第6話 価値の位置
「行くぞ」
その一言で、空気が切り替わった。
足が止まる暇はない。
俺はそのまま前に出る。
リナとアルドが一瞬遅れてついてくる。
目の前では、蒼狼の牙が完全に押されていた。
ガルドが盾ごと弾かれる。
足がずれる。
そこに、魔物が二体。
「遅い」
俺は呟いた。
判断が、すべて遅い。
「リナ」
「はい!」
「前を見るな。ガルドの“後ろ”を見ろ」
「後ろ……!」
リナの視線が動く。
ガルドの動き。
その次に空く場所。
見えた。
「そこだ」
リナが滑り込む。
魔物の攻撃が、わずかに逸れる。
空いた。
リナの短剣が入る。
一体、崩れる。
「……!」
リナの呼吸が乱れる。
だが、止まらない。
いい。
次だ。
「アルド」
「分かってる」
アルドはすでに動いていた。
地面に触れる。
魔物の踏み込みの瞬間。
“バキッ”
足場が崩れる。
バランスを崩した魔物が、ガルドの盾に突っ込む。
「……なんだ今の!?」
ガルドが叫ぶ。
だが、関係ない。
流れは変わった。
「リリィ!」
俺は声を飛ばす。
彼女が振り向く。
「右だ。次はそこが崩れる」
「え、でも……!」
「いいからやれ」
一瞬迷ってから、リリィが動く。
次の瞬間。
魔物の攻撃が、さっきまでいた場所を薙ぐ。
回復が間に合う。
「な、なんで……」
呟き。
だが、答える暇はない。
「エド!」
壁際で弓を構え直している。
弦は切れている。
「腰の予備、使うな」
「は? それしか――」
「床だ」
「……は?」
「矢を置け。転がせ」
エドが一瞬固まる。
だが、従った。
矢を床に転がす。
魔物が踏む。
わずかに足を滑らせる。
そこに。
リナの一撃。
もう一体、落ちる。
「……なんだこれ」
エドが呟く。
理解していない顔だ。
いい。
理解は後だ。
カイルがこちらを見る。
目が合う。
一瞬。
驚き。
混乱。
そして――認識。
俺だと、気づいた。
「……アレン?」
声が、少しだけ遅れる。
「喋るな」
俺は言った。
「前だけ見ろ」
カイルが口を閉じる。
判断は早い。
そこは評価できる。
ただ――。
「遅い」
もう一度、呟いた。
俺は前に出る。
完全に、戦線の中へ。
魔物の動きが見える。
群れの流れ。
崩れる位置。
空く場所。
全部、つながっている。
「左、三歩」
ガルドが動く。
「そのまま押せ」
盾が当たる。
魔物がずれる。
「カイル、そこじゃない」
「……!」
カイルが剣を振りかけて、止める。
「半歩右」
修正。
振る。
当たる。
魔物が崩れる。
流れが、完全に変わった。
さっきまで押されていたのが嘘みたいに。
「……なんだよこれ」
ガルドが笑う。
余裕が出てきた証拠だ。
だが、まだ終わっていない。
「最後だ」
俺は言う。
残り三体。
群れの核。
「アルド」
「……ああ」
「真ん中」
アルドが地面に手をつく。
一瞬。
迷う。
「そこじゃない」
俺は言う。
「もう少し奥だ」
アルドの手が、わずかにずれる。
触れる。
次の瞬間。
“バキンッ”
地面が裂ける。
魔物の足が沈む。
動きが止まる。
「今だ」
カイルが踏み込む。
折れた剣で。
だが、関係ない。
位置が正しい。
一撃。
貫く。
最後の一体が、倒れる。
静寂。
呼吸音だけが残る。
誰も、すぐには動かなかった。
それから、ガルドが大きく息を吐く。
「……助かった」
リリィがその場に座り込む。
エドは弓を見て、苦笑した。
カイルだけが、こちらを見ていた。
ゆっくりと、歩いてくる。
俺の前で止まる。
「……お前」
言葉を探している。
無理もない。
さっきまで“いらない”と言っていた相手が、全部ひっくり返したんだから。
「何をした」
シンプルな問いだった。
いい問いだ。
俺は少しだけ考えてから答える。
「位置を変えただけだ」
「……それだけで、こんなに変わるのか」
「変わる」
俺は即答する。
事実だからだ。
カイルが黙る。
理解はしていない。
だが、否定もできない。
その顔だった。
リナとアルドが後ろで息を整えている。
二人とも、立っている。
それだけで十分だ。
セレナが静かにこちらを見る。
「どうです?」
「使えるな」
俺は言った。
短く。
だが、それで十分だった。
セレナが小さく笑う。
カイルが、その言葉に反応する。
「……使える?」
「そうだ」
俺は視線を向ける。
「お前たちは、使い方を間違えてただけだ」
沈黙。
誰も何も言わない。
だが、さっきとは違う。
完全に、空気が変わっている。
カイルがゆっくりと口を開く。
「……戻る気はあるか」
来たな、と思った。
予想通りだ。
リナがこちらを見る。
アルドも。
セレナは、何も言わない。
俺は少しだけ考えた。
それから、答える。
「ないな」
即答だった。
カイルの表情が、わずかに動く。
「理由は」
「もう必要ない」
それだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
沈黙が落ちる。
だが。
それで終わりじゃない。
カイルがもう一度口を開く。
「……なら」
一歩、踏み出す。
「条件付きでいい」
その言葉に、少しだけ目を細めた。
「条件?」
「ああ」
カイルの目は、真っ直ぐだった。
「お前のやり方を、教えろ」
空気が変わる。
リナが息を呑む。
アルドがこちらを見る。
セレナが、わずかに笑う。
俺は――少しだけ考えた。
どうやら。
思っていたより、話は早く進みそうだ。
一つの戦いで、立場はあっさり変わるものかもしれません。
そして今度は、「戻るかどうか」ではなく「どう関わるか」の話になります。
ここからさらに面白くなっていくと思うので、
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続きを楽しみにしていてください。




