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アテンションプリーズ!
とても本文が長いです。普通の小説と比べたら短いかもですが。
また今回かっこいい黒鴎さんは行方不明です。心してお読みください。
感想を下さったラゼルさん!前回せっかく誤字報告を頂いたのに、編集だけして決定を押さなかったため直せていませんでした。この場を借りて、お詫び申し上げます。大変申し訳ありませんでした。
本日の『bird servant』は一味違う。
唯一の従業員、枢木はその日店の中に足を踏み入れた瞬間。その違いについ、落したバックのことも気がつかず呆けてしまった。
その視線の先の光景。
「あ、待っていましたよ枢木君」
「びええええええええええ!」
とても似合わないガラガラを振り回す黒鴎と、泣き叫ぶ見覚えのない子供。
「……は?」
本日の『bird servant』は宅児所です。
***
赤ん坊の名は「歩夢」。現在は出勤してきた枢木の手により上機嫌でミルクを飲んでいる。どうやらお腹が空いたため、泣き叫んでいたようだ。
名前?泣いていた理由?そんなものはどうでもいい。そう思う人が多いだろう。
この子供はなんなのか。
「黒鴎の隠し子?」
「私は独身です」
「……金のなさに、とうとう身代金誘拐に手を出したのか」
「違います。だいたいそうなら、あなたに給料渡せてないでしょう」
黒鴎は事の顛末を説明する。
枢木が出勤する1時間もしないぐらいだ。突然一人のサラリーマンが赤ん坊、歩夢を抱えてやってきた。事情を聞くと男性は今日1日で終わるが急な仕事が入ってしまい、あいにく妻は旅行中。実家や親戚も遠いらしく、歩夢を見る人がいない。そのため今日一日、子供を預かってほしい。と、とてもとても丁寧に依頼をされたそうだ。
「……で?二つ返事で引き受けたって?」
「はい。とても困っていらっしゃいましたし、本日1日だけならと思いまして」
枢木は机に上に視線を移動させる。
そこにはミルク缶や先ほど黒鴎が持っていたガラガラ。あとお昼寝用の毛布だろうか。依頼人がきっと、母親がいない分慌てて持ってきたのだろう。
「そういや黒鴎、赤ん坊の面倒見た経験は?」
「ありません。それにしても枢木君が思いのほか、早く来てくれて助かりました」
「は?」
にこりと黒鴎は言う。
「私、赤ん坊は苦手なんですよ」
「じゃあなんで引き受けた」
もちろんあきれ顔になる枢木である。
「枢木君なら出来ると思いまして。それに依頼と言われたら無下に断るわけにはいかないでしょう」
「俺なら出来るってどこから出てくるんだその自信はよ」
枢木は一応面倒見がいい方であり、赤子の世話も多少はできる。一応近所の赤ん坊の面倒をみていたこともなくはない。
まったく自分が出来たからいいものの……。実際問題。自分ができなかったらどうしていたつもりだったのだろう、この店の最高責任者は。歩夢にミルクをあげている状態だが、ついため息が出てしまう。
「はぁ……俺は黒鴎が子どもの世話が出来ないことに驚いた」
「そうなんですか?」
「笑顔でさらっと、ごまかしごまかしですべてやってのけるイメージがあるから」
「それ、褒めているんですか?しかし残念ながら苦手なんですよ。赤子が勝手に笑ってその場にいるだけならいいんですが」
「ふーん。苦手ってどこらへんが?」
そうですね。と少し考え込む黒鴎。
「礼儀を知らないという点でまずどう接していいのか困るんですよ」
「泣くのが仕事の赤ん坊に礼儀を求めるな」
「まず挨拶が基本だというのに」
「まだ歩けもしない子供が喋れるか!」
「それに何が欲しいのか言って頂かないと、やっぱりわからないじゃないですか」
「……流暢に喋る赤ん坊がいたらそれはそれで気持ち悪いと思うぞ」
「そうでしょうか」
多分黒鴎は一生赤子と分かり合えない、そう枢木は思った。
***
「びえええええええ」
「おーい歩夢く―ん。泣くなよー」
歩夢がミルクを飲んでから、時計の長針が半周りしたか。急に歩夢が泣きだした。枢木はからからと玩具を鳴らしてあやすが、一向に泣きやむ気配がない。
今日は客が来ないのが幸いか。これでは来たとしても仕事の依頼を聞ける事態ではない。
「盛大に泣いてますね」
「黒鴎も何かしろよ」
「では先ほど使った哺乳瓶でも洗って置きましょうか」
「おい、自然な流れで逃げるな」
いそいそと水場へと立ち去る黒鴎を見、そう言ってしまう枢木である。
「ふぅえ……」
「お……?泣きやむ」
「ふぎゃああああああああああああ!」
「わけないよなー……。黒鴎、玩具ってこんだけ?」
「はい。依頼人が持ってきて下さったのはそれだけです。足りないのがあるようなら購入して、後々追加料金として請求しても構わないと」
「うーん、さすがにそこまでは……。どうすっかな」
新しい玩具を見せて泣きやむ保証はない。
原因が分からない以上、対処に困る。しかし、ただ眠くて泣いているだけかもしれない。泣き疲れて寝るまで様子を見ておこう。
ここで、ふっと疑問が沸いた。依頼人はどうして育児の素人に預けようと思ったのだろう。
「黒鴎」
「なんでしょう」
「依頼人は何でまた俺たちに歩夢を預けたんだ?ここの近くにも保育所とかあるだろ」
「ありますね」
「料金的にもそっちが安いだろうになぁ」
「仕方がありません。待機児童が社会問題になっているご時世です。短期でも預かってくれる所が少ないんですよ」
「でもご近所さんって手もあるだろ」
むしろそちらの方が簡単ではないか。迎えに行く手間も近いため楽であるし、お金を払う必要もない。我ながら良い案だ。
しかし、黒鴎の返答は違った。
「いや、私たちよりそちらに預けるほうが現代では難しい」
「そういうもんか?」
「周りの人間関係が薄くなっている世の中です。なかなか難しいと思いますよ。それに別の問題もあります」
「別の問題?」
蛇口をひねり、冷たい水が手を濡らした。哺乳瓶を洗いながら黒鴎は問題の説明を始める。
「仮に預かってもらえる人物がいたとしてもです。預かっている側は子どもに何かあったらと気を使います。依頼人は違いましたが、モンスターペアレントと呼ばれる人が相手なら大変ですよ。軽い怪我をさせただけで医療費を払わされたあげく、嫌な噂を流される。下手をしたら裁判沙汰が起こってもおかしくないでしょう」
「あー、ありそうだな」
「そんなわけで親御さん側も気が気ではない。逆に考えれば預ける側が気弱な性格な場合、近所付き合いを気にして相手側に強く言えないこともあるでしょうし」
「どっちにしてもデメリットしかないわけだ」
「そういうことです」
洗い終わり水を止める。濡れた手をタオルで拭きながら水場から仕事スペースへ、今で宅児所状態ではあるが、足を進める。
「ただ私たちの場合は違いますよ。依頼人と仕事を引き受けた立場と上下関係がはっきりしています。過失は10我々の責任として追求されます」
「変なプレッシャーかけるなよ」
思い切り嫌な顔をする枢木。それは当然だ。この目の前にいる店の責任者はきっと、自分がなにかやらかしたなどしたら。きっと庇うことなく、依頼人に「犯人この人です」と告げるだろう。
黒鴎とは、そういう男である。
「失敗しなければ良いだけのことです」
「う……まぁそうだけどよ。それより一ついいか黒鴎」
「何でしょう」
「びえええええええええ」
「……全然泣きやまねぇよ」
「先ほどミルクを飲んだので空腹ということはないと思いますが……。眠いんでしょうか」
「いやもう理由はわかった」
「そうなんですか」
「ああ。だから黒鴎」
枢木は泣いている子供をあやしながら、黒鴎を見上げた。
「オムツとお尻拭き買ってきてくれ」
赤ん坊の泣き声をBGMに2人の間に沈黙が駆け抜けた。
先手は黒鴎、笑顔のまま切り出した。
「……私に、買ってこいと?」
「おう。100メートル行くか行かない所に薬局あるし」
「何故私が?」
「黒鴎以外に誰がいるんだよ」
「私ベビー用品は詳しくありませんよ。枢木君が行ったほうが確実だと」
「そんなに嫌なら別に俺が行ってもいいけどさ。じゃあその間歩夢のお守りよろしく」
「ふぎゃああああ!」
「……行ってきますね」
「マッハで頼むな。何かわかんねぇことあったら電話しろよ」
こうして溜め息混じりに財布と携帯を持って薬局へと向かった黒鴎である。
***
数分もした頃だろうか。
黒鴎は携帯電話から事務所へと電話をかけた。
「枢木君、薬局に着きましたよ」
『で?買えたか?』
「パンツタイプとテープタイプがあるのですが、どちらでしょうか」
『テープ!』
「なるほど、わかりました。サイズは……大きさ兼用できるビックより大きいでいいで」
『オムツに大きさ兼用とかないからな!歩夢ぐらいならМで十分だよ!』
「ふむ……。メーカーはパン●―スがいいでしょうか。それともムー●ーマンのほうがいいんでしょうか。普段買うものではないからわかりませんね」
『普段買ってたらそれはそれで怖いっての』
「とりあえず一番高いの買いますか」
『ちょっと待て黒鴎!!確かその薬局の今日の日替わり品メ●ーズだ!それにしろ!!』
「枢木君すっかり主夫ですね」
『どうせ後で依頼人に請求すんだ。依頼人的には高いのよか安い方がいいだろ』
「おや、依頼人の味方ですか」
『……つーか、くっちゃべってるその前によ』
「はい」
『さっさと買ってこいいいいいい!!』
『びえええええええええええええ!!』
「……急いで戻りますか」
携帯電話をしまい、本日の日替わり品とおしり拭きを片手にレジに並ぶ黒鴎であった。
読んで分かると思いますが、書いていてとても楽しかったです。
たまには平和な依頼があったっていいじゃないか。