第1話 役立たずの鑑定士
追放された主人公が、実はとんでもない能力を持っていた——
そんな王道展開をベースにしています。
ただの無双ではなく、
「どう使うか」で強くなる話です。
「アレン、お前は今日でパーティを外れろ」
そう言われたとき、俺が最初に考えたのは、自分の将来でも仲間への未練でもなかった。
――ああ、やっぱり今日か。
酒場の二階を借りた作戦室は、昼だというのに薄暗かった。
窓際に積まれた魔物素材の木箱、壁に立てかけられた槍と盾、真ん中の机には次の討伐依頼書。見慣れた部屋だ。なのに、妙に他人の家みたいに見える。
俺の正面に立っているのは、蒼狼の牙のリーダー、カイル。
剣の腕も、見た目も、声の通りもいい。こういう男は、人を率いるのが上手い。少なくとも、そう見せるのが上手い。
その隣で腕を組んでいる重戦士のガルドは、露骨に舌打ちした。
「やっと言ったか。正直、遅えよ。荷物持ちなら別のやつでも務まる」
「荷物持ちなら、な」
と、俺は答えた。
ガルドの眉がぴくりと動く。
余計なことを言うべきじゃないのは分かっていた。だが、黙ってうなずく気にもなれなかった。
後ろでは神官のリリィが困ったように視線を泳がせている。止める気はないが、見ていられない、という顔だ。あれは優しさではない。ただ、面倒ごとが苦手なだけだ。
弓使いのエドは壁に寄りかかり、退屈そうに爪をいじっていた。こいつは最初から、俺に興味がない。
カイルが一枚の紙を机に置く。
「先月分までの分配金だ。追加はない」
「良心的だな」
「そういう言い方はやめろ。俺たちなりに筋は通してる」
「そうか」
筋。
便利な言葉だ。都合が悪いときに使うと、だいたい綺麗に聞こえる。
机の上の紙には、これまでの依頼成績が数字でまとめられていた。
討伐数、採取数、到達階層、回復量、被害率。どれもきっちり記録されている。几帳面なのはいいことだ。だが、測れるものだけを並べれば、見えなくなるものもある。
カイルはその紙を指で叩いた。
「お前の鑑定は、役に立っていない」
やっぱり、そこから来たかと思った。
「素材の真贋判定はギルドでもできる。魔物の危険度推定も、最終的には前衛の体感のほうが正確だ。道具や装備の調整に口を出す割に、戦闘では前に出られない。回復もできない。火力もない。正直、今の蒼狼の牙にお前を置いておく理由がない」
言っていること自体は、半分くらい正しい。
半分くらいは。
俺は紙に目を落とした。
数字だけを見れば、俺は確かに役立たずだろう。
戦闘能力は低い。魔力量も並。派手な技能もない。持っているのは、対象の性質や相性、伸び方の癖が、なんとなく分かるという、説明しづらい鑑定だけだ。
魔剣の刃こぼれが次の一撃にどう響くか。
この魔物の群れが、どのタイミングで散るか。
この薬草は煎じるより砕いて塗ったほうが効くか。
この依頼主は金を払うか、払わないか。
分かる、としか言いようがない。
そして、そういう能力はたいてい、信用されない。
「……反論は?」
カイルが聞いた。
「ある」
部屋の空気が少し張る。
意外だったのだろう。俺はあまり言い返さない。正確には、言い返しても無駄だと思った相手には、最初から使わない。
「ガルドの鎧、左脇の留め具が緩んでる。次の大型種戦で踏ん張ると外れるぞ」
「は?」
「エドの予備弦、昨日濡らしただろ。あれ、もう少しで切れる」
「……なんで知ってんだ」
「リリィの治癒杖、芯がずれてる。今日の回復はいつもより一拍遅れる」
「えっ」
「それからカイル、お前の剣」
言いかけて、やめた。
カイルの目が細くなる。
「俺の剣がどうした」
「今はいい」
「言え」
少し迷ったが、結局、言った。
「次の依頼で折れるかもしれない」
一瞬、静まり返ったあと、ガルドが噴き出した。
「ははっ、おいおい! ついに呪い師の真似事か? リーダーの剣が折れる? その名剣が?」
エドも肩を揺らして笑う。
リリィだけが、不安そうにカイルの剣を見た。
カイルは笑わなかった。
「そうやって不安を煽るのが、お前のやり方か?」
「事実を言っただけだ」
「証拠は?」
「ない。だから今まで言わなかった」
証拠のないことを、証拠を求める相手に言っても無駄だ。
それでも今日は、もう無駄になることが決まっている。なら、黙る理由も薄い。
カイルは短く息を吐いた。
「やっぱり駄目だな。お前は曖昧すぎる」
その言葉に、少しだけ胸の奥が冷えた。
曖昧。
何度も向けられてきた言葉だ。
役に立つか立たないか。
強いか弱いか。
売れるか売れないか。
この街の人間は、何でも二つに分けたがる。そして、二つに分けられないものを、だいたい捨てる。
たぶん俺は、それが嫌いなんだと思う。
「分かった」
俺は紙を手に取った。
「外れよう」
「……あっさりしてるな」
カイルは拍子抜けしたように言った。
「引き止められると思ったのか」
「そういうわけじゃない。だが、お前はもっと執着するタイプだと思っていた」
俺は少し考えてから答えた。
「してるさ」
「なら――」
「お前たちにじゃない」
言ってから、自分でも少し言いすぎたと思った。
ガルドが椅子を蹴って立ち上がる。
「てめえ……!」
「やめろ、ガルド」
カイルが片手で制した。
「もう終わった話だ」
終わった。
そうかもしれない。
けれど、俺には少しだけ妙な確信があった。
終わったのは、たぶんこっちじゃない。
俺は自分の荷物を取った。革鞄ひとつ。着替えと筆記具、簡易工具、予備のレンズ、小瓶に入れた魔物の粉末。それだけだ。
後ろでリリィが、小さな声で言った。
「アレンさん、その……今まで、ありがとうございました」
振り返る。
彼女は本気で礼を言っているように見えた。だから余計に、たちが悪い。
「どういたしまして」
俺は答えた。
「杖の芯、直しておけ」
リリィは、はっとした顔をした。
階段を下りる前、俺はもう一度だけ部屋を見た。
この一か月、依頼書の順番を変えたのは誰だったか。
夜営地を決めたのは誰だったか。
ガルドの鎧に革を噛ませて衝撃を逃がしたのは。
エドの弦の巻き方を直したのは。
リリィに回復の間合いを教えたのは。
たぶん、誰も覚えていない。
別にいい。
覚えていてほしかったわけじゃない。
ただ、少しだけ――ほんの少しだけ、自分が見つけたものを、見つけたまま扱ってほしかった。
酒場の一階は昼酒を飲む冒険者たちで騒がしかった。
俺が階段を下りると、何人かがちらりと見る。蒼狼の牙の鑑定士。役立たず。そんなところだろう。
視線には慣れている。
外に出ると、昼の光がやけに明るかった。
石畳の通りを馬車が通り、露店の呼び声が飛ぶ。いつもと同じ街だ。俺ひとりが、そこから少しだけはみ出した。
「さて」
宿を引き払うか。
ギルドに登録の変更を出すか。
別のパーティを探すか。
そこまで考えて、やめた。
別のパーティを探して、同じことを繰り返すのか。
測れるものだけを並べる連中の中で、また説明できないものを説明し続けるのか。
面倒だな、と素直に思った。
「なら、いっそ――」
「外されたんですね」
女の声だった。
振り向くと、通りの端、荷車の陰に一人の女が立っていた。
年は二十代半ばくらい。深い青の外套に、細い銀縁眼鏡。目立つ格好ではないが、妙に視線を引く。見られている、というより、見抜かれている感じがした。
「立ち聞きは趣味が悪いぞ」
俺が言うと、女は肩をすくめた。
「聞こえる場所で言うほうもどうかと思います」
「それはそうだ」
女は少しだけ笑った。
笑い方は柔らかいのに、目だけが冷静だった。
「蒼狼の牙。今の編成で、次の中層依頼に行くつもりなら、三日以内に誰か大怪我をしますね」
俺は黙った。
女は続ける。
「剣が折れる。治癒が遅れる。前衛の踏ん張りが利かない。後衛の弦も切れるかもしれない」
「……全部、聞いていたのか」
「だいたいは」
女は俺の鞄に目をやった。
「でも、いちばん面白かったのはそこじゃありません」
「じゃあ、どこだ」
「あなたが、ひとつも自分の話をしなかったことです」
思わず、言葉に詰まった。
女は近づいてくる。距離の詰め方に迷いがない。
「普通、追放された人は言うんです。自分は悪くない、自分は頑張った、見る目がないって。でもあなたは違った。ずっと、他人の不具合しか見ていなかった」
「職業病だ」
「違いますよ」
女は首を横に振った。
「あなた、見てるんじゃない。もっと別のことをしてる」
その言い方に、少しだけ背筋が粟立った。
俺自身、説明できないものを、この女は言い当てようとしている。
それが不快なのか、安心なのか、自分でも分からない。
「何者だ」
「セレナ・リース」
女は軽く裾をつまんだ。
「人を探しています」
「冒険者か?」
「いいえ」
セレナはにっこり笑った。
「価値の分かる人です」
胡散臭い勧誘なら、もう少しましな言い方があるだろう。
なのに、なぜか冗談には聞こえなかった。
通りの向こうで、鐘が鳴る。
昼を告げる鐘だ。
セレナは、その音を聞きながら俺に言った。
「ちょうど一人、見てほしい子がいるんです。ギルドでは落ちこぼれ扱い。でも、あなたなら違う答えを出す気がする」
「会ったこともないのに、よく言う」
「会ったことがあるような気がするので」
「気がする?」
「ええ。たぶん、昔に」
意味が分からない。
分からないが、妙に引っかかった。
俺は目を細める。
「俺を雇うつもりなら、高いぞ」
「そういうの、今言います?」
「無職になったばかりだからな。現実は大事だ」
セレナはふっと笑った。
「安心してください。払います」
「誰が」
「私の雇い主が」
「ますます怪しいな」
「怪しいです。でも、退屈はしませんよ」
その言葉に、少しだけ口元が緩んだ。
退屈はしない。
それは、今の俺には悪くない条件だった。
蒼狼の牙を追い出されたことに、未練がないわけじゃない。
認められたかった気持ちが、ゼロなわけでもない。
ただ、それ以上に。
もし本当に、俺の見ているものを“価値”として扱う場所があるなら、少し見てみたかった。
「一つ聞く」
「はい」
「その落ちこぼれ、何ができる」
セレナは、すぐには答えなかった。
それから、まるで秘密を打ち明けるみたいな声で言った。
「誰にも評価されていません」
それは能力の説明としては、最低だった。
同時に、俺には十分すぎる答えでもあった。
俺は小さく息を吐く。
「案内してくれ」
セレナの表情が、そこで初めてはっきりと明るくなった。
「やっぱり」
「何がだ」
「あなたなら、そう言うと思ってました」
「買いかぶりだ」
「いいえ」
彼女はくるりと背を向け、石畳の先へ歩き出す。
「たぶん、ここから始まるので」
何が始まるのかは、まだ分からない。
だが少なくとも、終わった話の続きを引きずるよりはましだった。
俺は蒼狼の牙のいた酒場を一度だけ振り返る。
二階の窓は閉じたままだ。中ではきっと、次の依頼の準備をしている。
必要ない、と切り捨てた相手が、何を見ていたのか。
それを、あいつらが知るのは少し先になる。
俺は前を向いた。
評価されないものなら、いくらでも見つけてやる。
その価値を決めるのが誰か、ついでに教えてやればいい。
追い出された日のほうが、案外、人生は動くのかもしれません。
アレンにとっての「終わり」は、たぶんここでは終わりません。
次は、セレナが連れていく“誰にも評価されていない子”の話です。
役立たずと切り捨てられた鑑定士が、最初に何を見つけるのか。
少しでも気になってもらえたなら、続きを楽しみにしてもらえたら嬉しいです。
当面の間は1日3話を投稿予定です。
お楽しみに。




