第8話 捨てられた街
「評価されなくなって、放置された場所です」
セレナの言葉は軽かった。
だが、内容は軽くない。
「街が、か」
「ええ」
ギルドを出たあと、俺たちはそのまま歩いていた。
中央区から外れ、さらに外へ。
人通りが減る。
建物が古くなる。
音が、少しずつ消えていく。
「普通は、どうなる」
俺は聞いた。
「人が減ります」
セレナは即答した。
「仕事がなくなるので」
「だろうな」
当然だ。
価値がないと判断された場所に、人は残らない。
残るのは、行き場のない人間か、諦めた人間か、その両方だ。
「……そこに行くのか」
アルドがぼそりと言う。
「怖いか?」
「怖くないわけないだろ」
正直でいい。
リナは黙っている。
だが、足は止まっていない。
いい。
止まらないだけで十分だ。
しばらく歩くと、門が見えてきた。
街の外縁だ。
だが、門番はいない。
扉も半分壊れている。
「ここです」
セレナが言う。
俺は足を止めた。
中を見る。
静かだ。
いや、静かすぎる。
人の気配はある。
だが、動きがない。
「……死んでるな」
思わず口に出た。
「ええ」
セレナはあっさりうなずく。
「機能が」
街はある。
建物もある。
人もいる。
だが――動いていない。
それだけで、十分だった。
「入るぞ」
俺は門をくぐる。
石畳はひび割れ、雑草が伸びている。
店は閉まっている。
看板は色あせている。
視線だけがある。
窓の隙間。
路地の奥。
遠くの影。
見ている。
だが、出てこない。
「……歓迎されてねえな」
アルドが言う。
「当然だ」
俺は答える。
「価値がない場所に、価値を持ち込む人間は嫌われる」
「なんでだよ」
「壊れるからだ」
今の状態が。
それを守っている人間もいる。
理解はできる。
共感はしないが。
「どこから見る」
俺はセレナに聞く。
「自由です」
またそれだ。
「おすすめはあるか」
「ありません」
「不親切だな」
「そのほうが分かりますから」
セレナは笑う。
意図的だ。
俺に見せるために、あえて情報を出していない。
いいだろう。
「リナ」
「はい」
「何が見える」
リナが周囲を見る。
少し時間がかかる。
「……人が、少ないです」
「他は」
「……動いてない、感じがします」
「いい」
正解だ。
アルドを見る。
「お前は」
「……分からねえ」
即答だった。
「いい」
それも正解だ。
分からないと分かるのは、重要だ。
俺は歩き出す。
通りを一本。
角を曲がる。
広場に出た。
中央に井戸がある。
だが、誰も使っていない。
水はある。
だが、使われていない。
「……無駄だな」
俺は呟く。
「何がですか」
リナが聞く。
「全部だ」
水があるのに使われない。
人がいるのに動かない。
価値はある。
だが、機能していない。
つまり。
「位置が全部、ズレてる」
そういうことだ。
「位置……」
リナが繰り返す。
アルドが周囲を見る。
何かを探している。
いい。
少しずつ、変わっている。
そのとき。
「……誰だ」
声がした。
振り向く。
男が立っていた。
年は三十くらい。
痩せている。
目だけが鋭い。
「何しに来た」
敵意がある。
当然だ。
「見るだけだ」
俺は答える。
「何を」
「価値を」
男の眉が動く。
「……は?」
理解できない顔だ。
いい。
普通はそうだ。
「ここ、何もねえぞ」
男が言う。
「だからこうなってんだ」
「違うな」
俺は首を横に振る。
「ある」
「どこにだよ」
男が苛立つ。
俺は周囲を指す。
「全部だ」
沈黙。
リナがこちらを見る。
アルドも。
セレナは、何も言わない。
男が笑う。
「はっ、頭おかしいのか」
「よく言われる」
俺は答える。
「だが、間違ってない」
男が舌打ちする。
「証明できんのかよ」
「できる」
俺は言った。
迷いはない。
「やるか?」
男が目を細める。
試す目だ。
いい。
そういうのは嫌いじゃない。
「いいだろう」
俺は一歩前に出る。
広場を見る。
井戸を見る。
建物の配置を見る。
人の気配を見る。
そして。
小さく息を吐いた。
「まず一つだ」
俺は言う。
「この街、死んでない」
男の表情が、わずかに変わる。
「……何言って」
「ただ、使われてないだけだ」
それだけだ。
だが。
それが、一番重要だ。
「証明する」
俺は続ける。
「今日中に」
沈黙。
風が吹く。
誰も動かない。
だが――。
少しだけ、空気が変わった。
止まっていたものが、ほんのわずかに揺れる。
それで十分だった。
ここは、まだ終わっていない。
「人」だけじゃなく、「場所」にも価値があるのか。
ここから少し、スケールが変わっていきます。
もし面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。
次は、この街が本当に動くのかどうか。
続きを楽しみにしていてください。




