二話 真っ白な空間で
夢から目が覚めるように意識が覚醒していくのを感じる。いつもならそれに抵抗し、もっと寝続けたいと願うのになぜか今はすんなりと起きようと思った。
目をあけるといつもの自分の部屋ではなく亮也は真っ白な空間の中にいた。そこには、自分以外には誰も居らず、何も置かれていない。どこまでも広い空間だった。
「何だこれ?何で俺はこんなところにいるんだ?」
思わずそう呟いた後、自分の車が、対向車と激突した瞬間を思いだし、思わず尻もちをついてしまった。
「もしかして、俺は死んだのか?いや、でもこうして意識はあるみたいだし」
自分の置かれた状況がいまいち分からず、混乱してしまう。これからどうしたらいいのだろうかなどと考えていたところで、亮也は今まで経験したことのないような激しい頭痛と眩暈に襲われた。
猛烈な苦痛と浮遊感に耐えていると、亮也の頭の中に自分の知らない文字や景色などの情報が流れ込んでくる。それと同時に、膨大な量の何か不思議な力も流れ込んできていることに気付いた。
この現象は数時間に及んだ。必死に苦痛に耐えつつ自分の中に流れ込んでくるものが何なのかを考えたが、どう考えてもおかしな光景などが見えたりしてそれが何なのか分からなかった。しかし、その奔流が止まった瞬間、それが何であったのかを唐突に理解した。
その日、ユルド=グラディウスは昔からの仲間と車に乗っていた。
彼らは、地球の人間ではなかった。ユルドは異世界の元勇者だった。青星暦1028年に異世界カエルレウムのユグライト大陸東部に位置する小国パルム王国で生まれた彼は多くの仲間と力を合わせ、人々を苦しめる魔王を討伐した後、平穏を求めて地球に来たのだった。地球は彼らの力を発揮し辛い環境だったが、極普通の穏やかな生活を望んでいたユルドにとっては大した問題ではなかった。そしてユルドを慕っていた彼のパーティーメンバーたちはユルドについて行くことを決めた。
そうして、ユルドは祖国の王女であり、パーティーの治癒魔術師であり、妻であるミスティーや、幼なじみで、パーティー1の剣の腕を誇っていたアッシュ、攻撃魔術のエキスパートであるエルフのクローゼ、あらゆるものを作れると謳われたドワーフの鍛冶職人ドーベルクらとのんびりと第二の人生を歩んでいた。
その日はとても寒い日だった。地球に来て数十年だったが、その中でも5本の指に入るくらいは寒いのではないだろうかとユルドは考えていた。今日は昔からの仲間を連れて日帰りで旅行に行っていた。
人間とは、異なる容姿を持つ友に幻系統の魔術をかけ温泉に入ってきた。魔術に適さない環境であり、かなりの年齢になっている彼には多少負担だったが、それでも昔は勇者として名を馳せていただけはあり、その程度なら可能だった。
そうして古い友たちと温泉を楽しんだ後、ユルドは車で家に向かっていた。
そして彼らは亮也の車と衝突し死んだ。
亮也は自分に流れ込んでいた情報は彼らの記憶であり、どういう訳か彼らの持っていた力までもが自分に流れ込んできたのだと理解した。
そして、そう認識したところで亮也の意識は再び闇の中に沈んでいった。