第2話 見えているもの
「遠いな」
セレナの背中を追いながら、俺はそう言った。
酒場を出てから、すでに通りを三つ抜けている。
賑やかな中央区を離れ、徐々に人通りが減ってきた。石畳もところどころ欠け、露店の代わりに古びた倉庫や工房が並ぶ。
「もう少しです」
セレナは振り返らずに答えた。
「この辺りは、あまり来ませんか?」
「依頼がなければ来ないな。金にならない」
「正直でいいですね」
そういう問題でもないと思うが、否定はしなかった。
しばらく歩く。
途中、セレナは一度だけ立ち止まった。
通りの端、木箱の上に積まれた金属片に目を向ける。
錆びたナイフや折れた槍先、壊れた鎧の部品。どれも廃棄寸前のガラクタだ。
「どうしました?」
セレナが聞く。
「いや」
俺はその中のひとつを手に取った。
刃の欠けた短剣。柄もひび割れている。見た目は完全にゴミだ。
「それ、売れ残りですよ」
「だろうな」
軽く振る。
重さのバランスが妙にいい。刃は死んでいるが、芯は残っている。
「これ、いくらだ」
近くにいた店主が顔を上げる。
「ああ? それか。銅貨三枚でいいぞ。どうせ誰も買わねえ」
安い。
理由も分かる。
俺は短剣を置いた。
「いらない」
「……買わないんですか?」
「今はな」
セレナが少しだけ目を細める。
「何か、分かったんですか?」
「直せば使える。ただし、今の俺には時間がない」
セレナは一瞬だけ黙り、それから小さく笑った。
「やっぱり、見てますね」
「見てるだけだ」
「そうは思えませんけど」
その言い方が、少し引っかかった。
だが追及するほどでもない。
「先を急ごう」
「はい」
再び歩き出す。
やがて、ひときわ古びた建物の前でセレナが足を止めた。
看板はかろうじて読める。「冒険者ギルド支部」と書かれているが、中央区の本部とは比べ物にならないほど小さい。
「ここです」
「支部か」
「ええ。中央で弾かれた人たちが流れてくる場所です」
言い方は柔らかいが、意味ははっきりしている。
中に入ると、空気が違った。
活気がないわけじゃない。ただ、どこか沈んでいる。酒場のざわめきに似ているが、笑いが少ない。
受付の奥で、女性が書類を整理していた。
俺たちに気づくと、顔を上げる。
「あら、セレナさん。今日はどうしました?」
「例の件で」
セレナは軽く手を振った。
「まだ、いますか?」
「ええ……まあ」
受付の女性は、少しだけ言葉を濁した。
「奥にいますけど……また、同じことになると思いますよ」
「それでもいいです」
セレナは迷わなかった。
俺はそのやり取りを横目で見ながら、小さく息を吐いた。
なるほど。評価されない、というのはこういう扱いか。
「こちらです」
セレナに案内されて、奥の小部屋に入る。
中には一人、少女がいた。
年は十代後半くらいか。
粗末な革装備に、手入れの行き届いていない短剣。椅子に座り、膝の上で手を握りしめている。
俺たちが入ってきても、すぐには顔を上げなかった。
「リナ」
セレナが声をかける。
「少しだけ、いい?」
少女――リナは、びくりと肩を揺らしてから、ゆっくりと顔を上げた。
「……またですか」
その一言で、だいたいの事情は分かった。
何度も試されて、何度も失敗してきた顔だ。
「今日は違う人を連れてきたの」
「……意味ないですよ」
リナの視線が、俺に向く。
その目は最初から、期待していなかった。
「どうせ、同じこと言われるだけです。向いてないって」
俺は少しだけ首を傾けた。
「何をやった」
「……え?」
「何をやって、向いてないって言われた」
リナは戸惑ったようにセレナを見る。
セレナは軽くうなずいた。
「戦闘です」
リナは小さく答えた。
「前に出ても、うまく動けなくて……後ろに下がると、邪魔だって言われて……」
「なるほど」
俺は一歩、近づいた。
リナはわずかに身を引く。
「短剣、貸せ」
「……はい」
おそるおそる差し出されたそれを受け取る。
軽い。
扱いやすいが、威力は低い。
初心者向けの、ありふれた武器だ。
俺は数回振ってみる。
違和感がある。
「これ、誰に教わった」
「え……ギルドの訓練で」
「そうか」
短剣を返す。
「前に出るな」
リナが固まる。
「え……?」
「向いてない」
その言葉に、彼女の顔がわずかに歪んだ。
ああ、地雷を踏んだなと思った。
だが、ここで取り繕う気はなかった。
「ただし」
俺は続ける。
「後ろにも下がるな」
「……は?」
今度は、完全に意味が分からないという顔だった。
「前にも後ろにもいない位置にいろ」
「そんなの、どこにも――」
「ある」
俺は部屋の隅に目を向ける。
「そこだ」
リナが振り返る。
壁際、誰も立たない微妙な位置。
「戦闘の流れを見ろ。敵じゃない。味方を見ろ」
「味方を……?」
「前衛が動く前に、次に空く場所を探せ。そこに入れ」
「そんなの、分かるわけ――」
「分かる」
俺は短く言った。
根拠はない。
証明もできない。
だが、見れば分かる。
そのとき、リナの目がわずかに揺れた。
「……やってみるか?」
俺は聞いた。
少しの沈黙。
それから、リナは小さくうなずいた。
「……はい」
その声は、まだ弱かった。
だが、完全に折れている声ではなかった。
セレナが横で静かに笑う。
「どうです?」
「まだ分からない」
俺は答えた。
「だが、無駄ではない」
それだけで十分だった。
リナの表情が、ほんの少しだけ変わったからだ。
その変化を見て、俺は思う。
やっぱり、価値は最初から決まっているわけじゃない。
少なくとも、ここでは。
「向いてない」と言われた場所に、居場所がないとは限りません。
少しだけズレた位置に立つことで、見えるものが変わることもあります。
次は、その“ズレた場所”で何が起きるのか。
続きを楽しみにしてもらえたら嬉しいです。




