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エピソード3:急転直下の邂逅、予測不能の事態。②

「統治……!?」

 政宗の声に、彼――統治は一度だけ頷くと、政宗の隣で自分を見つめるユカに気付き、軽く目を見開いた。

 服装は、少し汚れた灰色のスウェット。まだまだ薄ら寒い4月だというのに、上着は見当たらない。足元は裸足にゴム製のサンダルで、着の身着のまま逃げてきた様子が伺える。

 少し癖のある髪の毛が、更にクルクルと好き勝手な方向へ自己主張している。普段は切れ長の目が特徴的な、清潔感のある物静かな男性なのだが……疲れきった表情と雰囲気は、普段の彼と程遠いものだった。

「佐藤の隣にいるのは……山本、か?」

 少し低い、けれど聞き取りやすい彼の声音。統治の問いかけに首肯したユカは、固まっている政宗のスーツを引っ張って、彼の方へ歩み寄っていく。

「統治!! 大丈夫ね、体の具合はどげん? どこも悪く……」

 刹那、あることに気づいたユカは、作りかけていた笑顔を引っ込めた。

 そして、統治の全身を隅々まで見つめてから……彼を睨み、苦々しく呟く。

「……統治、なんねそのザマは。あたしはアンタの実力を過大評価しすぎとったとやか……」

「それは……」

 彼女の言葉の意図を察した統治が口ごもる。唐突に辛辣になったユカをなだめようとした政宗だが、ユカが無言で指差す先――統治の頭上――に視線を向けて、先程よりも更に大きく目を見開いた。


「統治……お前、『因縁』が足りねぇぞ……どういうことだよ……!!」


 先祖からの繋がりを示す『因縁』は、未婚の場合、2本繋がっている。

 父方からの『因縁』と、母方からの『因縁』だ。結婚すると相手方の『因縁』が増えるので、相手が未婚か既婚かを見極める場合は、『因縁』の数を見れば良いことになっている。

 そして、2人の前に現れた統治の頭からは……青い『因縁』が1本だけ伸びている状態で。

 生命を司るわけではないので、生きることにそこまで目立つ支障はない。ただ、統治の場合は……これが、前代未聞の死活問題に繋がってしまうのだ。

 言葉を失う政宗に変わって、ユカが腰に手を当てて統治を睨みつけ、確認するように問いかける。

「名杙の『因縁』、切られて持って行かれたんやね」

 彼女の言葉に、統治は辛うじて一度だけ頷いた。


 名杙家の『因縁』、それは、『縁故』としての能力を全て授けてくれている大切な繋がり。

 この『因縁』があるからこそ、統治も、心愛も、名杙の家に生まれた者の全てが『縁』を認識できるし、それを自身の才能として、『縁故』という仕事を続けることが出来る。

 要するに、名杙家との『因縁』が切れてしまった統治は……ただの、普通の青年に成り下がってしまった。


 その後、午後からの予定を全てキャンセルした政宗は、ユカと統治を連れて『仙台支局』に戻った。

 車の中は終始無言、それぞれに思いを抱え、再び、仙台の中心部に戻ってくる。

 時刻は午前10時半過ぎになっていた。入ってすぐの応接スペースに統治を座らせた政宗は、諸々の連絡をするため、一度奥へ引っ込む。

 ユカは彼の前に腰を下ろすと、沈痛な面持ちでため息をつく統治を、ジト目で見つめた。

「辛気臭い顔やねぇ……ま、統治に爽やか笑顔が似合わんのは、あたしがよく知っとるけど、久しぶりの同期との再会なんやから、もっと喜んでもよかとよ?」

「……そんな気分じゃない」

 チラリとユカを見た統治は、ふいと視線を逸らして、もう一度ため息を付いた。

 しばらく彼を見つめていたユカは、無言で立ち上がって衝立の向こうに消える。数十秒後、戻ってきた彼女は……手に持っていたミネラルウォーターのペットボトルを、彼の頭上に乗せた。

「美味しい水、飲む?」

「……元々俺のものだ」

「知っとる。んで、飲む?」

 首を縦にふる統治にペットボトルを渡したユカは、再び、彼の正面に腰を下ろして。

「さっきは……出会い頭にキツイこと言って、ゴメン」

「……」

 蓋を開けた統治は、無言で水を喉に流し込む。

 一気に3分の1ほど飲み干した統治は、ペットボトルを机上に置き、首を横に振った。

「あれは、言われてもしょうがない事実だ。自分でも情けないと思っている」

「正直、統治がここまでボロボロにやられとったなんて思わんかったとよ。それに、名杙との『因縁』が切れてるっていうのに、それに気づいとらん、気づいていたとすればこっちに連絡もしてこない名杙の家にも腹が立つし、あたしに言われるまで気づかんかった政宗のマヌケっぷりにも腹が立つ。要するに今のあたしは、仙台の生ぬるい空気に腹が立っとるのかもしれん」

 ユカの言葉に首肯した統治は、衝立の向こうにいる政宗を思い、苦笑いを浮かべた。

「佐藤がマヌケ、か……そんなことを言えるのは山本くらいだな」

「そう? 統治もそげん思うやろ? 政宗は肝心なところで甘いっていうか、押しに弱いっていうか……」

 既にそれのとばっちりを受けているユカは、口を曲げてため息1つ。

「そう、本当に2人が変わってなくて、あたしは拍子抜けしとるとよ。政宗は甘いし、統治はマイペースやし……2人で仙台に支局を作るって聞いた時、心から喜んで凄いって思ったあたしの感激を返して欲しかね」

「勝手に喜んで感動したのは山本だろう? その責任を俺達が負う必要はないはずだが?」

「ひっどー。ケッカちゃん傷ついて福岡に帰るけんねー。そう、統治も見つかったし、あたしの仙台での仕事はこれで終わりっ! 非常に短い間でしたがお世話になりましたー」

 朗々と宣言して背伸びをするユカに、統治は慌てて言葉を取り繕った。

「あ、いや……俺はご覧の有り様だし、佐藤1人では何かと大変だと思うから、山本がよければもう少し……その……」

 そんな彼を正面から見つめたユカは、プッと吹き出して右手をヒラヒラを振りながら言葉を続ける。

「そげん慌てて引き止めんでもよかよ。少なくとも、統治の『因縁』が戻ってくるまでは仙台に居座るつもりやけんね。気になることが多すぎるし」

「……助かる」

 どこか安心した表情になった(ように見えなくもない)統治は、椅子に座り直して、ミネラルウォーターをもう一口、口に含んだ。

「というか、1つ聞きたかったんやけど……どうして政宗が『仙台支局』の支局長やっとるん? 立場的には統治がやるべき仕事じゃなかとね?」

「ああ、それは……」

 口内の水を飲み込んだ統治が理由を説明しようとした瞬間、政宗がコーヒーカップを片手に持って、衝立の向こう側から戻って来た。

 そして、すっかり普通の雰囲気で話をしている2人を見下ろし、どこか安堵した表情を浮かべる。

「をを、ケッカ、統治相手に説教してたわけじゃないんだな」

 ユカはそんな彼を見上げると、あえて淡々とした口調で言葉を返す。

 この支局長は、まだまだ認識が甘いような気がして……若干、イライラしていたから。

「説教すべきは政宗の方なんやけどね。統治の件も含めて、あたし達は後手に回りすぎとる。もう少し危機感を持って対応にあたらんと、取り返しのつかんことになるような気がするよ」

 そう言われた政宗は、一瞬、表情を強張らせたが……すぐに顔の筋肉を弛緩させて、普段通りの、何かを企んでいるような笑顔を作ってユカに言い返した。

「ケッカの言うとおり、俺は甘ちゃんの新人支局長だって自分でもよく分かっているからな。だからこそ、ここにいる優秀な部下の働きに期待しているところだ。頼むぞ」

 刹那、ユカはジト目で政宗を睨み……諦めのため息をひとつ。

「本当に分かっとるっちゃろうね……まぁよか、名杙には連絡がついたと?」

「ああ。とりあえず桂樹さんが来てくれることになった」

「ケイジュ、さん……?」

 聞きなれない名前にユカが顔をしかめると、カップを机上に置いた政宗がユカの隣に腰を下ろして、その質問に答える。

「統治の従兄弟にあたる人だ。名杙家では統治に次ぐ若手の『縁故』で、この間、片倉さんの『縁』を鑑定してくれた人でもある」

「ふーん……」

 まぁ、実際に会ってどんな人物なのか確かめればいいや。そう結論づけたユカは、政宗が持ってきたカップを自分の方へ引き寄せ、淹れたてのコーヒーの香りを楽しみながら一口。

「ってちょっと待てケッカ! そのコーヒーは俺のだぞ!? 欲しかったら自分で持ってこい!」

「やだ」

「やだ、じゃねぇんだよ! 上司のコーヒーっていったら普通、部下が持ってきてくれても一向に構わない代物だぞ!? それ以前に人のものを横から取るな行儀が悪い!」

「知らん」

「この野郎……!」

 ふいっとそっぽを向くユカに、政宗はわざとらしく大きなため息をついてから……再び立ち上がり、衝立の向こうへ消える。結局、自分でもう一杯用意するらしい。

 2人のやり取りを生暖かく見守っていた統治は、水をもう一口飲んでから、ボソリと呟いた。

「……俺達、成長してないのかもしれないな」


 政宗が改めて自分用のコーヒーを持ってきたところで、統治が、自分の身に起こったことを話し出した。

「俺も正直、自分に何が起こったのか……完璧に把握しているわけではない。あの日、佐藤と別れてから、コンビニの裏に歩いて行って、人が立っていて、話しかけようとした瞬間……後ろから襲われて、気を失った。恐らく、ここで『因縁』を切られたんだと思う」

「相手は2人以上おるってことか……それから今まで、どこにおったと?」

「マンションの一室で軟禁状態だった。食事や生活に困ることはなかったんだが、扉と窓に特殊な呪い(まじない)が施されていて、部屋から出ることが出来なかったんだ。相手と何度か話をしているはずなんだが、顔も声も覚えていない。あの空間全てに呪いがかけられていたんだと考えている」

「統治も知らん術使いとか……考えただけで厄介な相手やね。でもどうして、今日はあの場におったと?」

「今日の朝になって、扉に施されていた呪いが消滅していたんだ。更新が必要な術だったのか、術者が俺を見限ったのかは分からないが……俺の洋服や携帯電話は取り上げられていたのに、机の上に財布だけ残されていた。中身も無事だったから、とりあえず『仙台支局』に戻る前に、自分が襲われた場所に相手の痕跡が残っていないか確認しておこうと思って、タクシーであの場所まで行ったんだ」

「なるほど……それにしても、あの場所に統治の『関係縁』が残っとったっのは……どういうことなん?」

「それは……正直俺もよく分かっていないのだが、考えられるのは、俺が出会った人間が、俺と初対面ではない可能性だ。あの場所で新たな『関係縁』が構築されかけたのだが、既に俺と『関係縁』が成立している人物がそこにいて……既にある『関係縁』と新しく出来た『関係縁』が一体化する前に、俺は意識を失って、それが誰なのか分からないままになってしまった。その場で中途半端に残った『関係縁』が消えずに残っていた……のではないかと思う」

 例えば、後ろ姿を見て初対面の気がすると、人間はその人物との新しい『関係縁』を作ろうとする。

 しかし、振り向いた人物が顔見知りで、自分が相手を認識すると……出来かけた新しい『関係縁』は、既にあるものに吸収されてしまうのだ。

 今回は、統治が相手を認識する前に気を失ってしまったので……行き場をなくした『関係縁』が、片方は統治と、もう片方は彼が倒れた場所と繋がるという不完全な状態で残ってしまったのだろう。

「何というか……色々出来過ぎてて気色悪かね」

 ユカが正直な感想を呟くと、統治も静かに同意する。

 そんな彼の全身を観察しつつ……ユカが、素朴な疑問を口にした。

「というか統治、『因縁』が一本ない状態で、体は大丈夫なん?」

 『因縁』は、その人間を形成する重要な『縁』の1つだ。直接体調に干渉するのは『生命縁』だが、それでも、影響が決してゼロとは考え難い。

 彼女の問いかけに、統治は自分の両手を握ったり開いたりして、首を横に振る。

「今のところ……特に体への異常は感じられない。ただ、長い期間『縁』を放っておくと、いざ繋げようとする際に拒否反応が出る可能性があるし、俺の体に悪影響を及ぼす可能性も高い」

「だよねー……いくら名杙の『因縁』とはいえ、早々に見つけんといかんねー……」

 しかし、それに関する手がかりは全く残されていない。無意識のうちにため息をつくユカに、統治もまた、肩を落として息を吐いた。

「正直、今も相手の手のひらで踊らされている気がしてしょうがない。山本、俺に変な『関係縁』が増えていることはないのか?」

 尋ねられたユカは、再度目を凝らして……首を横に振る。

「んー……やっぱ、なかね。統治が相手と相対して喋っているならば、多少なりとも残っていそうなものだけど、痕跡すら見当たらん……」

 ユカが政宗に目配せをすると、政宗も頷いて顔をしかめる。

「俺にも怪しい『関係縁』は見えないな。一体、何がどうなってるんだか……」

 肩を落としてため息をつく政宗の背中を、ユカは少し乱暴に叩いた。

「ここで政宗が弱気になってどげんすっとね!? 今はあたしもおるし、心愛ちゃんだって頑張るって……」

 刹那、ユカの口から『心愛』の名前を聞いた統治が、露骨に眉をひそめる。

「ちょっとまってくれ山本、今、心愛って言ったか?」

 統治がユカを見つめる眼差しに、言いようのない不快感が混ざっているような気がして……ユカは何事だろうと身構えながら、彼の質問に答えた。

 隣にいる政宗が、「やっべー」という顔になっていることなど、気づかないまま。

「へ? あ、うん。昨日ここで会ったけど、統治に妹がおるなんて知らんかったよ。生意気だけどカワイイ女の子やね」

「ここで、会った……? どういうことだ? 心愛の学校と家の位置を考えると、仙台に出てくることはないはずなんだが……不必要な寄り道も禁止しているはずだ」

「あ、統治は知らんかったとね。心愛ちゃん、『縁故』になる修行を始めることに――」

「――何だって!?」

 刹那、机上のペットボトルを倒す勢いで立ち上がった統治が、机越しに対角線上の政宗へ詰め寄った。

 急に沸騰した彼の怒りは、ユカでもビビって様子をうかがうほど。

「佐藤、どういうことだ!! お前、心愛がどんなヤツか、知らないわけじゃないだろう!?」

「い、いや、俺だって反対したんだけど、だな……」

「大方、親父に日本酒で懐柔されたんだろう!? 俺がいない間に、何を勝手に話を進めてくれたんだ!!」

 殴りかかりそうな勢いの統治に、政宗は反論するでもなく、苦笑いを浮かべたまま。

 事情の飲み込めないユカも立ち上がり、とりあえず、二人の間に割って入ることにした。

「ちょっ、統治、統治、落ち着いて! どげんしたとね?」

 統治は、極限まで釣り上げた眦でユカも睨みつけ、唾を飛ばす勢いで感情をぶつけた。

「山本も心愛のことは聞いているんだろう!? それを承知で『縁故』になんて……!」

 刹那、ユカも統治を睨み返し、彼を上回る大声で反論する。

「はぁっ!? 心愛ちゃんのこと? なーんも聞いとらんよ! 第一、昨日来たばっかりだっつーの!! だから、あんたがどうしてそげん怒っとるのか、いっちょん(=全く、全然)分からんと!!」 

 ユカの言葉を受け止めた統治は、一度、自分を落ち着かせるように深呼吸をした。

 ユカもまた、コーヒーを一口すすって自分を落ち着かせると……2人で、先程からそっぽを向いている政宗を睨みつける。

「とりあえず、全ての元凶が政宗だということは疑いようのない事実やね」

「同感だ」

「でも、政宗じゃ話にならんけん、統治に聞くよ。心愛ちゃんには何か、『縁故』に向かない理由があると?」

 ユカが統治に向き直って尋ねると、統治は倒したペットボトルを立て直し、とんでもない事実を教えてくれる。


「心愛は……幽霊とか、怪奇現象とか、普通の人に見えない超常現象が大の苦手なんだ」


 刹那、政宗に無言で殴りかかろうとしたユカを、統治が必死でなだめることになったのだった。

 終盤まで出てこないかと思われていた、私もそう思っていた統治君、ここで登場です!

 統治は基本的に冷静で物静か、自分が興味のあること&心を開いた特定の人間以外に関心がなく、政宗が笑顔で近づいて開拓した新規の顧客を、名杙の名前と立場、落ち着いた態度で信用させる役割を担っています。

 子どもの頃は、もっと小生意気で自分が一番だと思っていましたが……ある事件が彼のプライドを根本からボッキリ折った結果、今のような性格になりました。そのあたりのことはいずれ出てきます。そして、彼の「名杙」という名字は、地方局の某女子アナさんからインスパイア。好きだったのに最近露出が減って寂しい今日このごろです……。

 ちなみに……身長が政宗より1~2センチ高く、政宗は地味に悔しがっています。

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