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初恋

「すまないが、明日は用事があってな。送り出すことができない。」

「そんな気を遣ってもらわなくてもいいのに………ありがとうございます。」

「礼を言うのはこちらの方だ。

お前がいなければセルジュはあのまま消えていた。

気に入っていた人間がいなくなってしまうのは悲しいものだからな。」

空を見上げながら、炎皇神は呟く。

「というかずっと聞きそびれていたんですけど、炎皇神って名前じゃないですよね?

本来の名前はなんなんですか?」

僕の問いに答えることなく、その神は言葉を紡ぐ。

「いいか、少年。この世は綺麗事じゃ片付けられない。

自分に叶えたい願いがあるなら、絶対に叶えろ。

それを叶えないことは自分を信じてくれる者たちを否定するのと同じだ。

そして……………道が一つしかない時に迷っている者がいたら、そいつの背中をそっと押してやれ。

たった少しの支えでも、救われる者がいることを忘れるな。」

まっすぐに射られた視線に、僕は頷く。

「ふっ。

お前の熱き思いがあれば、大丈夫だろう。元気にやれよ。」

それだけ言って、炎皇神は炎の渦へと消えていく。

温かい炎に触れると、微かに火花が散る。

その炎は、どこか儚さを感じるものだった。




「よく眠れた?」

朝一番、僕たちは肌寒い中を歩いていた。

「今日はいい夢を見たよ。」

嬉しそうに微笑んで、サレナはにっこりと笑顔を見せる。

「メルぺディアが過去から帰ってきて、2人で並んで聖楽隊の音楽を聴くの。

浴衣を着て、花火を見て、どんな景色を見てきたのかを教えてもらったよ。」

「そっか……………それが現実になるように頑張るよ。」

少し大きめのマフラーを2人で巻いていくと、白い粉のようなものが視界に映る。

「雪………久しぶりに見たなぁ。」

「雪?氷じゃなくて?」

手に触れる感触から、それが水であることはわかる。

寒さによって凍っているのだから、氷というのが正しいのではないかと思うわけだが………

「見たことないの?こういうのを雪って言うんだよ。

水だ〜なんていう夢のないことは言わないよね?」

「そんなこと言わないよ。」

苦笑しながら、僕は言葉を返す。

1年を共に過ごしてきたにも関わらずぎこちない会話をしつつも、寒くなってきて、2人の距離は近くなっていく。

肩と肩を寄せ合い、僕たちはあの日のベンチに座る。


「なんか、何か起きるたびにここにいる気がするね。」


「うん。」


「楽しい一年だったね。」


「うん。」


「ねぇ、聞いてる?」

綺麗な琥珀の瞳が、僕の顔を覗き込む。

「ごめん。なんか……なんて言えばいいんだろう。」

そう答えた僕に、

「なんでメルぺディアの方がそんなに寂しそうなのよ。

私が寂しいって言ってそれを励ますのがいつものお決まりだったでしょ?」とサレナは苦笑する。


静寂が、世界を流れていく。


この一年。たった一年を、深く、大きく、記憶の中で掘り返していく。


「一つ、伝えておきたいことがあるの。」


ただ、その声が世界に響く。


「何?」


「私は、メルぺディアのことが好きだよ。」


少しずつ感じていた、“好き“という感情。

童話の中でしか出てこず、ルーベルナさんたちに聞いても確実に納得できるものでなかったその言葉が、やっと自覚される。

いや、厳密に言えば少し前からされていたのだろう。


目の前にいる好きな人が、自分から言ってくれた。

この機を逃したら、きっと僕は一生その言葉を言えないだろう。

だから、僕は口を開く。


「僕も、好きだよ。」


隣に座る彼女は微笑んで、僕を見る。


雪が視界に映らないほどの温かさで、その瞳は優しく僕を見つめる。


何を思うでもなく、僕たちは近づいていく。


今こんなことを言ってしまっては、彼女が生きていく上での枷になってしまうんじゃないか。

言い訳と言われるかもしれないが、そんなことをずっと考えて、自分の気持ちを伝えることすらできなくなっていた。

でも、それでも、伝えたい。

未来を変えて、いつか、笑い合える日がまた訪れる。

それを約束するために、僕は彼女の目をまっすぐに見て言う。


「十年経っても、百年経っても、一万年経っても、僕はサレナが好きだ。

絶対、ずっと好きだ。

だから、待ってて。」


「うん………!」


涙を流しながら、彼女は僕に抱きついてくる。

たった数分間の抱擁。

この瞬間を手放したくないと思うのに、心は次のこの瞬間を探し求めている。


「絶対、大丈夫だから。」


「うん。大丈夫。」


僕の胸に蹲りながら、彼女は言う。

何度もその言葉を繰り返し、僕も何度もその言葉を繰り返す。

数千年の間は会うことができない。

だから、言えるうちに言えるだけ、互いを思う気持ちをぶつけ合う。

ずっとこのまま過ごしていたい。そう思っているはずなのに決断できない弱さが、胸の中を強く締め付ける。サレナを置いて行くこの現実に、弱さを噛み締める。


「あの、さ………」


少しだけ身体を離し、サレナは僕を見る。


自分の方に僕を抱き寄せる彼女を受け入れる。


唇と唇が重なり、温かい感触が伝わってくる。



━━━━━その時、あの感覚が再び身体中を襲う。天が落ちる、あの感覚を。


顔を離し、素早く立ち上がって空を見上げた僕の視界の中に、落ちてくる何かが映り込む………?

川に落ちていったそれを、僕と彼女は呆然と見つめることしかできない。

「え…?今のは……?」

「多分、前に見た時空神だと思うけど………」

何が起きたのかわかるはずもなく立ち尽くしていると、しばらくして神は川から出て姿を現す。

そして、前とは違って僕たちの前まで宙を歩いて近づいて来て、問いかけてくる。


「道は選んだか?」


「「いや、無理あるでしょ。」」

即座に僕たちは声を揃えて反論する。

「今の何が起きた?なんで落ちてきた?しかも頭から川に直下で落ちて行った気がしたんですが?」

早口で問いかける僕に、神はめんどくさそうな顔で、

「そんなものはどうでもいい。天界でのトラブルだ。」と答える。

あ、そんな顔するんすね。上位神ってもっと堅苦しい印象あったんですけど。

本来であれば真剣にいるべき状況なのだが、状況が状況すぎて思わず笑いが出そうになる。隣にいる彼女は、耐えられずに笑い声が漏れている。

「それで、答えは出たのか?」

「あの、答えが出るも出ないも、まだ前に言われた時から一年経ってませんよ。

後6時間くらいありますよね?」

1分ですら惜しいというのに結論を聞きにきた神に、言い返す。

「……………………また来るとしよう。」

それだけ言って、その神は消えていった。


なんだったんだ………

謎が深い疑問を感じつつも横を見ると、ちょうどこちらを見たサレナと目が合う。

ドキッとして視線を真逆に送った時、僕たちの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。

振り返ると、こちらに向かって駆けてくる人たちを見つける。

「はぁ、ついにここまで大っぴらにイチャイチャするようになったのね。」

クレムが呆れたように言い、僕たちはしていないと反論する。

「していないと言うことは、今日が最後の日だというのにキスもまだなのか?」

意地悪っぽく、パトリスさんが耳打ちしてくる。

もうやだこの人たち。

別に何しててもこっちの自由じゃんなんて思いつつも、時間も少なくなってきているため僕は口を開く。

「みんなにプレゼントがある。」

その言葉に、サレナ含む4人の生徒たちは顔を見合わせながら嬉しそうな顔をする。

こんな顔を見れるのも今日が最後なのだという事実に胸が詰まりかけながら、僕は話を続ける。

「みんな1年間よく頑張った。だからそのご褒美に、これを渡したい。」

自己収納空間から杖を取り出し、それを1人ずつ渡していく。

「と言うわけで!魔法使いらしく杖です!」

「「「えぇ……」」」


え?マジ?喜ばれないのこれ。

サレナ以外は明らかに興味を示していないし、サレナですら苦笑を浮かべている。

「だってこれ持ち運び不便じゃない。」

なぜ喜ばれないのか思案していることを見抜いてか、クレムがみんなの思いを代弁する。

な、なるほど。ならば問題ないではないか!

「その杖をそんじょそこらのものと一緒にしないでくださいよお客さん。

この杖のことを考えながら、消えろと念じてみてください。」

顔を見合わせつつも、全員が杖を受け取って同じことを考える。

すると、杖が消えたではありませんかッ!

「え!?どういうこと!?」

困惑する生徒たちを前に、

「次は現れろと念じてみてください。」と言う。

もはややっていることは夕方の街でたまに見るセールス合戦だ。

再びみんなが目を閉じて念じると、杖が現れる。

「ふっふっふ。この杖は魔法によって収納が可能になっているのだよ。」

ちなみに、原理的には自己収納空間を作り出してその中と本人の元を行ったり来たりさせているだけだ。

リュシアさんがやっていた杖の出し入れを僕がおそらくこうだろうというフィーリングで考えたものなので発案者はリュシアさん。魔法術式の組み立てはルーベルナさんの提供でお送りしております。


ちなみに、魔力は各自持ちで、僕がやったのは杖の作成と後一つ。

「このクリスタルは?」

杖の先端、丸くなっている部分に包み込まれるように浮いているそれを見て、クレムが言う。

「装飾じゃないの?」と言ったエートを見ながら、チッチッチ。と指を動かす。

「杖を握って魔力を込めてみて。」

言われるがまま、みんなが魔力を杖に込めていく。

すると、クリスタルに小さな魔法陣が描かれ、透明だったクリスタルは色を変える。

「これで、みんなの魔力と杖のクリスタルにある魔法陣が同調した。

このクリスタルはなかなか優秀で、取り出せば杖が勝手に自分の近く5メートル以内まで近づいてくる。もちろん、今みたいに手に持つことも浮かすこともできるし、近くから遠くに飛ばすこともできる。」

そして………

「魔法の強化も盛り込まれています!」

その言葉に、小さな歓声が起こる。

「どれだけ時間かけたの?」

「えーっと……一本作るのに10日間くらい?

ルーベルナさんがやってくれてるのも含めると11日かな。」

手作りにこだわったせいで木を削るのに3日、クリスタルに関しては鉱物を拾って削って魔法術式を組み込んでと7日はかけた。

「そ、そんなに………」

驚いていたみんなが、さっきはごめんなさいと言ってくる。

まぁ、杖を使うのはリュシアさんの時代だけなのかもしれないし心へのダメージはないので特に言うことはない。

「みんなが喜んでくれるなら嬉しいよ。

ね、ルーベルナさん。」と応えると、光の中からルーベルナさんとロックを抱えたセルフィスさんが出てくる。

「メルぺディアくんが送りたいと言ったんですから断ることもありませんよ。

皆さんも1年間よく頑張りました。」

にっこりと微笑むルーベルナさんに、みんな頭を下げる。

そこに、「ここにいたのか!」と声が響く。

「フロウさん…どうしたんですか?」

走ってきたモイトン先生とフロウさんを見て、僕は尋ねる。

「もう時間も長くない。みんなで送別会をやろう!」


ということで、僕たちのために教室に戻って送別会が開かれることになった。

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