町との別れ
「心残りはありませんか?」
「せっかくなら、宿の設備が綺麗になった時に来たかったわね。」
この町の宿でお風呂入るときにどうするか問題に関しては、あと数日でシャワーなるものが設置されるらしい。
受付の人の話によると、機械によって温かいお湯から冷たい水まで出せるようになるとか。
王都の方ではもうすでに整備が終わっているとのことで、僕たちはそれを見るのも楽しみにしていた。
ちなみに、お風呂のことをどうするか考えていたのは僕だけだったようで、ルーベルナさんは受付の人と話した時にその話を聞いていたらしい。魔法のことになると周りが見えなくなるのは、悪い癖だ。
「忘れ物もなさそうですし、行きましょうか。」
僕たちが宿を出ると、そこには神父様とセリヌスさんがすでに待っていた。
「朝早くからご心配をかけて申し訳ありません。」
「いえいえ、私としてはお三方になんとお礼を申し上げればいいのやらと言った感じで……」
少し涙が出そうになった目元を押さえて、そろそろ馬車が出る時間ですと言って神父様は僕たちの先を歩き始める。
馬を近くで見ると、とても大きい動物なのだとわかる。
触ろうとしたら頭を食べられそうになったので、僕はルーベルナさんの後ろに隠れながら馬車に乗った。
馬とは凶暴な生き物のようだ。
「お世話になりました。
少ないですが受け取ってください。」
ルーベルナさんがそう言って、窓から手を伸ばす。
首を傾げながら手を出し、それを受け取った神父様が驚きの声をあげる。
「も、もらえません!
金貨なんて……しかも3枚も!
そ、それはもちろん私たちの町も生活が苦しい時はありますが、なんとかやりくりしていけます!
こんな高価なものを受け取るなんてことは━━━━━」
金貨を返そうとする手が伸びる前に、ルーベルナさんは自分の手を引っ込める。
「自分のものにしようとする前に町のことを考えるような人にだから、渡そうと思ったんです。
できれば、有意義なことに使ってください。」
再び涙を流しそうになった神父様が、セリヌスさんに言われて何かを思い出す。
「そ、そうでした。
荷物になってしまうかもわかりませんが、あの教会を建てた曽祖父が書いたものです。
当時の出来事なども書かれていますから、よろしければ読んでみてください。」
そう言って、一冊の本をセリヌスさんから受け取ってこちらに渡す。
「本を読むのは好きなので、旅がひと段落したら読ませていただきますね。」
ルーベルナさんが笑顔を返し、神父様は何度も頷いた。
「その………この町と教会はどうでしたか?」
神父様に聞かれ、僕たちは声を揃える。
「楽しかったです!」
「居心地のいい場所でした。」
「なんていうか、居心地が良かったわ。」
バラバラに、それぞれが思ったことを言う。
笑顔で別れ、晴れわたる空の下を馬車が進み始める。
馬車が丘を降り始めて見えなくまで神父様とセリヌスさんはずっと手を振り続け、僕たちも2人に向けて手を振り続けた。
「大丈夫かしら?あの2人。
両方とも引っ込み思案って、改めて考えるとちょっと心配なんだけど。」
「そうかもしれませんね。
ですが、神父様も優しい方だと思いますし、意外に仲良くやっていけるかもしれませんよ。」
神父様にもらった本を膝の上に乗せながら、背中をふかふかの背もたれに預けてルーベルナさんは答える。
「これも綺麗に保管しておきたいですし、今から魔法の練習をしましょうか。」
「チェッ。また私は仲間はずれ?」
「セルフィスも魔法術式を勉強すればいいんです。
そうすれば、過去に戻った時に自慢できますよ?」
「やってやろうじゃない。」
誰に自慢したいのかはわからないけど、やる気がすごいことはわかる。
「空間の勉強の応用ですが、小さな異空間を作る魔法があります。
わかりますか?」
頭の中から魔法術式を引っ張り出してきて、僕はその魔法を作ってみる。
ただ、自分なりにアレンジを加えてだ。
「別空間」
魔法陣が作られて、魔力を込めることで魔法が発動できる状況までくる。
「術式が少しだけ違うような気もしますが……原理はそれであっています。
この魔法術式の中に自分専用の暗号やロックをかけることで、物を収納したりできるスペースを作り出すことができるんです。
例えば………ここ、わかりますか?」
ルーベルナさんが魔法陣を描いて、僕のものとの違いを見せてくれる。
1箇所に円形の図形が組み込まれ、その中に数列が並んでいるのがわかる。
「ちなみに、それなら私もできるわよ。」
セルフィスさんも見せてくれるが、正直言って参考にならなかった。
「あ、今参考にならねーなって思った!?
ひどくない?そりゃあ私の方が術式の作り方は下手だけどさ!」
「これが、失敗例ですね。
暗号の役割をする部分がぐちゃぐちゃすぎてわからなくなってしまうと、便利な魔法も不便な魔法に早変わりしてしまいますから。気をつけてくださいね。」
「なるほど……勉強になります。」
「それは何に対しての勉強なんですかねぇ。私のが下手だから反面教師っていうことですかねぇ。」
目を細めて顔を覗き込んでくるセルフィスさんから目を逸らし、僕はさっきの術式を参考にしてオリジナルの暗号を考える。
どうしよう。
うーん。なんでもいいと言われると逆に悩んでしまう………
ウマがウマイ野菜を食べる。でいいかな。
よし!できた!
「どうですか?」
作り出した魔法術式に魔力を送り込むと、今まで術式が書かれていた空間に黒い空間が浮かび上がる。
「上出来です。
これで、この中に何か入れたいものがあったらいつでも入れたり取り出したりできるようになりましたね。」
ルーベルナさんに撫でられて思わず笑みをこぼした時、
「ま、待って。
暗号がウマがウマイ野菜を食べるって……ブフッ!」
向かいの席でセルフィスさんが大笑いする。
「セルフィスさんの暗号はなんなんですか?」
ちょっと悲しくなりながら僕が聞くと、
「教えないわよ〜勝手に開けられたら困るし〜」という答え。
むむむ……すごく、怒りたい。
「セルフィスの暗号は、『お腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいた眠い眠い眠い眠い』を50回くらい繰り返してますね。」
ルーベルナさんがため息をついて言うと、
「勝手に人の暗号言いふらすな!」とセルフィスさんが立ち上がって怒る。
『お腹すいたお腹すいたお腹すいたお腹すいた眠い眠い眠い眠い』………ふふっ。
「笑わないで!」
笑ったのがバレちゃったけど、僕も笑われたしおあいこということで。
こうして、僕は別空間………いや、自作なので名前を変えるとして、自己収納空間を習得した。




