file.6-No.1
今回のお話もう少し後に出す予定でしたが、現在出し惜しみしている余裕はありませんでした。
前回のノリで読もうとするとちょっと大変なことになります。とりあえずかっこいい黒鴎さんに戻っているといいんですが……(汗)
あの日は、特に表記することもない平凡な日だった。
空には高く上がる太陽に適度に雲がかかり、風も心地よい。大荒れの雷雨轟く嵐でもなければ、日差しがアスファルトを照りつけいごごち悪い気温というわけでもない。
そんな日はごく普通の一日が過ぎる。そんな風に思っていたし、気にしたこともなかった。
だが、俺はこの日を境にこの考えを変えた。
こんな何も起こらなさそうな日にこそ、突然何かが湧いて出てくるのだ。
***
学生服姿の枢木はソファに座り、一心不乱に何かを書き写している。がりがりと紙にシャーペンを走らせる音だけが妙に目立った。黒鴎はというと書斎机の近くに備え付けられた本棚の前で何やら読んでいる。
急に、黒鴎は読んでいた本を閉じた。
「わかりましたか?」
その言葉は枢木に向けられたものだ。問われた方の枢木はというと、気難しい顔をし「わからん」と一言返答する。
「難し過ぎるぜ……何なんだこれ………」
「ですから何度も代わりましょうかと言ってるじゃないですか。もう1時間以上経ちますよ」
「いやだ」
「一点張りですね」
枢木は悔しそうにシャーペンを握りしめ、紙を凝視する。
「他人の頭使って解いた問題で、この超高級神戸牛1キロを手に入れても嬉しくねぇだろうがよ」
そう、枢木が懸命に書いていたのは。雑誌の懸賞、超難解クロスワードであった。
「……まず当たるとは限りませんよ」
「そこは気にしない!」
絶対にこの超高級神戸牛1キロを手に入れてやる!そう枢木が決意したのとほぼ同時だろうか。
軽く扉が叩かれた。依頼人かそれとも全く関係のない宅配や勧誘か。分からないが、兎にも角にも来客を知らせるものだ。
枢木は固めた決意をとりあえず放りだし、急いで机に散乱させていた筆記用具や紙などを慌てて学生バックの中に捻じ込む。黒鴎もそれなりに対応できるよう、手に持っていた本は棚に差し込んだ。
ゆっくり、扉が開いた。そして開くのが遅いか。ひょこと顔だけ覗き込む。くりんとした瞳に、ストレートの黒髪の若い女。怪訝な顔をし事務所内をぐるりと見渡した。
「何かご用でしょうか」
黒鴎がそう顔だけ覗きこんでいる女性に問う。
興味津々な瞳が黒鴎に向けられた。
「……あのぉ、ここって何でも屋であってますぅ?」
***
若い女性と見えたが、本当に若かった。
なんと、女子大生。しかも通っているのは無知な自分でも知る超有名の大学。
枢木は黒鴎の隣。正確には近くの壁に背を預けて立っていた。当の黒鴎は書斎机に座っており、どこぞの弁護士のように見える。
枢木は改めて黒鴎と机を挟んで向かい合う女性に視線を移す。服装は今時の臭いのする赤というより朱色のキャミソールに派手なフリルが付いた白の短いスカート。その派手さを一応抑える、今はやりのカジュアル系の薄い青のジャケット。そして黒の二―ハイに赤のローヒール。持っているバックを見ると、これまたはやりの全く機能性のない小さなものだった。
化粧は厚くなくナチュラルメイク、さすがにくりくりの目に付いているまつ毛は自前かは分からないが。
流行で飾ってる印象だったが、肩にふわりとのる髪だけが珍しく染めていない黒。カールなどの手も入れていないようで真っすぐ地面に向かって垂れていた。
「へぇ~。今時の何でも屋って結構オシャレなんですねぇ」
「御用件は何でしょうか」
今だにきょろきょろと事務所内を見渡す女子大生に向かって、冷たく言い放つ。
枢木は少し違和感を覚えた。
「実はぁ、頼みたいことがあるんですぅ」
「でしょうね」
「今大学で講義受けてるんですけど、来週の火曜日予定が入っちゃったんですよぅ。知ってます?『踊っちゃう巨大捜査線ラストシーズン』!まさか上映があんな早いとは思わなくて」
女子大生が言ったのは話題の映画のタイトル。枢木でも知っていた。そしてその映画の上映開始は確か来週の火曜日。
「えーっと。予定が入ったてのはもしかして……」
「バイトくん鋭いっ!やっぱ映画は上映初日朝1で見たくなぁい?でもぉ、丁度講義入ってるんだよねぇ。だからその講義代わりに受けてもらえないかなぁって♪」
「……はい?」
枢木は自分でも間抜けな返答をしたと思う。
でもそこは見逃して欲しい。講義ぐらいサボればいいだろう。ノート?そんなもの友達のを見せてもらえ。何故ならこの女子大生が通っている大学は有名中の有名。
超お譲さま女子大なのである
「代わりに受けてきて下さいよぉ。お願いしますぅ」
「……単位とかヤバいんですか、その科目は」
「全然~」
「じゃあ授業内容が付いていけないとか」
「ないない。だって期末考査も教科書通りに出してくれますもん」
本来、依頼人に対しては失礼な対応を取ってはいけない。そのことが原因で店の評判が落ちても困るからだ。
必死に理性で怒鳴りつけたい衝動を抑えつける。
「あのですね。はじめて来たら分かんないと思いますけど、この店はこちらのオーナーと従業員は俺しかいないんですよ」
「ちっさい店ですねぇ。不景気のあおりで受けました?」
「……不景気どうこうの問題は置いておいて、要するに女子校に行けるような女性従業員はうちにいません」
「じゃあ代わりになるような女の子探してきて下さいよぉ」
「だ、だからですね……!」
「でもここ何でも屋ですよねぇ。依頼主の要望に答えないのが仕事なんですか?」
もうキレていいかな。枢木は忍耐の限界を感じ取った。
だが、なお。気が付いていないのか。女子大生は言葉をつなげようとする。
「まったく、つまらないお店ですねぇ。経営本当にできて」
「用件は何ですか」
「はい?」
今まで口を閉ざしていた黒鴎がようやく口を開いた。
だが、どこか。いつもと声のトーン、響きが違う。一方の女子大生はきょとんとしていたが、すぐにまた口を開こうとする。
「んもぅ、ですからぁ」
「いい加減、下手な演技は止めてもらいたいのですが。不愉快です」
無表情だった黒鴎の瞳が、彼女に向けてついと細められた。
何も起こらなさそうな日にこそ、突然何かが起こるのだ。
今回初登場のこの女性。実は連載の始まるもっともっと前から考えていた人です。やっと出せました!
いろいろ変な雰囲気になってまいりました。がしかし、黒鴎さんや枢木くんにとっての一種の分岐点になるのではないでしょうか。
次回もお楽しみに!