誰がための力
『なぁ凪翔。お前は何のために剣を振るう?』
不意に、声が聞こえる。
走馬灯というやつだろうか。
今はもう亡きその声に、かつてと同じ答えを返す。
「隠離世を護るためです。」
そうだ……確かに、そう答えた。
しかし、あの時と今とではなぜか少しだけ違った答えを出しているように思える。
今の答えが本心ではなく、偽りの答えなのではないかと思ってしまう。
『ははっ。本当に陽凪と凪翔は似ているなぁ。
でもな、陽凪は凪翔じゃないし、凪翔も陽凪じゃないんだ。
自分の姉ちゃんのことを尊敬してついて行くのが悪いことだとは言わない。
だからと言って、全部真似していてはいけないぞ?』
「だとしたら………何を護るために剣を学べばいいのでしょうか。」
そう聞き返した僕に、剣術の師匠━━━━━お父さんは笑って答えた。
『大切な人を護るために剣を振れ。
陽凪でも、花祈翁でも、それ以外の神でも。そして、いつか凪翔が好きになった人のためでも。
誰のためだっていいさ。
母さんは陽光の巫女として陽凪に世界を護るための力を持たせようとしている。
もしも陽凪がそれを拒否したらと考えたこともあったが、あの子も喜んで受け入れてくれた。
…………いいか?凪翔。
母さんが陽凪にもいつも言っているが、やりたいことをするんだ。
人生という短い時間の中で、自分がやりたいと思ったことを全力でやれ。
世界を護りたいでも、大切な人を護りたいでも。
そのために全力を尽くす人に、剣はいつでも応えてくれる。
剣を学ぶことを使命にするのではなく、何か大きな決断を迫られた時に自分が自信を持てるよう、剣を学んでいると思え。』
だんだんと消えていくその声に、言葉を漏らす。
「僕は…………全力を尽くせたでしょうか……………?
護りたいものを護れなくても…………人生は全力で生きたことになりますか………?」
言葉は、返ってこない。
その代わり、僅かな温かさを感じる。
ぼやける視界を開くと、見たことのない剣が目に映る。
……………思考は、必要なかった。
この剣を取り、もう一撃でもあの大蛇に食らわせてやる。
温もりの先にあるその剣を、右の手でしっかりと握る。
まだ、全力じゃない。
今が全力ならば、全力を超えてやる。
今までの全てを、世界よりも愛おしい人を救うための力に変えて。
怒りが冷め止まぬ大蛇は、8つの頭で襲い来ていた。
右から咬みつくように飛びかかる首に対して、横跳びで間合いを取り、剣を突き刺す。風では太刀打ちできなかったその鱗を、剣が貫いていく。
その勢いのまま剣を薙ぎ払う。首が宙を舞い、水しぶきと血が空中で混ざった。
直後、逆手に持ち替えた剣を回転させて左から迫り来た首の根元に叩き込む。根元から切断され、その首は湖へ叩きつけられた。
風では一度たりとも斬ることができなかった頭が、なぜか斬れる。
だが、そんなことはどうでもいい。
━━━━━戦える。
熱を失っていく体と反対に、頭は熱を帯びていく。
後方から迫る首を避け、風を利用して跳躍し、ひと薙。鱗が裂け、刃が首を切り落とす。
水面に降り立つと同時に、大蛇の頭の一つが空に吠えているのがわかる。
「忌々しい人間風情が……………死ぬがいい!」
重い声と共に巨大な水の塊が爆ぜ、無数の水の槍が降り注ぎ始める。
風で盾を作り守ろうとするも、盾は一瞬で砕け散る。
この数は剣一本じゃ対処できない━━━━━━!
思考を巡らせる最中、馴染みある声が響く。
「凪翔さん!」
振り返ると、ボロボロになった服を着て、息も絶え絶えな1人の少女の姿が目に映る。
「ここは危ない!早く逃げて━━━━━━」
「まったく、つくづく他人のことばかり考える弟ですね。
いいですか?人が応援に駆けつけてくれたのにその人を追い返すなんてしてはいけませんよ。」
その声と共に、僕に向けて振り注いでいたはずの槍が光に撃ち落とされ軌道を変える。
空を見上げると、弓を構えた1人の女性の姿がある。
「あ、姉上……………」
思わず、言葉が出る。
そんな僕に笑顔を見せ、弓を引きながら姉上は続ける。
「やはり、メルぺディアくんの言う通りだったみたいですね。」
「ど、どういうことですか?」
聞き返す間もなく左から襲いかかる首に対して、体を翻しながら斬り返す。浅いっ!
しかし、残った部分を矢が射抜き、頭が倒れて湖面に沈む。
「この大蛇、神力を拒絶するみたいです。
大蛇本体は神力を帯びているんですが、メルぺディアくんがあなたが切り落とした尾に魔力を注ぎ込んで中和、そこから剣に作り変えたんです。
ちなみに、あの時の風が大蛇に効いたのも、おそらくメルペディアくんが尾のあたりに魔力を撒いてくれたからだと思います。」
その説明に、何となくだが納得する。
実際、この剣の形状も力も隠離世にある刀とは異なっているのだ。
隠離世のものは全てに神力が少なからず宿ってしまう。
しかし、これは神力も魔力も一切感じない。
なぜこんな冷静な分析をできるのかはわからないが、この剣を手にして、心が軽くなったのは確かだ。
「もう一息ですよ。
大丈夫。あなたならできます。」
聞き慣れた優しい声に頷き、前を向く。
あと4つ。
全て落として、この戦いに勝つ。
襲い来る首を躱し、その根元へ向けて水を切って駆けていく。
叩き落とすように振り下ろされた尾は、背後から放たれた矢によって撃ち抜かれていく。
意識がはっきりしてきた分、左腕の痛みが戻ってくる。
痛みで途切れそうになる思考を繋ぎ止め、ひたすら前を向く。
ここまできて負けるなんて、許されない。
剣を振るう。
その瞬間、二つの首が光の鎖で巻かれる。
視界の隅に、鎖を出しているメルぺディアくんの姿が見える。
勢いそのまま、剣が両方の首を一刀で薙ぎ払う。
二つの首が同時に飛び、血飛沫が上がる。
「人間風情が━━━━!」
残りの首が同時に襲い来る。
飛翔し、体をうねらせながら一撃を放つ。
だが、そのうちの片方を切り損じる。
その一本の首は隙だらけになりながらも一気に突撃していく。
その標的は━━━━━━━クシナダ!?
距離的に、ここから首を斬り落とすのとクシナダに首が達するのはほぼ同時……………
どうする?どうすれば間に合う?
思考を巡らせる。
クソッ!
どうしようもない………!
いや…………愛する人のために自分の命を賭けることくらい、安いもんだ━━━━━!
そして、再びその力を発動させる。
『颯律ノ座』
荒れ狂う風が、姿を現す。
「ふふふはははははっ!」
重い声が、高らかに響く。
おそらくこの大蛇の魂は頭に存在している。
つまり、やっと一対一になった。
がしかし、神力に満ちているこの空間では剣を中和していた力が傾いてしまう。
勝ち筋のないこちらからしては、ただの自爆行為だ。
それくらいわかった上で、クシナダを守りたいと思った。
振り下ろした剣はいとも容易く弾き返され、反動で吹き飛ばされる。
こちらを見る二つの瞳には嘲笑があった。
事実、こちらには打つ手がないのだから何も言い返せない。
剣を地に突いて立ち上がり、相手を見据える。
━━━━━━その時だった。
「なるほどぉ。
境界って自分と対象に選んだ相手以外は中にいても被害を受けないんですね。」
無邪気な声が聞こえ、そちらを見上げる。
「な、なんでここに!?」
「境界の中に入らないと手助けできないかと思って。」
降りてくる少年━━━━メルぺディアくんは答える。
剣に手を触れ、何か力を込める。
それとほぼ同時に、大蛇の顔が引き攣っていく。
「貴様のせいで我の野望が丸潰れではないか…………!」
怒りを滲ませながら、大蛇が吼える。
「この戦いに勝って家に戻りましょう!」
そう言った彼に、頷く。これでまだ戦える。
剣を構え、大蛇に向かって突っ込んでいく。
刹那、大蛇が揺らぐ。
体の限界を感じる。
しかし、大蛇の揺らぎが僕の問題ではないことがすぐにわかる。
大蛇の体が、縮んでいくのだ。
「仕方がない。
いつか再び貴様を喰らってやろう。
その時まで待っているがいい……………!」
重い声を残して、その巨体が小さくなっていく。
ついに少し大きめの石くらいになり、湖を飛び出していく。
「待て━━━━━━!」
境界が、崩れていく。
体が、悲鳴をあげる。
あと一歩………あと一歩だというのに、体が動かない。
視界が、暗くなる。
足がふらつき、その場に倒れる。
水に体が浸る冷たさと共に、感覚がなくなっていった。
倒れる凪翔さんを横に、思考を巡らせる。
僕がこの剣を持とうが、神力がない僕では魔力が勝ってしまう。
プラスマイナス0にしなければいけない力が傾いては、倒せるかどうかわからない。
陽凪さんは湖の外へ飛んでいった水の槍を打ち落とし続けている。
こういう時にセルフィスさんがいればとも思うが、今街の方の見張りをしてくれているのだから文句の言いようもない。
跳ねながら逃げ去っていく大蛇………小蛇?を視界に捉え続けていると、その延長線上に人影が映る。
そうか━━━あの人なら━━━━━━
水の中に飛び込み、剣を探しだす。
それを手に取ると同時に一気に浮上し、剣を投げ飛ばす。
「これでとどめを!」
回転しながら飛んでいく剣を鎖で固定し、勢い余らないように止める。
恐る恐るだがそれを手にした人………クシナダさんが、覚悟を決めて前を向く。
彼女の方に向かってきていた大蛇は、その剣の存在を見て即座に進行方向を変える。
その刹那だった。
力任せに草を薙ぐ音と共に、大蛇の小さな首が飛ぶ。
クシナダさんに合流して目を向けると、大蛇はもう息を失っていた。
「よかった………これで━━━━━━━」
安堵を口にしようとした時、クシナダさんは駆け出していた。
湖の方………いや、湖に沈み始めている凪翔さんの方に向けて。
助けに向かうため地を蹴ろうとすると、後ろから肩を掴まれる。
そこには、その光景を優しい笑顔で見守る陽凪さんの姿があった。




