異界との別れ
「もうそろそろ、次の時代に行く頃かしら?」
「そう…ですね。」
就寝のため暗くなった部屋の中、布団に入ったままセルフィスさんが僕に問いかける。
「言い切れない理由はわからなくもないわ。
この時代を離れたら、おそらくルーベルナを生き返らせることもできなくなると考えているからでしょ?」
なぜこの人はこんな時ばっかりとてつもない直感を発動するのかと苦笑しつつも、僕は応える。
「今から500年過去に行ってしまえば、次はまたこの時代に戻ってこないといけない可能性があります。
もし僕がルーベルナさんを生き返らせる魔法を作れたとして、その魔法が何千年も時間を超えて発動できるのかなんてわからない。
だから、この時代にいる間に魔法を開発しようとしました。
けど………無理だった。セルジュを生き返らせたあの魔法をうまく利用すればいけるのではとも思いましたが、あれはあらかじめ発動させておく魔法。
死を上書きして発動できるものじゃなかったんです。」
布団から手を宙に伸ばし、魔法陣を描く。
狙い通りのものにならなかったそれを見て僕はため息をつく。
「まぁ、さ。メルペディアがルーベルナのことを大切にしてくれてるのは私も嬉しいけど、大丈夫。あの子はそんなにヤワじゃないんだから。
あなたが今できるのは、しっかりと大きく育って両親に元気な姿を見せられるようにすること。
てことで、ちゃんと寝る!毎日夜遅くまで魔法術式いじくりまわしてんのお見通しなんだから!」
「うっ……寝ます………」
そう言って、久しぶりに空が明るくなってくる前に寝るのだった。
「ふむ…もうそんなに時間が経つのですか…歳をとると時間感覚が鈍って仕方ありませんなぁ。」
「最後にお願いがあるんですが、いいですか?」
僕の言葉に、翁さんは手にしていた湯呑みを机に置く。
「私も、最後に教えて差し上げたいことがあったのでちょうどよかったですな。」
ゆっくりと腰をあげた翁さんと僕は、家の戸を開けて出ていく。
たどり着いた先は、もう随分長い間来ていなかった大御殿神社。そして、その中の一室である鏡が祀られている場所だった。
「姫様にも承諾は頂いております。
ぜひとも、こちらを持って行ってくだされ。」
優しく翁さんが持ち上げた月を象った鏡を、僕は両手でしっかりと受け取る。
「本来、月詠の力の一部を閉じ込めていたこの鏡は、すでに役目を終えています。
ですが、もしもあなたの持つ月詠の力が暴走するようなことがあったときのために、お使いください。」
確かに、制御はできるとはいえ最大出力で力を解放したときに絶対に制御し切れるという自信はない。それを布に包んで自己収納空間にしまい、太陽の鏡に一礼してその部屋を出る。
「これで、私がしておくべきことは終わりました。
あとは、あなたのお願いとやらを聞かせてください。」
その言葉に頷き、僕はおそらくこの人にしか聞くことができないことの指導をお願いするのだった。
「「本当に、お世話になりました。」」
机を挟んだ向こう側。いつもと同じように綺麗な正座をしている陽凪さんと凪翔さんに向けて、僕とセルフィスさんは頭を下げる。
「こちらこそ、何度も助けていただきありがとうございました。
ゆっくりしていってくださいと言いながら危険に巻き込んでしまったことも、心からお詫びさせてください。」
「そ、そんなこと言わないでください!
陽凪さんの反対を押し切ってこの世界に残り続けたのは僕たちなんですから。」
「………では、そういうことにさせていただきます。」
それでも自分が悪いと言い切りたそうではあるが、僕の顔を見てか陽凪さんは話を終わらせてくれる。
別れが近いというのに、どちらが悪いとか思いやりの押し付け合いなんてしたくない。
そんなことを思っていると、陽凪さんが口を開く。
「渡しておきたいものがありますので、ぜひ受け取ってください。」
凪翔さんの方を見ると、頷いて立ち上がり、すぐそこに置かれていた箱を開いてその中から何やら太い剣を持ち上げる。
「月詠の一件が起きた時に、白叢の大主様からいただいた鋼から作られた大剣です。
凪翔が使っている刀を作っている職人の方に、前にメルペディアくんが見せてくれた外界の剣の形を伝えて作っていただきました。
職人の方が我ながら最高傑作ができたとおっしゃっていたので、品質は保証します。」
机の上に乗せられたそれを見ると、刀身と持ち手との間部分に月と太陽が半々に描かれた装飾があるとわかる。
そして、刀身も太陽側が淡い金と白、月側が淡い銀と紫が混ざったような色を出している。
「もしかしたらメルペディアくんが外界でも境界を使うかもしれないと思い、私のできる範囲でですが境界の効力を高めることができる神術を施させてもらいました。」
「そ、そんなことまでしてもらっていいんですか?」
今は隠離世自体の神力によってそこまで強くは感じないが、この剣にだけ意識を向けるとだいぶ強い神力が出ていることがわかる。
「メルペディアくんがいなければ、この世界の今はなかったかもしれないのです。これくらいなんということもありません。」
そう言って微笑んだ陽凪さんを見て、僕も目を細める。
この世界に来てすぐのこと、八岐大蛇との戦い、月詠との戦い、そして日々の生活の中で起きたこと。
いろんなことを話しているうちに、時間はどんどん過ぎて行く。
「本当に短い時間でしたが、とても楽しかったですよ。」
いつものように陽凪さんの髪を噛んでいたロックを自分の頭から降ろし、ロックはセルフィスさんへと渡る。
「みんなもちゃんと幸せになるのよ?」
セルフィスさんの言葉に、前に立つ人たちは頷く。
「「それでは、お元気で。」」
微笑んだ陽凪さんと凪翔さんに頷き、クシナダさんや翁さんの姿もしっかりと目に焼き付ける。
腰の剣を一撫でし、僕は振り返って歩き出す。
「またいつでもいらしてください!」
そんな言葉を背に受けながら、門を抜けていく。
「うっ…眩しい。」
木の合間から差し込む太陽の光を手で防ぎつつ、僕は大きく空気を吸って吐くのだった。
「姉上。」
「えぇ、わかっています。行きましょう。」
門が固く閉ざされた後、横に立つ2人に断りを入れ、私たちは歩き出す。
辿り着いた先は、大御殿神社。
鏡の間に祀られている太陽の鏡の裏へと回り、畳を外す。
錆びた鉄製の蓋を外し、その先に開いた暗闇の中へ梯子を用いて降りていく。
足が着くと同時に松明を取り出し、それに炎を灯す。
「これが……父上の言っていた………」
凪翔が言葉をこぼし、私は一歩前に踏み込む。
札によって守られている、一枚の紙切れ。
「━━━本当に、私が嘘をつき続けた理由はあったのでしょうか。」
昔、母が私に言った言葉を、思い返す。
あれは寒い日の夜だった。
当時の陽光の巫女である私の母は、私に天照の力を渡すと同時に息を引き取った。
病気でも疲労でもない。ただ、この力を持つ者の使命として当たり前のことだった。
その時に聞いた、門外不出の話。
隠離世と外界を遮断している外絶門は、いつ開くかわからないと言われてはいるものの、陽光の巫女がその開閉の権限を持っており、その気になればいつでも開けることができるということ。
そして、外絶門によって外界から隔絶されてから5013年後。つまり私が20歳になると同時に1年の間門を開いておくことだった。
なぜ門を開けるのかという問いに、
「白叢の大主がそう仰ったから」と母は返した。
大主が没してから数千年、この言いつけは口頭で繋がれ続けてきた。
そして今、私はその内容が書かれている紙に火を放つ。
その理由は、ただひとつ。
「救世主が去ったらこの紙を燃やせ」と母が言ったから。
話が飛び飛びすぎであることと母との別れの悲しさで、当時は一切意味がわからなかった言葉の意味が、やっと繋がった。
最初から、メルペディアくんが現れたのは偶然ではなく必然で、運命のような出会いだと言っていたことも、私が言いつけをそのまま守っただけで運命でもなんでもない。
「姉上、姉上は変なところが真面目すぎる。」
横で苦笑を浮かべる凪翔を見て、私も苦笑する。
「姉上は、あの小さな救世主のことを好きなのか?」
「え?」
「前までよりも…なんというか少し恋する乙女みたいだ。」
「な、なんでそんなことが凪翔にわかるんですか!」
「いや、だってクシナダにそっくりだったから。」
そんな答えに、納得してしまう。
クシナダちゃんのことを熟知している凪翔にとって、恋愛なんてものはお手の物なのかもしれない。恐ろしいぞ、弟よ……なんて思いながら、私は考える。
いつも私が感じていたメルペディアくんへの安心感は、恋心だったのかと。
陽光の巫女として隠離世を護る事ばかりに気を取られ、恋愛なんてものに関心を持っている暇もなかった私の人生が、少しだけ満ちていくような感覚が体を伝う。
……………
「いえ、やっぱり私はみんなの頼れるお姉さんであり続けます。」
「ポンコツで天然で、時々頼れるお姉さんでしょう?」
「なっ━━━━━!?いつの間にそんなことを言う子に育ったんですか!?」
その暗い空間には、兄弟の笑い声と灰になった紙のみが残っていた。




