息荒く断言する心愛に、ユカは「期待しとるよ」と呟いてから、華蓮の意思を確認するために彼女を見つめた。

「片倉さんもそれでよか?」

「は、はいっ。頑張ります……!」

 萎縮しながらも頷いたことを確認したユカは、政宗に目配せ。

 彼が首を縦に振ったことを確認したユカは、扉の方へ向けて歩き出した。

 政宗の対外的な肩書は「経営コンサルタント」ということで、企業の経営方針……ではなく人脈にある程度口を出し、お金をもらえればある程度操作するという、地味に悪どいお仕事です。彼の自頭は素晴らしく良いので、一応勉強して必要な資格は取得していますので問題ありません。

 そのため、敵が多いのか……と、思いきや、政宗の存在を知るのがごく一部(しかもその一部が敵に政宗の存在を教えるわけがない)なので、今のところ夜道も安全に歩けます。というか、彼を敵に回せば自分の商売も破綻しかねないので、その辺が分かっている偉い大人の人は彼におべっかを使う&自分の息ががった女性(娘など)を嫁にして欲しいと縁談を持ちかける、という、好意的な態度で接してくれます。


 また、仙台へお越しの際は「るーぷる仙台」を使って市内を回ってみてください。私が利用した際は、運転手さんの解説も面白かったです。

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