神による救世主暗殺計画
コツコツコツコツ━━━━━━━━
幾千もの時計が入り混じる、天界のうちの一間。
時界と呼ばれるその場所を、とある神はまっすぐ進んでいく。
髪をたなびかせる風もない中を歩き続け、最深部にたどり着く。
「ここに呼ばれた理由はわかっているな?」
姿のない声の主に、その神は言葉を返す。
「時空の乱れ、すなわち歴史の乱れに関するものでしょうか。」
目を瞑りながら、相手がどこにいるのかを察す。
少しだけ光が強くなった方向に向き直り、神は目を開く。
「わかっていながら、なぜあの少年を処理しない。
よもや、自分ではあのものに勝てぬと言うつもりはあるまいな?時空神クリムレスよ。」
想像通りの問いに、その神………時空神は、小さく息を吐く。
「時空の乱れが起きていることは十分に承知しております。
ですが、その原因となるものはあの少年………エール・メルぺディアのみではありません。
彼と同じようにもう1人、時空を歪ませている者がいます。」
時空神の言葉に、光の先にいる相手は時空神が言わんとする者の名前を出す。
「アルトリス・レオンハルト。神を殺す人間、か……
だが、奴を始末するのもお前ならば造作もないことではないのか?
どちらか一方を先に始末し、残った方を次に消せばよい。」
「それは確かに可能ですが、できかねます。
私がその2人を始末したとて、奪われた神の力は戻ってきません。
アルトリス・レオンハルトから力を奪い返すためには、簒奪神バクティーヌの力が必須。
しかし、簒奪神は生まれて間もなく、あの者たちを打ち滅ぼすほどの力はありません。」
時空神は、静かに事実のみを述べる。
「簒奪神の力がつくまで時間を稼いでいるということか………時空神の管理下で力を奪われ死した神がいるとなれば心象が悪くなるのは当然かも知れぬが、時空の乱れによる世界の崩壊を耐え切るために消費しているお主の魔力と神力。持つのか?」
一切予想していなかった思わぬ質問に、時空神は少しだけ目を見開く。
「その点に関しては心配ご無用ですが………何か疑問に思われることでも?
それとも、気を遣っていただいているのでしょうか。」
「いや、そういうわけではない。お前を時空神にした甲斐があったと思っただけだ。
あの神たちのように上位神となることを拒否するかとも思っていたからな。」
嘲笑のようなものを見せた言葉に、時空神は考える素振りを見せる。
「あの神たち………上位神になるのを拒否したという2名の神ですか。」
思い出したように、時空神は頷く。
「自ら茨の道を進もうという選択をしたのだ。
これ以上奴らに気をかける必要などない。
自分の力を過信しているというのも、考えものだ。」
冷たく言い放ち、その声と光は小さくなっていく。
「最後に、一つよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
消えていきつつあった声の大きさが、止まる。
「上位神の一部とそれ以外の神の間であの少年を始末する計画が動いています。
そちらの対応は………」
「どちらでもよい。好きにさせろ。
ただし、その計画を立てた神たちの名をわかるようにしておけ。
もし失敗した場合のペナルティは、その他の上位神で決めよ。従来通り、手柄を掠め取ることも責任から逃げることも許さん。
頓挫すると思うのであれば一切関与しなければよい。それだけだ。」
その言葉を残し、光と声は消えていく。
次の瞬間、時空神は扉の前にいた。
時界に繋がる道への扉を開けることなく、踵を返して戻っていく。
光に満ちた空間を指先でなぞると、ベールのように空間が歪み、その先に九の神がそれぞれ席についている。
円形の机をぐるりと回り、中心の空いている席へと座る。
右隣、静かに背を伸ばしている叡智神ソフィアが、お久しぶりですと言葉をかける。
純白の長衣には刺繍の代わりに、言葉にならぬ理が淡く浮かんでいる。瞳は澄み切っているが、覗き込めば底なしの深淵だ。
先ほどの言葉に頷きだけを返し、時空神は砂時計を立てる。
「さて、少し早いが始めよう。」
「時空神が時間厳守でないとは、明日は世界が崩れ去るとでもいうのか?」
血を吸い込み鈍く紅に光る鎧をつけた戦神、アレスが笑う。
剣は抜かれていないが、いつでも抜ける角度で膝元に置かれていた。
その男にとって、この会議もまた小さな戦場の一つに過ぎない。
「よろしいではないですか。
あなたは一刻でも早く戻り、戦いを見たいのでしょう?」
淡い緑の衣は風もないのにゆっくりと揺れ、手には小さな杯。
傷を癒す神でありながら、彼女の目は決して楽観に染まらない。
救えなかったものの数を覚えているその瞳は、戦神にも優しく向けられている。
「まったく、そなたらはいつまでも乳繰りあっているでない。
いや、表立って堂々としているのだから言葉が違うかもしれぬな。」
そう言って戦神と慈愛神、エレイアを見てため息をつくのは、運命神モイラ。
灰色のローブの裾は床に触れておらず、指先からは細い糸が絶えず生まれては消える。
糸は結ばれ、絡まり、そして時折、意図せず断ち切られていた。
老人の表情は動かない。運命に感情は不要だからだ。
「運命神の言う通りだ。まず第一に、なぜ戦いを好む神と人々に慈愛を与える神がそれほど仲が良いのかがわからぬ。
真逆ではないのか?」
仮面の下、息をしているのかどうかすらもわからず、黒衣に身を包んでいる死神、タナトスが冷たく言葉を発す。
「戦神だからと言って、殺されたり死することを望んで追い求めているわけではないでしょうから。
戦いによって生きたものと死したもの。そのどちらもが存在するからこその世界でしょう?」
「いつも通りの無茶苦茶な理論だが………会議を進行させてもらおう。」
本来50いる上位神のうち、たった10しか集まらなかった今回の会議。
しかし、創世神が集めない限り、全てが集まるということは基本的にはありえない。
多くて半数が集まるかどうかであり、集まるメンバーは毎回の如く変わる。神とは多忙なのだ。
このメンツでは無駄話が長くなりそうだということを理解していた時空神は、会話を打ち切って議題を進める。
「さて、今回の議題に上がっている2人の人間。
エール・メルぺディアとアルトリス・レオンハルトについて。
一部上位神の間では彼らの始末を考えているものの話も出ていると聞く。
まずはここにいる者同士、自らの意見を共有するとしよう。」
「「「不干渉」」」
時空神と運命神を除き、3名が不干渉を宣言する。
「俺が行ってもいいと言うのなら、条件次第で干渉しよう。」
1人、条件付きでの干渉を言い放ったのは、戦神。それがエール・メルペディアへの興味のみで出した結論だと、周囲はすぐに理解する。
そして、神たちは答えを出していない神の方に視線を送る。
その視線の先にいるのは、術理神テクネスと満源神オムニフォス。
魔法術式を操りし上位神と、魔力を操りし上位神。
この2名が上位神として定められたのは、エール・メルぺディアが生まれた瞬間を基準に、数百年後。
前任の創術神と魔源神から引き継ぎとして上位神の地位についた神である。
さらに2人、術理神と満源神に言いくるめられた、神としてはまだ若い2名の神。
「そなたらはあの魔法使いの始末に賛成なのであろう?」
先を見通す運命神の瞳が青く光り、この後の2名の発言を先読みする。
相手は4名であるものの、今回の首謀者が術理神と満源神の2名であることを、運命神は見抜いている。
「運命神はいつもと同じ答えか?」
疑問に答えずに放たれた言葉に少し嫌悪感を示しつつも、運命神は静かに頷く。
いつもと同じ答え………結論が見えているからこその無解答。
「そなたら2名があの少年を始末しようとしている本当の目的は、あの者と契約を交わしている神の方だろう。自分たちのためだけに行う計画を認めたくはないが、我々がそなたらの行動に文句をつけはしない。
やりたいものは勝手にやればいい。それが、創世神様の答えであろう?」
その問いに、時空神は頷く。
「では、我々はその通りに。」
そんな言葉だけ残して、2人の神は立ち去る。
それに続いて、2名の神もその後ろを追っていく。
「行かせてよかったのか?」
「自らの選択なのですから、いいのではないですか?」
戦神の問いかけに、慈愛神が応える。
「結果はどうなるのだ?」
結論だけを求めているように、死神が冷たく問う。
「エール・メルぺディアたちの勝利だ。」「無窮神の勝ちだ。」
「二神の勝ちでは?」
揃った回答に、時空神と運命神は視線を交わし、その他の視線はもう1人の回答者、叡智神へと向けられる。
自分以外の回答に驚きつつも叡智神は答える。
「……術理神様と満源神様のことを指したのですが………後の2名は自ら計画して動いているようには見えませんでしたので。」
「と、天界一の頭脳は言っているが、お前たちの答えは違うのか?」
視線を向けられた別回答の持ち主たちは、自分たちの答えが間違っているとは一切思っていない。
だが、間違った答えなど算出しない叡智神と運命神の回答が分かれるという異例の事態が発生し、神たちの興味はそこに惹かれている。
「叡智神の言うことにケチをつけるつもりはさらさらない。
だが、問われればそこにいる死神も同じ答えを出すだろう。」
そう言い切った運命神に、時空神が呆れるように言う。
「問われればも何も、この問いをしたのは死神であろう。」
「そうであったな………ん?では私がお主をここに呼んだ意味は………」
「何を聞きたいのかはわからぬが、少なくとも今、運命神が求めている答えは出せぬぞ。」
堂々と、死神は答える。
「お、お主なら無窮神の力の大きさがわかると思ったから呼んだのだが………」
「知らぬな。」
会議の場に、大きなため息が広がる。
「珍しいやつが出席していると思ったら、呼ばれたから来たと言うことか。」
やっと状況を理解したというように、戦神が呆れる。
「ま、まぁそのことは置いておこう。それで、だ。
私が無窮神の勝利だと言った理由は、おそらく皆が知っている力を遥かに超える力を持っておるからだ。
…今よりはるか昔、世界の魔力を石に変えた、不条理の賢人と虚無の権威。
そのうちの虚無の権威と呼ばれた人間と契約をしていたのが無窮神、セルフィスだ。
魔法自体を発動させたのは不条理の賢人とその契約神でも、魔法を発動させるため、虚無の権威と無窮神は世界中の魔力を自分たちの魔力で強引に押し潰して収縮させた。」
運命神のその言葉に、ざわめきが走る。
「世界の魔力を上回る魔力量………?そんなことができるのですか?」
「もちろん、無窮神1人の力ではなく契約していた人間の力も大きい。
だが、昔は今よりも世界の魔力量も大きかった。だからこそ、その力がどれだけ常軌を脱していたのかわかるだろう。」
当時から神として存在していたからお前を呼んだのだぞという顔で、運命神は死神に視線を飛ばす。
「その時代では……私の算出結果には反映されないわけです。
まだまだ未熟ですみません。」
「いや、私も過去を見てこなければ同じ答えだっただろう。」
時空神が、叡智神を慰めながら言う。
その時、運命神が卓上に水晶を作り出す。
「始まるようだ。」
「嘘、そんなに早くですか?」
驚いたように、慈愛神が水晶を見上げる。
「今、エール・メルぺディアたちは隠離世にいる。
そこから出てきた瞬間に奇襲を仕掛けるというのが、神たちの戦略らしい。
そのための準備をすでに終わらせていたのだろうな。」
時空神の言葉に、戦神が納得する。
「だから運命神はあの場で2止めなかったのだな?」
「なんと言おうとも、そのまま計画を実行していたであろう。
実行していなければ、従っている下位の神たちからの批判も大きいはずだからな。」
運命神が水晶に隠離世と世界の境目を映した時、死神が立ち上がる。
「運命神が言った結果は、覆らぬ。
こちらにもこの後大仕事が待っているため、失礼させてもらうとしよう。」
黒い霧に飲まれるように姿を消した神に視線を一瞬だけ移した全員が、水晶に向き直る。
「さぁ、見せてもらおうではないか……無窮神の力を。」
運命神の呟きと共に、水晶の奥でその刻が訪れようとしていた。




