べたつく恋心
「ねー…、まだー?」
「…悪ぃ、もうちょい待て」
背後でパソコンと睨みあっている彼に対抗するように、私も携帯を弄り続ける。
それ以上深く干渉しないのは、彼がパソコンでどんな仕事をしているか知っているから。
彼はボタン一つで大企業を倒産させることも、隣の晩御飯を把握することも、誰かの命を奪うこともできる。
逆に自分も常に死と隣り合わせだけども、彼はそんなリスキーなゲームが好きらしい。よく分からん。
…そんなやり取りから、一体どのくらい時間がたっただろうか。
カタリ、という心地のよい音が耳に届くと同時に、彼の歓喜の声が部屋に響き渡る。
「うし、終わったー!!」
「お疲れ様。メールは?」
入れておいた、と彼はパソコンの画面をこちらに向ける。じーっ、と見つめてから視線を彼へ。
「今回は結構手間取ったね」
「条件が面倒くさかったんだよ」
「お昼は?」
「食う」
右手をあげてそう答えた彼に、冷蔵庫から取り出したウイダーインゼリーとカフェオレを投げる。空っぽになった冷蔵庫を見て、空っぽだった明日に『買い物』という予定を入れておく。
既に横においておいたカフェオレにストローを差しながら、私はゆっくりと口を開いた。
「ねー、進藤」
「阿呆、今は風元だ。なんだ涼」
「馬鹿、今は京よ」
この部屋にも盗聴機が仕掛けられてるかもしれないっていうのに、随分私たちも緊張感がない。
グシャリと空になったウイダーを握りつぶしながら私は彼に言う。
「私さぁ…」
「足洗いたいなんて言ったらぶっ殺すぞ」
「…エスパーか」
口元は笑みを描いているが、目は全くといっていいほど笑っていない。
「冗談だって…」
「冗談じゃなきゃ困る」
「何でそんなに私に固執すんのよ…世界最強の天才ハッカーさん?」
少しだけ皮肉と嫌みを込めてそう返す。
一瞬だけ見るに耐えない苦苦しい表情を見せたが、直ぐにヘラリと笑みを浮かべる。
「…俺のスピードについてこれるのが、お前だけだからだよ、桐谷京」
「過大評価感謝するわ、風元恭介」
ニヤリ、と風元は笑う。
私は笑わない、笑えない、笑えるはずがない。
…その笑みが、どれだけ私をがんじがらめにして離さないか…分からないお前が、私は本当に大嫌いだ。