君へ、泣く
卒業生、起立。
その言葉に先輩たちは立ち上がった。私は吹奏楽部でフルートを吹いている。卒業式は卒業生の晴れ舞台で、私たちの晴れ舞台でもある。このたくさんの中にあの人もいるはずだった。
今日、あの人は卒業する。来週には入学式があって、私は名実共に三年生になる。校歌を歌ったのでしばらくは来賓の話だ。少し顔を下げていてもいいだろう。
私が入学した日に先輩は車いすでフルートを吹いていた。私はその姿に憧れを抱いた。先輩がかっこよく、魅力的に映ったのだ。入学して一か月、みんなは隣の高校の何て先輩がかっこいいとかいうけど、私の手は迷わずに仮入部届に吹奏楽部と書いた。みんなからは真面目だと言われたけど、私はあいまいに笑ってごまかした。自分のそういう反応をも先輩に対する冒涜に思えて私は自己嫌悪に陥った。
「モーはどの楽器がいいかな」
車いすで広い音楽室を走る長澤先輩は楽しそうだった。
桃代でモー、私は長澤先輩と呼ぶことにした。長澤先輩は他にたくさんいる一年生ではなくて、一番に吹奏楽部に仮入部届を出した私に優しくしてくれた。嬉しかったけど、後ろめたさも感じて、やっかまれないかも心配だった。
教室から飛び出したときはあんなに勇気を持たなかったのに私はこの吹奏楽部で尖ることが怖い。もう少し教室で大人しくすればよかった。
長澤先輩は優しかった。みんなより低い視線で注意は優しく、話は明るく。一つ年上の先輩は他の部員が文化祭マジックで付き合っても寂しそうに微笑むしかしなかった。それがどうももどかしくて私は何が先輩を幸せにするか真剣に考えて先輩の車いすを哀れに思った自己嫌悪で苦しむ日々もあった。
長澤先輩は優しくて青春を謳歌しているとは言い難い。
「先輩、私と付き合いませんか」
口に出た言葉は私の妄想が発端だった。長澤先輩は目を見開いて驚いたけど、悲しそうな表情で「無理だよ」とつぶやいた。その言葉に何か返す言葉を出したかったのに最悪の「すみません」が口から漏れた。
「そんな暗い顔しないで、この教本難しいけど、モーなら出来るよ」
長澤先輩はそのうち学校に来なくなった。私がひどいことを言ったから、だから先輩は気を病んでしまったのか。何度も考えて自分の驕りに自己嫌悪に陥って何度も落ち込んだ。長澤先輩は入院している。みんなで何かメッセージを書こうという働きかけが他の先輩から飛び出した。
足に出来た腫瘍を取り出すって。
やばくない?
もう歩けないって。
でも長澤先輩歩けないでしょう。
リハビリしてたけど。
え、かわいそう。
そういう会話を聞いてしまった。長澤先輩の足は歩ける希望を無くし、切られてしまう。足を無くすことがどういうことかまだ私には理解が出来ないけど、それは残酷なことだという文章だけは思い浮かんだ。
長澤先輩の手術は成功した。成功して先輩は静かに高校を辞めた。
お別れ会をすることは無かった。もっとケアをしてくれる病院で治療するために家も転居した。もう誰も長澤先輩と絡める人はいない。もう絶対に会えないように形作られた。長澤先輩に好きだと伝えるチャンスは無くて、本当に欲しかった長澤先輩の彼女という枠もない。あの時、ちゃんと伝えればよかった。
好きです。付き合ってくださいが遠かった。
卒業式が終わって三年生は教室に帰って行った。
「モー、ちょっと」
顧問の渋沢先生に呼ばれた。
「長澤があんたにって」
何かメッセージや手紙だろうか。
私はみんなより背の低い車いすで渋沢先生の元に向かった。




