異界
「なんか変ね。」
「やっぱりそう思いますか?」
森を歩いていく中、僕はあからさまにおかしな力を感じていた。
ルーベルナさんのことを知っているのか知らないのか、すやすやと眠るロックを抱えるセルフィスさんも、その異常感を感じとっているらしい。
そして、僕たちは“そこ”まで来る。
前方。
ただの森にしか見えないが、明らかに異質だ。
セルフィスさんが手を伸ばすと、何か光る壁に触れる。
「ここだけ違う空間につながっているみたいね………」
僕たちが立っているこの壁の向こう側は、本来世界に存在しているはずの魔力が消えている。
考えられる理由は、一つしかない。
「この先は天界という可能性はあったりしませんか?」
人間が扱っている“魔力“と神の扱う“神力“は同じ場所に存在できないという原理から、その二つが弾き合っている説が濃厚だろう。
「確かに、この先は魔力ではなく神力が溢れているような気がするわ。」
「僕とかロックが入ったら死んじゃうんじゃ………?」
「ロックは危険かもしれないけど、メルぺディアは問題ないでしょうね。
あなたは自力で周囲に魔力を放出できるんだから、今ここで起こっているみたいに中和できるはず。」
魔力と神力がぶつかり合う空間を指してセルフィスさんは言う。
「な、なるほど…………」
「そのワンちゃんも入ることはできますよ。」
今まで一切感じていなかった気配が不意に現れる。
振り返りると同時に、魔力を放つ。
「そこまで警戒する必要はないと言いたいところですが…………私としても警戒せざるをえない相手ですので、お互い様ですね。」
木々の間から、一風変わった服を着た女の人が現れる。
黒い髪に黒い瞳…………珍しい。というか、もしかしたら今まで見たことがないかもしれない。
「そちらの方は………なるほど。魔力を持つ神ということですね。」
頷いて、彼女は僕たちの前に歩いてくる。
当然のように今の僕よりは身長が高いわけだが、今まで見てきた女性の中では低い方だ。
サレナよりは確実に低いだろう。
ただ、その分服装に目がいくわけで、履いているものと服に既視感を覚える。
普通に生活している中ではいつの時代にも見ることがないその服に、僕は思わず問いかけてしまう。
「その服って、もしかして着物ですか?」
“着物“という単語に反応して、彼女は怪訝そうな顔をする。
「なぜそれを?
今私が着ているものは厳密には着物ではないですが、外界の人間はその言葉を知らないはず………」
確かに、ルーベルナさんも貰った時に初めて見たと言っていたっけ………
『自己収納空間』から綺麗に畳まれた着物を取り出し、それを見せる。
「貰い物なんですけど、これに使われている素材と似ているなぁと思いまして………履き物も下駄に似ていたので。」
「少し詳しく見せていただいても?」
「え、あ、どうぞ。」
丁寧に着物を受け取り、その女の人はそれを吟味する。
「これは━━━━━━」
驚いたように言葉を漏らし、彼女はこちらを見る。
「あなたは、これを受け取った本人のご子孫ですか?」
「えっと…それを受け取ったのは僕の父と、少し前まで一緒に過ごしていた今は亡き神様で、これはその神様が貰ったものらしいです。」
「なるほど………通りでそれだけの魔力を持っているわけですね。」
納得したように大きく頷いて、その人は僕たちの間を通って進んでいく。
「私たちの代になっても言い伝えられるほどの方のご子息を無下に扱うことはできません。
ようこそ、救世主のご子息。」
壁に、巨大な木造の門が顕れる。
歩いていくその女性の後を追うかどうか、僕たちは目線で議論する。
『ここの先なら、神術で壁のこっち側まで戻って来れる。問題はなさそうよ。』
そう言ったセルフィスさんは、前を向く。
僕も前を向き、もしもの時に備えて魔法術式の確認をしながら後を追っていくのだった。
その門を過ぎると、風の流れが外界とはまるで違う。
空気そのものが何かの意志を孕んでいるように重く、静かだ。
音が遠く、風も、鳥も、どこか夢の底から響いてくる。
そして驚くことに、空が二つあった。
ひとつは薄明の空。もうひとつは、それを裏返したような夜空。
空の中心で、その二つは混ざり合っている。境界が曖昧で、太陽と月が互いを映し光が大地に降り注ぎ、滑らかな土の地面を照らしている。
ただ、月が鮮明に出ていると言うのに、今は昼のように明るい。
道の両脇には、光を宿した樹々が並んでいて、枝葉の代わりに小さな結晶の花を咲かせ、風が吹くたび、細やかな音が溢れ出す。…………花が鳴く。そんな不思議を、僕は初めて知った。
並んでいる家も外界とは違い、ほぼ木組み。
しかも、地上と空中とで二層に分かれている。
空中に浮いている家はどんな技術を用いられているのだろうか。
地上とほぼ同じだけの数の家を浮かせていると考えると、必要な力はなかなかのものだろう。
「地上に造られている街は“影層“と呼ばれ、浮いている方が“光層“と言われます。」
前を歩く彼女が、解説してくれる。
それを聞いて視線を移すと、ここに住む人々は全員が黒い髪と瞳をしていて、この女性を見ると明るい笑顔を向けていることに気づく。
不気味さと不思議さが入り混じる、僕たちの世界の常識が通用しない世界━━━━━━━
この世界は、生者の国ではないのかもしれない。
一瞬、そんな思いがよぎる。
しかし、すれ違う人々の姿や声は確かにそこに存在していた。




