三話
そして次の日──。
「ふぁあぁ〜。」
いつもの様に龍二はヘッドフォンを耳に付けながら歩いていた。行き先は学校でもなく、ましてや影沼動物病院でもなかった。龍二はいつもの公園に来ていた。
「はぁ……暑い〜。」
そしていつもの定位置のベンチに座っていた。
「なら、オレん所に来るか?」
いきなり後ろから声がした。
「──ッ!!?」
「よぉ!待ってたぜ。」
影沼だった。
「何してんだよ、オッサン!!?」
龍二は慌てて振り向いた。
「オッサンじゃねぇ〜よ!こう見えても、まだ29歳だ。」
「もうオッサンじゃねぇ〜か!それより質問に答えろ!!」
「ったく……お前はどうせ来ないだろうと思って迎えに来た。さ、行くぞ!!」
影沼は龍二の腕を引っ張った。
「放せッよ!!!」
龍二は影沼の腕を振り払った。
「何でオレに構うんだよ!ウゼェんだよ!!」
「イイから来い!!!」
影沼は強引に龍二を掴み、病院へ向かった。
「座れ!!」
影沼は龍二を放り投げる様に椅子に座らした。
「何すんだよ!」
「だいたいの話は聞いた。それがどうした?一度そんな事があったからって。」
「──!!?」
龍二は驚いた。
「……雪江から、聞いたのか?」
そして重々しく口を開いた。
「あぁ……。オレも、お前みたいな経験を持つ人物を知っている。」
「──え?」
龍二は顔を上げた。
「オレがその人と出会ったのは今から10年前の、獣医師になる為に大学に通ってた時の事だ」
影沼は自分も椅子に座り、語り始めた。
「あの頃のオレはな、あまり授業とかを受けなかった。まぁサボりってヤツだ。正に今のお前みたいなもんだ。そんな時、お前と同じ能力“アニマルコミュニケーター”を持つ女性に出会ったんだ。彼女の名前は白石 志歩。オレの恩師でもある人だ。」
「オッサンの恩師……?」
「あぁ。オレはあの人に獣医師としての志や基礎を教わった。そして、動物の気持ちもな。そんな彼女にもトラウマがあった。お前と同じ……。でも彼女は逃げなかった。それどころか、立ち向かおうとした。動物の声は私にしか聞こえない!なら、私が動物と人間の掛け橋になるっ言ってな。」
「……。」
「世の中にはスゴい人もいたもんだろ?」
「あぁ……そうだな。オレには真似できねぇよ。今もその人は獣医師として働いてるのか?」
「会ってみたいか?」
影沼はそう言い立ち上がった。
「あぁ。」
「なら、付いて来い。」
影沼は病院から出て行った。それを追うように龍二も病院を出た。
歩く事、数十分──。
「おい、ココに病院とかはないだろ?」
龍二達は近くにある低い丘の頂上へと登っていた。
「着いたぞ……。」
影沼は大きな木に手を突きながら言った。
「は……?」
龍二の目の前には大きな木が1本堂々と立っていただけであった。そしてその隣りにお墓が立ってあった。
「死んだんだ……オレと出会って、その1年後に。」
「な、何で……?」
「ココにはな、いろんな動物が住んでるんだ。お前には聞こえるだろ?」
「……。」
「でもな、街のお偉いさんがこの丘の樹々をなぎ倒し、ゴルフ場を作るって言い出したんだ。そんな事彼女が許す訳がなかった。だが彼女一人の力ではどうする事も出来なかった。勿論オレも彼女に協力した。ストライキもした。それでも 、止める事が出来なかった。」
「でも、現に今もこうして残ってるじゃねぇ〜か。」
「最後まで聞け!それでも彼女は諦める事はしなかった。そんな時、彼女は事故しちまったんだ。打ち所が悪く、そのままもう目を開く事はなかったんだがな……その事故はマスコミによって大きく取り上げられた。そして白石 志歩という人間性や経歴なども、詳しく載せられた。その記事を見て彼女の考え方に賛同した世間の人々の声によって、この丘はそのまま残す事が決定された。それどころか、動物達を保護すると街のお偉いさんも約束したんだ。そうして、彼女はこの丘や、丘に住む多くの動物を守ったんだ。」
「この丘にはそんな歴史があったのか……。」
龍二はそう呟き、お墓の前にしゃがんだ。
「アンタは偉大な人だな。」
その時、数羽の小鳥が飛び立ち、兎達も樹々の向こうからひょっこり顔を出した。
「オレには聞こえるぜ、動物達がアンタに“ありがとう”を言っているのが。」
目を閉じ、手を合わせた。そして、立ち上がった。
「なぁ、オッサン!オレはもう過去から逃げない!」
龍二は決意に満ちた目で影沼を見た。
「フッ……イイ目付きになったな。」
「オッサンのお陰だ。ありがとう。」
龍二は頭を下げた。
「どうだ、あの野良犬を飼ってみるか?まぁ家の人の許可が必要だと思うが。」
「両親はいつも海外でいないから、許可なんて必要ねぇ〜ぜ。」
龍二は丘を降りようとした。
「ドコ行くんだ?」
「決まってんだろ、あの犬を引き取りに行くんだよ。」
龍二はイタズラそうに微笑みながら言った。
「そりゃそうだ。」
影沼も自然と笑顔になった。
二人は丘を降り、影沼病院へと帰った。
「ただいま、志村さん。」
「あら、おかえりなさい。」
瞳は患畜に餌をあげていた。
「あの野良犬は?」
「あぁ、あそこにいますよ。」
「ワンッ!」
瞳は手を叩き、呼び寄せた。
「よし、イイ仔ね。」
野良犬の頭を撫でた。
「ホレ、お前もちゃんと世話しろよ?犬も人間と同じ“命”を持ってるんだから、な。」
「“命”の尊さは知っているつもりだ。」
そう言い、犬の頭を撫でた。
「ワン?」
『どうしたの、いつもと違うよ?』
「今日からお前はオレが育ててやるよ。ヨロシクな♪」
『ボクが嫌いじゃないの?』
「確かに前までは、な。でも今は違うよ!」
犬に笑顔を見せた。
「そういやお前、名前あるのか?」
『まだないよ。』
「じゃあオレが決めてやるよ!」
『うん♪』
「ソラ!どうだ?」
「ワンワンッ!」
『それイイ♪』
「スゴいですね、あの子。」
「あぁ。オレ達とは違う世界の言葉みたいだな、あれは。」
2人は遠くで龍二とさっき名前が決まった雑種犬のソラを見ていた。
「うらやましい能力だよな、獣医界のジジイ共が見たら驚くぜ。」
「オッサン!ソラ連れて帰るけどイイか?」
「おう、また来いよ。」
「ソラも来たいって言ってるよ!」
龍二はソラに首輪を付け、紐を持ち、影沼病院を後にした。
それから毎日の様に龍二とソラは影沼病院へ遊びに来ていた。
その日は雪江も一緒に来ていた。
その帰り道──
「変わったね、龍二。」
「そうか?」
「変わったよ、ソラ君のお陰だね♪」
雪江はソラの顔を見た。
「ワン!」
「何て言ってるの?」
「はっ……当たり前だよってさι」
龍二は苦笑いしながら言った。
「アハハ、当たり前かぁ!」
雪江は笑った。
「笑うなよ!」
何気ない話で盛り上がっていたその時であった。
ププーッ!!
と、トラックのクラクションの音が鳴った。
慌てて龍二は雪江の手を引き、雪江を守った。
「ったく、危ねぇ運転しやがって。大丈夫か?」
「あ、うん。ありがとう」
「ソラも平気か?」
と龍二は後ろを振り返って愕然とした。
「ソ……ソラ……?」
そこにはトラックに跳ねられ、横たわったソラの姿があった。
「ウソ……。」
雪江は泣き崩れた。
「ソラァ〜!!!」
龍二はソラに歩み寄り、ソラを抱き抱えた。
「死ぬな……死ぬな!!」
龍二はソラの心臓に耳を当てた。
「……まだ微かだが、動いている!雪江、大丈夫か?オレは今すぐオッサンの病院にソラを連れて行く!!お前はどうする?」
「後から行く………。」
弱々しい声で震えながら言った。
「絶対後から来いよッ!」
そう言い残し、龍二は影沼病院へと走った。
「オッサン!!!頼む!」
必死な龍二の声に影沼は慌てて奥の部屋から飛び出してきた。そして抱え込むソラの容態を見て真剣な顔つきになった。
「任しとけ。志村さん、オペの準備だ!」
「ハイ!」
「マズいな……コレは。」
影沼は眼鏡を取り、レントゲン写真を見た。
「アバラが肺に突き刺さってる。この仔の体力が持てばイイが……。」
手術室のランプが点灯した。
「頼む……ソラを助けてくれ……。」
龍二は祈りながら、手術室の前で座っていた。




