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エピソード3:急転直下の邂逅、予測不能の事態。①

 翌日、青空が眩しい午前9時過ぎ。

 今日の午前中は、統治が最後に目撃された場所へ行くことになっている。『仙台支局』で合流し、地下駐車場に止めてある社用車で移動する算段になっていた。

 普段通り8時半に出社して、部屋の電気や留守番電話の解除・確認、簡単な掃除を終わらせた政宗は……自分の席でコーヒーを飲みながら、管理事務所から受け取ったユカのパス――この部屋のロックを解除することが出来る、オプションとして電子マネーもついてくる!!――を眺めていた。

 『良縁協会』で働く際に、特別な服装の指定はないが、相手に不快感を与えない真面目な格好、となると、どうしてもスーツに落ち着いてしまう。今日の彼も普段通り、ダークグレーのスーツ。ネクタイは人前に出るときだけなので、今は外している。

 ネックホルダーに透明のケースがぶら下がり、その中に、顔写真付きのパスが入っている。ユカの容姿はどう頑張っても中学生までにしか見えないので、担当の職員から非常に訝しげな目で見られながら手続きを終えたのだが……名杙のツテで働くことになった事情付きの少女、と、何となーく薄ぼんやりと誤魔化すのが精一杯だった。

「っつーか、次は心愛ちゃんと片倉さんのパスも必要なのか……俺、絶対ロリコンだって思われてるよな……」

 朝のワイドショーを横目で見ながらため息をつくと、入り口のインターホンが鳴り響く。

 手元の電話で相手を確認した政宗は、扉まで近づいてロックを解除した。

「……忘れとった」

 扉を開いて入ってきたユカは、挨拶より先に政宗をジト目で見上げ、ため息をつく。

 昨日の夜に慌てて調達した衣服――割引されていたコートとニットワンピース、裏起毛タイツ――に身を包み、頭にはお馴染みのキャスケット。右肩からトートバックを下げて、反対の手にはコンビニの袋を持っている。部屋の暖かさに固まった顔の筋肉がほぐれていくのを感じながら……ユカはもう一度、これみよがしにため息を付いた。

「おいおいケッカ、挨拶もなしに不機嫌な顔を見せるなよ。どうしたんだ?」

 彼女の事情が分からない政宗が眉をひそめると、ユカは壁の時計で時間を確認した後、政宗に詰め寄る。

「政宗、始業が8時半ならそう言ってもらわんと困るっちゃけど! 昨日は9時って言っとったよね!? 政宗の性格を忘れてうっかりそれを信じたあたしがバカなのかもしれんけど……でも!!」

「は? あ、いや、始業は9時からで問題な……」

「じゃあ、なんでこの部屋はこげんぬくか(注釈:ぬくい=暖かい)とね!? 大方、政宗が30分前に来て、小奇麗に掃除とか済ませとるっちゃろーもん!! 何でも1人で先回りしてやろうとするのは、昔っから変わっとらんね!!」

「へ? いや、掃除は俺が仕事前のルーティンとしてやっていることで……あれ、どうして俺が怒られてるんだ?」

 ユカの怒りの焦点が分からず、首を傾げる政宗。ユカはそんな彼にコンビニの袋を振り回して自分の怒りを押し付けた後。

「……明日から、あたしも手伝う。ココは今、あたしの職場でもあるし……統治も多分、同じことしてたはず」

 ポツリと呟いてから彼の横をすり抜けて、衝立の奥に移動した。

 政宗はここで、ユカが自分に黙って1人で掃除をしたことに怒っているのだとようやく気付き……。

「そういえば、こういうヤツだったな……」

 苦笑いでため息をつくと、彼女の後に続いた。


 軽いミーティングを済ませた2人は、地下の駐車場に停めてある社用車(普通自動車・ハイブリット)に乗り、移動を開始した。

 朝の渋滞が終わりかけている仙台市街地を走りぬけ、抜け道を使って沿岸部へと走り進んでいく。

 助手席に座るユカは、政宗がプリントアウトした地図を眺めながら、険しい表情のままでポツリと呟いた。

「……本当、何がどうなっとるとやか……まさか、あたしでも追えんかったなんて……」

「やっぱり無理だったか。遠方から来たケッカならもしかして……と、思ったんだけどな」

 運転席の政宗が、残念そうな口調で返す。

 昨日、用意された一人住まいに帰宅したユカは、自分と統治が繋がっている『関係縁』を探して、それを道標に、彼の元へ近づこうとしたのだ。

 これは『縁故』的には割とポピュラーな人探しの方法で、当然、政宗も、名杙の他の『縁故』も試したのだが……5分ほど進んだところで、今まで見えていたはずの『縁』が見えなくなってしまうのだ。

 この話を政宗から聞いていたユカは鼻で笑って、「みときんしゃい! あたしは統治にたどり着くけんね!!」と、大見得を切ったのが昨日のこと。実は『仙台支局』内で試した時にも一度失敗して、環境のせいにしたユカが自宅で再び挑戦してみた結果が、先ほどの呟きとなる。

「あーもう訳わからん!! 仙台に来てからまだ24時間しか経過しとらんとに、おかしなことが多すぎるんよ!!」

「それを何とかするのがケッカの仕事だからな。期待してるぞ」

「唐突にそげなこと言われても……まぁ、頑張りますよ、給料分はね」

 そう言ってペットボトルに入ったお茶を一口すすった瞬間、車はとあるコンビニの駐車場に停車した。

 全国どこにでもある店名だが、店舗がプレハブ造りなのは珍しい。

 昨日の空港からあまり遠くないこの場所は、やはり、波にさらわれて全てが流された場所。堤防を兼ねた道路のかさ上げ工事の真っ只中で、高く積み上がった砂の山があちこちに見えていた。

 ペットボトルをドリンクホルダーに戻し、シートベルトを外したユカは、改めて手元の地図に視線を落とす。

 地図に付いたバツ印は、このコンビニよりももう少し離れた場所についている。ユカが尋ねる前に、政宗が理由を説明をした。

「その印は、統治が最後に目撃された場所なんだが……あの日、俺が統治をここまで送って、ここで別れたんだ。とりあえずここから、あの日の統治の行動を予測してみようと思う」

「了解。じゃあ、降りるよ」

 ユカは車のドアを開き、外に出る。冷たい空気に慣れない体が、一度、震えた。


 コンビニの周囲を見渡すと、道路を挟んだ向こうに、プレハブの小屋と中古車販売店。反対側――コンビニの裏手は枯れ草生い茂る更地が広がっていて、遠くには重機が見える。

 どこまでも広がる更地。ここに以前、何があったのか……ユカには全く想像することが出来ない。

 このコンビニは工事関係者の利用がほとんどで、広い駐車場には大型のトラックが数台停車していた。周囲に気を配るユカに、政宗が「こっちだ」と先導して歩き始める。

 コンビニの脇にあるあぜ道を歩きながら、ユカは半歩先を歩く政宗に問いかけた。

「ねぇ政宗、そもそも、統治はどうしてココに1人で来たと? 『縁故』の仕事?」

「あの時は……前日に、工事関係者を名乗る人から連絡が入ったんだ。工事現場で不可解な現象が発生して、工事が滞っているから助けて欲しいって。正直、誰の紹介で『良縁協会』に辿り着いたのか分からないままだった。とりあえず依頼人の素性の確認と、『痕』に関する調査が必要だから、俺が連絡してきた相手との接触、統治が『痕』の調査ってことでここで別れて、俺は依頼人がいるはずの建設事務所を尋ねたんだが……その事務所に、依頼人はいなかった。念の為に他の事務所も回ったけれど無駄足で、統治に電話をかけたんだが通じない、コンビニに戻ってきて周囲を探したんだが、統治の痕跡はどこにもなかった……そういうわけだ」

「何それ……オカルト?」

「俺も正直、自分で言ってて意味が分かんねぇよ。ただ、あの統治が『痕』相手に遅れを取るとは思えない。そうなると……」

「生きた人間が関わっている可能性が高い、か……厄介やね」

 ユカが最も危惧していることは、『痕』だけではなく生きた人間が関わっていることだった。

 相手が『痕』だけならば、自分がボロを出さない限りは負けることがない。相手の声を聞かず、一方的に『縁』を切ってしまえばいいのだから。

 ただ、生きた人間となると、そう簡単に『縁』を切るわけにはいかなくなってしまう。人間と『痕』とでは『縁』の切り方も全く違い、別個にルール化されている。仕事として切る場合は、事前に調査と許可が必要なのだ。

 コンビニから100メートルほど海へ向かって進んだ場所で2人は立ち止まった。突き当りになって少し開けており、何か、太い一本柱が根本からごっそりなくなった跡がある。

 ユカは周囲を見渡した。相変わらず目立った高い建物がない、空っぽの空間。

 そして、一度、長めに瞬きをする。刹那、彼女の瞳に様々な『縁』がうごめく様子が映る。

 ここにはもう、誰も住んでいないので……地面から伸びて寸断されている『地縁』が数本、茶色く色あせた状態で漂っているのが見える。ここにかつて住んでいた人が、この土地に戻ってっくる意思がないことを示していた。

 その中に感じる、一箇所だけ、僅かな違和感。『地縁』しかない場所のはずなのに、一本だけ絡みついている、薄紅色、見過ごしてしまいそうになるほど細い細い『関係縁』。

 ユカは目を細めたまま、その『関係縁』に近づいた。かつて柱のようなものが立っていた場所から伸びる『地縁』に絡みついている『関係縁』は、まだ、もう一方がどこかの誰かに繋がっている様子で……。

「……繋げられる?」

 独り言を呟きながら、左手の人差し指を立てて、空間を漂う『関係縁』に数回絡ませた。その状態でギュッと左手を握り、定着させる。

 これで、誰かとユカが繋がった。

「ケッカ?」

 別の方向を調べていた政宗が、ユカの行動に気づいて近づいてきた。ユカは左手を開くと、政宗の眼前にかざす。

「政宗……この『関係縁』、見える?」

 尋ねられた政宗も、思わず顔をしかめて凝視した。

「ん? ああ、何とか。随分弱いな……っつーか、誰と繋がってるんだ?」

「分からん。でも、『地縁』しかないはずのこの場所に一本だけ残っとったと。相手がいないのに残っとったってことは、よほど根性の曲がったストーカーか、アクシデントが発生した『縁』なのか……」

 2人が集中して見ないと消えそうにか細い『関係縁』は、コンビニの方へ伸びていた。

 目線でそれを追っていくと……2人が歩いてきたあぜ道に、1人、立ち尽くす人物がいることに気づく。

 そして、その人物が誰であるかを確認した瞬間――ユカと政宗の顔から余裕が消えた。

 ユカは恐る恐る、左手の人差し指の先を目で追い続ける。今にも消えそうなほど薄かったはずの『関係縁』が、いつの間にかしっかりした赤い糸に変化している。

 それは、この『縁』で繋がっている相手が、ユカと、非常に親密な仲であることを示していて――

 自分の右手から伸びる『縁』を確認した政宗が、彼の名前を呟いた。


「統治……!?」


 疲れた表情とくたびれた服装で、いつの間にか2人の背後にいたのは……名杙統治。

 まさに今、2人が探していた人物その人だった。

 大丈夫だよ佐藤支局長、ただでさえ得体のしれない『良縁協会』は、既にビル内で腫れ物扱いだから!!

 この『良縁協会』という名前は、「皆さんに良い縁をお届けします(笑顔)」という名前に見せかけて、「現在の煩わしい縁を清算して、もっと良い縁をつなげますよ(ゲス顔)」という意味合いでつけました。実際に誰かを蹴落とすために縁を切ることが多い人たちですからねー……。

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