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エピソード3:急転直下の邂逅、予測不能の事態。④

 『絶縁』とは文字通り、名杙家と統治が全ての『縁』を切ることを指す。

 現時点で『因縁』は既に切れているも同然だが、『絶縁』となれば、家族との『関係縁』、『地縁』、名杙家に関わる全ての『縁』を切り、二度と結べないように処置を施されるのだ。

 一度『絶縁』が成立してしまえば、二度と、統治は名杙家に戻ることが出来ない。名杙家でも西の名雲家でも、前例がほとんどないような、最も厳しい処遇。

 予想はしていた。けれど、実際に口に出してみると、自分の不甲斐ない行動に苛立ちしか感じない。

 結局、自分一人では何も出来ない。これまでの実力は全て、『名杙家』という後ろ盾があったからこそ実現したもの、全ては七光り、そう言われている気がして……統治は表情を変えないように意識しながら、膝の上で強く、拳を握りしめていた。

「……まだ、決まったわけじゃなか」

 不意にユカがポツリと呟き、統治と政宗を交互に睨みつける。

 そしてその場で立ち上がり、2人を鼓舞するように声を張った。

「あたし達が弱気になってどげんすっとね!! 統治の『因縁』はまだ消えてなか、絶対に取り戻してみせる、要は取り戻せばよかっちゃろうもん!! そのために必要なことを、今から必死でやればよかと! それだけ!!」

 はっきりした声で断言したユカは、次に桂樹を見下ろした。

「桂樹さん、名杙家が今の統治をどう扱うつもりなのか教えてください。いくら当主の長男とはいえ、『絶縁』の可能性さえ浮上している統治を、そう簡単に「お帰りー♪」って受け入れるとは思えないんですけど」

 ユカの言葉に、桂樹は軽く頷く。

「山本さんの仰る通りです。現状では、統治君が戻っていることを知っているのが僕も含めてごく限られた人間なので、当主としても、話が大きくなる前に決着を付けて欲しいと仰っています。ですので、申し上げにくいのですが……統治君が自分の『因縁』を取り戻すまでは、名杙家に戻らないほうがいいでしょう」

 これは、名杙家が今回の騒動の手助けをしないから自分たちで何とかしろ、と、言われているのと同じこと。

 ただ、ユカはもとより名杙家を頼るつもりなどなかったので、逆に制約がなくて動きやすくなったかもしれない、と、内心でガッツポーズをしていた。

 そして、桂樹の言葉を予想していたのはユカだけではない。政宗が統治の方を見やり、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

「家に戻れないからって、オフィスとして契約してる『仙台支局』で寝泊まりさせるわけにはいかねぇな……あ、とりあえず、俺の部屋でよければいつでも来てくれて構わないぜ。その代わり、酒盛りには付き合ってもらうけどな。あと、ツマミもヨロシク」

 刹那、何かを思い出した統治が苦い表情を向けた。

「……別に料理をするのは構わないんだが、佐藤が飲み散らかしたゴミを片付けるのは、分別も面倒で骨が折れる作業だな……ただ、今はしょうがない、世話してやる」

「おいおい、これじゃあどっちが部屋の主なんだか分かんねーじゃねぇか……でもまぁ、よろしく頼むぜ。統治のホヤ捌きはプロ級だからな」

 既に脳内で酒のツマミを妄想している政宗が、口の端からヨダレを垂らしそうな勢いで笑っている。

 ちなみに「ホヤ」とは、ちょっと見た目がグロテスクで、味も独創的な海の幸である。

 見た目はドラゴンフルーツをもっと赤くして、トゲがある感じ。ワタと呼ばれる肝臓や腸には独特の匂いがあり、これを好む者はワタごと調理し、苦手な者はワタを除去すると独特の匂いがかなり抑えられる。

 新鮮なものは臭わないが、鮮度落ちが早く、時間が経つにつれて金属臭もしくはガソリン臭と形容されるような独特の臭いを強く発するようになるので好き嫌いがはっきり分かれる代物である。宮城では石巻港での水揚げ量が多いことから一般にも広く認知され、主に酒の肴として食べられている。某県民的な番組では、宮城県民が何の躊躇もなくホヤをさばく様子がオンエアーされたりもした。

 だからユカには「ホヤ」が何なのか、よく分からないままなのだが……何だか緊張感のないやり取りに、思わず笑ってしまった。

 そして、頼もしく感じる。誰一人として絶望を嘆くこともなく、この現状を打破しようと奮起しているのだから。

 声を出して笑うユカに、統治と政宗が訝しげな視線を向ける中、桂樹は1人……苦笑いで、息をついた。


 とりあえず、当面の統治は……平日の日中は『仙台支局』で内勤、それ以外は政宗の部屋に寝泊まりして掃除洗濯炊事をこなす、という契約で合意している……の、だが。

「お、おおおおおおお兄様!?」

 その日の夕刻、17時前。何の前触れもなく『仙台支局』に立ち寄った心愛が、とりあえず小奇麗に身なりを整えてパソコンを操作している兄――統治を見つけて、部屋中に響く大声を上げた。

 統治の正面にある自分の机で本日の仕事の事前資料を確認していたユカが、心愛の後ろ、彼女をここまで連れてきた政宗を「お前は何をしてくれたんだこのバカチンが」と言わんばかりの形相で睨みつけて。

「政宗……なんでこの状況で心愛ちゃんを連れてきたとね? バカなの? バカなんだよね、この女難バカ。ついでにあんぽんたん。バーカバーカ……あたしはもう、アンタをこれ以上どう罵ればいいのか分からんよ……この女難バカ!! 女難バカ(むね)!!」

「い、いや、下のコンビニでたまたま会って、付いて来られたから、そのー……」

「それは拒絶しない政宗が悪いに決まっとろーがこの女難バカ宗!! あぁもう、話がややこしくなる……!」

 わざとらしくため息をつくユカには目もくれず、心愛はカバンを放り投げて統治に駆け寄った。

「お兄様、今までどこで何をしてたの!? 連絡1つよこさないんだから、父さんも母さんも心配し、て……?」

 念願だった兄との再会に、どこか嬉しそうだった心愛の声が急激に萎んでいく。それは、名杙家の直系が故に、統治への違和感を直感で感じたからかもしれない。

 今まで感じていた、同族として安心出来る雰囲気を、今の彼は一切感じさせないのだから。

 違和感の正体を確かめるため、心愛は目を閉じた。ユカが止めるために手を出そうとするが、統治が目で制する。

 そして、目を開いた心愛は……統治から名杙家の『因縁』がなくなっていることに気づき、目を更に見開いて絶句した。

「え? え? な、名杙家の……なくなってる? どういう、こと……?」

 嘘だ、認めたくない、そう言いたげに何度も首を横に振りながら、心愛は後ろに数歩後ずさりした。そして、苦々しい表情のユカと苦笑いの政宗を交互に見やって2人が事情を知っていることを察知した心愛は、普段は可愛らしいその眦を極限までつり上げて詰め寄る。

「どういうこと!? あんた達、お兄様に何をしたの!?」

 目尻に涙を浮かべる心愛に、ユカはヤレヤレと言わんばかりの表情でため息をついて、再び政宗を睨みつけた。

「あたし達は何もしとらんよ……政宗、こうなったのは女難バカのアンタの責任やけんが、ちゃんと説明してあげんね」

「ヘイヘイ了解。心愛ちゃんゴメンね、ちょっとこっちで話そうか」

 政宗が心愛を衝立の向こう――ソファが有る会談スペース――まで促した。コートのポケットからハンカチを取り出した心愛は、一度頷いてから彼に続き……振り向くことなく、衝立の向こうに消える。


 そして、約15分後。

 政宗と共に事務スペース側に戻ってきた心愛は、パソコン作業をしている統治の脇に立ち、彼を見下ろした。

 統治が手を止めて、肩越しに彼女を見上げる。

 彼を見下ろす心愛の両目には……どう見ても隠し切れない、彼を蔑んだ感情があった。

「……見損なった」

 ポツリと呟いたかと思えば、そこから、堰を切ったようにしゃべり始める心愛。

「急にいなくなったかと思えば、名杙の『因縁』を切られて軟禁されてたんだってね! 何それ、今までに名杙の『因縁』を切られた『縁故』がいるとか聞いたことないし、前代未聞すぎて一族の恥なんですけど!? 散々……散々心愛に上から目線で「お前は『縁故』に向いてない」とか言ってきたくせに、本当に向いてないのはどっちよ! 信じられない!! やっぱり、心愛の方が強かったんだ!!」

「……」

 統治は何も言い返さず、ただ、心愛を正面から見据えていた。

 そんな兄の態度が、心愛の苛立ちを増長させていることに、あえて気づかない振りをして。

「何よ、図星つかれたから黙っちゃってさ、こんな情けない能力者が心愛の兄妹だったなんて冗談じゃないよ!! どうせ、このまま『絶縁』コースでしょ? こんな人が名杙家の長男だなんて、恥さらしもいいところだもん! 心愛の前からさっさといなくなっちゃ――」

 刹那、いつの間にか心愛の背後に回りこんでいたユカが、制服のジャケットを一度、強く引っ張った。

 本当は揺れるツーテールを引っ張りたかったのだが、髪の毛はさすがに痛いだろうと思って、寸でのところで思いとどまったのだ。

「なっ……何すんのよ!?」

 バランスを崩しそうになった心愛が振り向いて睨みつけるが、対するユカは満面の笑み。

 そして心愛の眼前に、今までユカが見ていた資料を突き出して話しかける。

「心愛ちゃん、今までの話を総合すると……統治は名杙家の恥さらし、自分の方が優れている、と。こういうことでオッケー?」

 ユカの崩れない笑みに一瞬たじろいだ心愛だが、すぐに気を取り直してユカに言い返した。

「そ、そうよ! 心愛の方が優秀だから、兄様は心愛に嫉妬して、今までジャマしてきたんだもん!!」

「なるほどねー……じゃあ、折角来てくれたことだし、今日これから、ある『遺痕』を消してもらおうかな」

 刹那、心愛の顔に分かりやすい動揺が走る。しかしユカは二の句を継がせず、彼女を煽るように話を続けた。

「大丈夫、当然1人では仕事させられんし、あたしも側にいてフォローするけん。資料を見ると、名前は星誠太郎(ほし せいたろう)君。自身の不注意で事故死したんやけど、関係ない別の学校を逆恨みして、粘着して困らせてるみたいなんよ。こういうのは多分、こっちの話が通じんけんが、スパッと『縁』を切ってしまえば終わり。初戦にはうってつけだけど、実力のある心愛ちゃんには物足りんかもね」

「え、あ、それは……」

「女難バカ宗の佐藤支局長、何か問題はある?」

 ユカが断らせない笑顔で問いかけると、政宗は引きつった笑顔で首を横に振った。

「んじゃあ女難バカ宗、責任者として、心愛ちゃんの帰りが遅くなるって名杙家に連絡しとってね」

 政宗の同意を確認したユカは、統治と心愛の間で割って入ると、彼にも満面の笑みを向けて尋ねる。

「統治もそれでよかやろう? 統治が役立たずの今、名杙家の存亡は心愛ちゃんにかかっとると言っても過言じゃなかけんね。このケッカちゃんが愛をこめて指導してあげるけん、任せときんしゃい!」

 ユカと統治の視線が一瞬だけ交錯した。そして統治は、ユカの背後から顔を出して、何だか地味に困った表情の心愛から……視線をそらす。

「……山本、妹を頼む」

「了解! 良かったねー心愛ちゃん、これで君のジャマをする人は誰もおらんけんが、安心して今まで隠してきた実力を遺憾なく発揮してくれると助かるなー♪」

「う……」

 これで完全に引き返せなくなった。元はといえば、自分が蒔いて育てた種。心愛にもプライドはあるので、ここで引き下がるわけにはいかないのだが……彼女は口元を無理やり引き締め、制服のスカートを両手で握りしめた。

「……やってやるわよ……」

 震える唇がポツリと呟いた言葉は、自分を必死に奮い立たせるためのもの。ユカはあえて聞こえないフリをして、彼女に背を向け続けた。ここで逃げないのは、さすが、名杙の血統と言うべきなのか。

 刹那、心愛が左足で統治の机の脚を全力で蹴った。ガダン、と、鈍い音が響き、机全体が一度揺れてペン立てが倒れる。そして。

「い、いったぁ……」

 当然ながら左足のつま先を抑え、半泣きで座り込む心愛。さすがにユカも振り返って……心愛をジト目で見下ろした。

「いきなり何をするかと思えば……そりゃあ、机を蹴ったら痛いに決まっとろうもん。怪我でもして、今日の仕事を回避するつもりやったと?」

「ちっ、違うわよ!! 第一、心愛が逃げるわけないじゃん! お仕事だって完璧に終わらせてやるんだから!」

 言いながら立ち上がった心愛に、ユカは「まぁいいや」とそれ以上詮索せず、振り返って統治を見つめ、話を進める。

「統治、名杙家では『痕』の『縁』を切る時、何か決まった道具を使うことになっとると? その辺の縛りがあるなら教えて欲しいっちゃけど……」

 『縁故』が『痕』の『縁』を切る際は、何か道具を使って切る動作をすることが多い。その道具に力がるわけではなく、道具に『縁故』の力が伝播して『縁』を切ることになる。

 『痕』であっても他人の『縁』に直接触れてしまうと『縁故』へも悪影響が及ぶことが多く、『縁故』を守る意味でも必要な道具なのだ。 

 使われる道具は人によって様々だが、多いのはナイフやハサミなどの刃物類。以前は大ぶりで見た目もカッコいいナイフや短刀を使う『縁故』が多かったが、最近はそういうものを持ち歩くことに対する世間の目も冷たいので、ひっそり持ち歩ける小型のものが主流になっている。

 ユカの問いかけに、統治はペン立てを元の位置に戻しながら答えた。

「当主以外は、特に指定がないな。自分が切るイメージをしやすくなるものを使えばいい」

「なるほど。ちなみに統治は何を使いよると?」

「ペーパーナイフだ」

「なるほど……でも、それだとリーチが短いっちゃんねー……ねー女難バカ宗、竹刀とかなかと?」

 すっかり悪口が定着した政宗は、無言で、自身の机の下から細長い袋を取り出した。

 長さ1メートルほどで、細身、浅葱色の袋。政宗が放り投げたそれを受け止めたユカは、中身を確認して一度頷く。

「剣道用の竹刀やね……まぁ、心愛ちゃんなら使いこなせるやろ、名杙家だし」

 心愛の実力を特に知らないユカだが、1人で納得してからそれを彼女に手渡した。

「とりあえず、間に合わせの武具で申し訳なかばってんが……今日はコレを使って。次までに自分で何を使うか、考えとってね。まぁ、無理して道具に頼らなくてもいいけど、最初のうちは感覚をつかむ意味でも、ハサミとかカッターとか、なるだけ学生が持ち歩いても違和感がないものを使うといいと思う。銃刀法違反になりそうなものはやめたほうがよかよ」

「分かってるわよ! 心愛だってちゃんと考えてるんだから!!」

 ユカからの竹刀袋を受け取った心愛は、フンと鼻息あらく視線を逸らした。

「ま、そのへんは任せるけんね。さて、時間が余ったか……」

 壁の時計で時間を確認すると、間もなく17時になろうかという夕刻。

 今回の依頼先が学校なので、実際に動けるのはあと2時間ほど後になる。それまでどうしようかと思案しつつ……竹刀袋を握りしめて不安そうな表情の心愛を一瞥して、苦笑いを浮かべたのだった。


 そして、心愛の記念すべき初仕事の結果は……冒頭に遡る。



 『彼』の気配が消えたことを実感した瞬間、心愛の手から木刀がするりと抜け落ちて、地面に転がる。

 それを拾おうともせずに、彼女はただ、乱れた呼吸を整えていた。

 体中にじんわりと嫌な汗が浮かんでいる感覚がある。心臓が嫌になるほど激しく動いて、意識しないと過呼吸を起こしそうになっていた。

「はっ……はぁっ……!」

 何もしていない敗北感よりも、この場を切り抜けられた安堵感の方が大きい。口元に笑みが浮かんでいることに、果たして彼女は気づいているのだろうか。

 チラリと振り返って心愛の状態を確認したユカは、値踏みするような眼差しで彼女を見据え、

「あのさぁ……やっぱり心愛ちゃんには向いとらんと思うよ。いくら統治があんな状態だからって、恐怖心引きずったままじゃ『縁故』にはなれない……」

「そんなことない!」

 ユカの言葉を遮り、心愛は大声で反論した。

 口元に笑みはなく、その瞳には、はっきりと悔しさが現れている。

「お兄様に出来ることが心愛に出来ないなんて……そんなことないんだから!」

 まだ寂しい胸を張って断言する心愛に、ユカはジト目を向けて。

「そげなこと言われても、言葉と行動がいっちょん伴っとらんけん、信用出来るわけなかろうが……」

「こ、これから頑張るのよ! 心愛が本気になれば、ケッカだって恐れおののくに決まってるんだから!!」

「へーへー、期待しとるけんねー」

 心愛から視線をそらしたユカは、暗い空を見上げる。

 星も月も雲に隠された曇天は、これからの過酷な道のりを暗示しているかのようで……無意識のうちに、ため息をついてしまった。

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