決戦:陽光の巫女VS月詠 壱
音も衝撃もなく、ただ世界が傾く。
空に広がる満月が砕けた。そこから落ちてきたのは月の影。黒い、厚く重い闇の塊。触れた瞬間“飲まれる”のだと、直感的に感じる。
影の重量に、空気が悲鳴を上げた。
深呼吸し、目を開いて私は相手を再び視界に入れる。
「焔纏・白火!!」
白い炎が全身を包み、背に光の翼が生えたように広がる。
影の落下と同時に、私は空を蹴った。
白光の軌跡で円弧を描くように、影の下を駆け抜ける。
「世界を映す月光は、逃げた先へ落ちるだけだ。」
月詠の声とともに影が曲がる。
重力など無視して、私を追うように影が折れる。
「ッ……!!」
肩の近くを僅かに掠めただけだった。だがその瞬間、白い炎が黒く焼けただれた。
痛みではない。冷たさが骨へ染みるような感覚。
触れるだけで生命力を持っていかれる。
影の塊が次々と形成され、落ちてくる。
逃げ場はどこにも無い。
だが、押されっぱなしではいられない。
白炎の弓を作り出し、砕けた満月の残骸に向けて矢を放つ。
その瞬間、落ちてきていた影が元に戻り、再び満月を形成する。
そして、月が放った闇の光によって矢が消え去る。
わざわざ月の欠片を守るために攻撃を止めた━━━?
あの月が弱点ということだろうか。
その仮説を組み立てるとほぼ同時、月詠が手を払う。
そして、夜の冷たい空気が霧へと変わった。
白く淡い、山で見られるような霧ではない。黒光りする霧。しかし、見た瞬間、霧に見えるこれは霧ではないとわかる。
一つ一つが細かな、闇の粒子。
これも……攻撃……!
白炎で周囲を囲み、闇を防ぐ。白い炎の膜が粒子を弾き、空気を明るく照らす。
だが霧はすぐに形を変えた。
細い糸のように。鋭い刃のように。
「━━━━━!」
柔軟に姿を変える闇によって、白火の膜が少しずつ切り裂かれていく。
光が散り、焔が削れる。
月詠の声が聞こえる。
「光は常に闇に追い抜かれる。速さでも、深さでも、量でも。」
「……それでも………!」
私は闇に覆われた光の中で目を開く。
白火が、より強く輝いた。
「私は……あなたの闇に負けない!!」
白火が爆ぜ、闇を押し返す。
それを見て、月詠の表情がほんの少しだけ動いた。
「……光の質が変わったな」
そう呟いた相手の背後に、白銀の半透明の輪が出現する。
回転するでもなく、ただ存在しているだけで、夜の色が吸われていく異様な輪。
その中心は“奥の見えない穴”のように黒い。
それと同じものが私を中心に現れ、少しずつ縮小していく。
「これは月の“欠け”だ。お前の力を、削ぐ。」
闇が白炎に触れた瞬間、一気に炎が小さくなる。
「ッ……なに……!?」
身体が重くなる。
「月は満ちれば欠ける。光を奪うのは道理だ。」
輪が一気に増え、私の周りを覆い始める。
ついに、輪だったものは隙間をなくし、球へと変わる。
後退しようが、逃れられない。
ならば━━━━
息を吸い、全力で白火を収束させる。
胸の奥に燃える芯だけを残し、力を一点に集中する。
「白焔・瞬閃!!」
白い閃光が爆ぜ、闇を払う。
危機一髪。
だが防ぎきれた。
一瞬、下に視界を移すと、森が死んでいるのがわかる。
私は荒い息を吐きながら、距離を取る。
……本当に……一瞬でも触れたら終わり……!
白火が揺れながら、私の身体を照らし続ける。
そして、月詠は静かに言う。
「次で終わりだ。光よ━━月に喰われて消えろ」
月光が濃くなる。
空気が震える。
大地が、夜に沈む。
私は拳を握りしめ、前を睨む。
「……終わらないし、終わらせない…………!私は……絶対にここで倒れない!」
白火が再び強く燃える。
月詠が手をかざす。
次の技が来る。
━━━━━闇の海と化した空間の中心で、月詠の白い髪がゆらりと揺れた。立ち込める月光は淡く冷たく、その中心には、まるで生者の鼓動を拒むような静寂が沈んでいる。
「光は、夜明けを迎える前に最も脆くなる。……その瞬間を、私は幾度も見てきた。さあ、砕け散れ。月牙・虚影。」
月詠の足元から月の紋章が浮かび、そこから黒と銀の刃が八方へと奔った。光でも闇でもない、月光の死線とも呼べる力の塊が、一直線に迫り来る。
私は手をかざし、息を吸い込んだ。
「……返すね」
光がその手のひらに集まり、形をとる。
「煌盾・赫環!」
円形の光盾が展開し、刃を受け止める。死線が触れた瞬間、空気が爆ぜ、光が散る。
耐えきれるはずのない威力。それでも私は叫び、踏みしめた。
「私は━━━絶対折れない!」
盾が砕け散る直前、光を編み直し、身体ごとひねって刃の軌道を逸らす。白銀の刃が頬をかすめ、髪が数束、宙へ舞って灰のように消えていった。
「……軽いな」
月詠の冷淡な声。
「光はいつでも軽い。扱う者の心もまた、そうなのだろう?」
「違う!軽くなんかない……!
私がこの世界を護りたいっていう思いも、凪翔を取り戻したいっていう思いも、軽いの一言で払われるものじゃない!」
私は両手を広げ、胸元で光を爆発させた。
「……見せるよ。全部!」
光線が無数に走り、月詠を包囲する。それは攻撃ではなく、領域。
光が場を染めることで闇の支配を削り、月詠の能力発動速度を遅らせる。
メルぺディアくんに教えてもらった、『光界展環』を私なりに変えたものだ。
「……面白い。では、こちらも。」
月詠が月の囁きを口の端で笑いに変えた。
「月落・黒欄。」
闇の月が倒立し、その内部で無数の月片が生まれ、光を削っていく。作り出した領域がバリバリと音を立てて削れ始める。
「……っく……!」
腕が痺れる。肺が苦しい。視界がゆれる。
それでも、私はかすかに笑った。
ここで苦しい顔をしては、みんなを不安にさせてしまうから。
そして、自分が負ける可能性を考えてしまうから。
「あなたの力……ほんとに、ほんとに怖い。
でもね……」
足元の光が強くなる。
「私があなたに負けたら、誰もこの世界を護れないの!」言い放ち、宙に浮く敵を睨みつける。
「心だけで、永遠の夜に抗う気か?」
闇の力が、強くなる。
「心だけじゃない━━━━
心も、体も、世界も。私が持てる全てをあなたにぶつける!」
光を一気に解き放つ。
「陽命・暁翔閃!」奔る光の刃が天を薙ぎ、闇の月を裂き、黒瀾を押し返す。月詠の冷徹な瞳が、わずかに揺れた。
「……なるほど。では――さらに深い夜を見せてやろう。」
月詠の背後に、無数の月影が浮かび上がる。淡い闇色の輪郭を持つ、八つの月。
「八相・冥月連禍。」
「……!」
背筋が凍りつく。
八つの月影が一斉に輝き、闇の奔流を吐き出した。それぞれが違う速度、違う角度、違う質の殺意を孕み、降り注ぐ。
光では対処しきれない。一撃でも受ければ、身体は消え去る。
でも、逃げれない。
ならばどうするか。
「……ぜんぶ、斬る!」
足が地を蹴り、光が爆ぜる。
闇の雨の中を駆け抜け、八つの月を次々と切り払う。
「光翔━━烈耀・瞬華刃!」
凪翔が使っている風の刃のように、なまくらの刀に光を集めて薙ぎ払う。
輝きが尾を引き、闇の柱を斬り裂いていく。一つ、二つ、三つ……斬り払うたび、体が熱くなっていく。闇の圧が体内に残り、皮膚が焼けるように痛い。
「まだ……!」
四つ、五つ……六つ目を断ち切ったとき、呼吸が止まるほどの痛みが襲った。
「……ぐ、あああああ!!」
月影を破るために力を割いた分、周囲を取り巻く闇が私を飲み込み始める。今この瞬間を生きていることさえ奇跡だと思える。
けれど………!
「終わらせる……ここで、あなたを……!」
残り二つに向けて飛び込む。
月詠の瞳が細められる。
「確かに、汝の輝きは美しい。だが、その輝きも今宵で散る。
この世界は、終わりがあるからこそ美しい。」
八つ目の月が、私の全身を呑み込むように輝いた。
しかしその中心で、私は叫ぶ。
「散らない……わたしの光は!!」
最後の光が天へ伸び、二つの月を貫き、闇を裂いた。激しい破裂音。衝撃で月詠の髪が後ろへ流れ、空間に揺さぶりが走る。
八つの闇月は━━完全に霧散した。
「━━━━━!」
月詠の瞳がわずかに見開かれた。今のは………動揺?
息を整え、荒い呼吸の間で私は言い切る。
「……これが……わたしの……夜明けだよ……月詠さん!」




