現世に降り立ちし闇
「こんな風に姉上たちと遊ぶのは久しぶりだ。
そうだ。あるなら、姿を消す魔法を使ってくれないか?」
凪翔さんの言葉に、僕はいいんですかと問い返す。
いくら本気だからと言ってかくれんぼで魔法を使うなんて……と思いつつも、まぁいいかと思い直す。陽凪さんならすぐに見つけ出してきそうだからだ。
「よっし、それじゃあ僕は大御殿神社の方に隠れるよ。
姉上は基本、近いところを後回しにすることがある。近くからだんだん遠くに動きながらいくと、だいぶ逃げやすいよ。」
かくれんぼというものに初挑戦であるため、僕はなるほどと言って頷く。
「でも、それなら凪翔さんも近くに隠れた方がいいんじゃ?」
「僕は昔から神社に隠れることが多くてね。今なら姉上に勝てるんじゃないかって思うんだ。」
そう言って、凪翔さんは少し足早に駆けていく。
「そっちも頑張って!」
振り返ることなくすぐに姿を消した凪翔さんの後ろ姿を目で追いながら、僕も隠れ場所を探すことにするのだった。
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「翁、私です。」
小さく呟いたその片腕の青年に応えるように、扉が開く。
部屋に一歩踏み込むと同時、無数の鏡が青年を舐め回すように囲み出した。
浮き上がることなく鎮座している月の鏡の前で、翁は静かに座っている。
静かすぎる空間。
しかし、確かに大きな力が地面と壁の向こう側を這いずり回るかのように動いていた。
道を開ける鏡の間を抜け、自分を座らせるために空けられた右側に腰を下ろし、小さく息を吐いてから青年は顔を上げる。
「本当に……この命を捧げれば姉上も隠離世も滅びないのですね………?」
その言葉に、翁は無言で頷く。
幼年の頃から自分の面倒を見てくれていた相手を疑うこともなく、青年は一度ゆっくりと瞬きをする。
「姉上に………伝えてください………
私がこの世界を護る故、安心してお過ごしくださいと。」
「…………しかと伝えよう。」
しわがれながらも力強い声に小さく笑みを見せ、青年は刀を抜く。
全てが終わった後の空間には、ただ血が畳を伝う音のみが残っていた。
祠の中、黒い影がどこからともなく現れる。
「━━━━━━━━━━━!」
その瞬間、隠離世の空が変化する。
太陽と月。その均衡が崩れる。
夜だろうと存在していた太陽が影を落とし、世界から姿を消す。
闇夜に姿を見せたのは、怪しげな銀の瞳を光らせる人物。
そして、影は重く冷たい言葉を零す。
「風月の姿は静寂の調べ………
この世界に、本当の終わりを齎そう。」
「陽凪さん!これは━━━━━!?」
「わかりません………私も、太陽と月の均衡が崩れるのは見たことがありません。」
魔法を消して合流し、僕は陽凪さんと共に空を睨んでいた。
太陽と月。その2つによって分かれていた空は今、完全に月のみになっている。
禍々しい月明かりのせいで、太陽が昇っているかのような明るさだ。
そして、僕たちはその存在を認識する。
━━━━━異様なほど白く、冷たく、静謐な満月の下。一つの人影が浮かんでいる。
「メルぺディアくんは退いてください。門も開いています。
この世界から離れてください。
外界までは、影響を与えられないはずです。」
「いえ、そんなこと━━━━━━」
そう言いかけた彼に、私は強い視線を向ける。
たった一年にすら満たない期間だけど、この子の性格は多少わかっているつもりだ。
優しく、相手のことを考える子。
だからこそ、私が戻れと言えばセルフィスさんとロックを連れて戻ってくれるはずだ。
少しずつ離れていくその少年を見て、私は寂しさと共にそれ以上の覚悟を決める。「あなたの名前は?」
視界に映すだけ━━━否、同じ世界に存在しているだけで押し潰されそうな重苦しい空気の中、私は顔を上げて問いかける。
まるで、世界そのものが相手の気配だけで沈黙しているかのような静けさの中、私の声が響く。
肌は雪より白く、瞳は月光をそのまま液体にしたような銀。
夜の奥にひそむ闇が、息をするたび揺らめいた。
「…………月詠。
この世の絶望を喰らい、隠離世に降り立った神。」
月詠と名乗った神は、値踏みするかのような目で私を見下ろす。
「私の弟を、どこへやったんですか?」
月詠と名乗ったこの存在が現れると同時に、隠離世から凪翔の気配が完全になくなった。
これで関係がないというのは無理がある。だが、月詠は私の言葉など気にも留めない様に話を進めていく。
「陽光の巫女よ。汝では隠離世を護ることなどできぬ。」
「弟の力を借りて顕れたくせに、その姉に向けて結構な言いようですね。」
言い放ち、私はその相手を睨みつける。
答えないというのであれば、実力を持って聞き出すしかない。
私の足元に、淡い焔が灯る。紅ではない。橙でもない。
“白い焔”。
月詠の瞳が、ほんのわずかに細くなる。
「なるほど……流石は陽光の巫女。天照の残滓を扱うのはお手のものか。」
「残滓なんかじゃない。これは……私自身の光。」
対峙する神は、味方ではなく敵。
遠慮も礼儀も不要。
夜風が吹き抜け、静寂が一瞬張りつめる。
そして━━━━━月詠が右手をゆっくりと掲げた。




