不死鳥
『なんだ、ちっぽけな炎だな。
こんなんじゃ触れてもぬるくもないぞ。』
ゆらめく炎が、嘲笑とともに言葉を発す。
『いいのか?
お前が護りたいと思った相手は苦しみ、お前を護りたいと思った相手は自分を責めているぞ?
お前は、自分が命を投げ出さないといけない状況を作ったあいつらが悪いとでも言うつもりか?』
勝手なことを言うな。
そんなこと、微塵も思っていない。
思うはずもない。
『哀れだな。
自分が愛した者を護ったがために、その相手を苦しめている。
それなのに、お前は何もしようとしないではないか。』
うるさい………誰かもわからないお前に、何がわかる。
『こんなことを言われて悔しいとも思えないのなら、お前はただの敗者だ。
誰かの力に頼り、誰かに助けられ、今傷ついている奴らを救うのですら、誰かが自分の代わりにしてくれると思っているのだろう?』
悔しいに決まってる。
何もできなくて、想いも伝えられなくて、それどころか苦しみを背負わせて。
できることなら、叶うことなら、今すぐにでも駆けつけて自分は大丈夫だと言いたい。
『できるできないで物事を判断して、それで自分が正しいと思っているのか?
やるかやらないかの問題だと思うことすらできないほど、落ちぶれたのか。
その炎はなんのためにある。
自分以外の誰かを照らすための炎じゃないのか?
誰かを苦しませるための炎だったのか?』
次々と放たれる言葉に、怒りが込み上げてくる。
なんの権利があってそんなことを言っているのか。
同じ状況になった時、お前ならどうするのか。
同じ苦しみを味わっていないやつが、苦しみを語るな。
『結局、自分を救ってくれた奴らを地獄に叩き落としたのは、お前だったみたいだな。
お前は自分を悲劇のヒロインのように見ているだけだ。』
その言葉に、プツン。と何かが切れる。
叫び上げるように放った怒声が、どこか遠くに消えていく。
ただ、虚無に消えたわけじゃない。
どこか遠く。それでも、消えていった先がどこなのか、僕は知っている気がする。
それに気づいた時、鼻で笑うような音が聞こえる。
『それくらいの方が、お前らしくていいではないか。
やはり、炎は熱く燃えたぎっている方が美しい。
俺はまだやらなくてはならないことがあるのでな。
炎を絶やすなよ。少年。』
笑い声が響き、その炎が消えたことで視界は暗黒に染まっている。
「待って………あんたの名前は!?」
暗闇の中で、言葉が響く。
『………炎皇神。
熱苦しいほど、人の輝きと温もりを愛し信じる神だ。』
その声が消えると同時に、暗黒の世界に眩い光が差し込む。
光の先から伸ばされた手を、しっかりと掴む。
思わず流れそうになる涙を、拭う。
「遅くなっちゃってごめん……それと………おかえり。」
ありったけの笑みと共に放たれた言葉に、俺も心からの笑みで応える。
「ただいま!」
セルジュの死から時間が経ち、夜もふけきってもはや朝日が昇ろうとしている。
そんな森の中で、僕はサレナと共にそこに立っていた。
絶対に護ると誓った相手を失った場所に、目を向ける。
あの時に感じた、僅かなセルジュの温もり。
身体が傷つかないようにとモイトン先生とパトリスさんが張ってくれていた結界を壊し、ゆっくりと落ちてくるセルジュを抱え込む。
最後に触れた時よりも、明らかに力が弱まっている。
正真正銘、最後のチャンス。
たった数時間でも、できる限りを尽くした。
きっと、リュシアさんと過ごしていた時以上に魔法を試し、思考し、やり直した。
しかし、どうしても脳裏をよぎる。
絶対に護ると言ったのに護れなかった命が、目の前にある。
あの時の自分の無力さを噛み締め、本当にできるのかと自分に問いかける。
今までなら大丈夫だと言い聞かせれたはずの僕の体は、その回答を拒否している。
結局、無駄に終わるのではないか。
救えないのではないか。
息を吐く。
手が震える。
足が震える。
指が震え、それでも僕は手を彼の胸に当てる。
早くなっていく鼓動と呼吸が、強く響いてくる。
そのとき━━━━━冷え切ったその手に、温かい感触が訪れる。
顔を上げると、柔らかい笑みを浮かべたサレナが手を乗せ、真っ直ぐに僕を見ている。
頷いて、大きく息を吸って吐き、目を瞑る。
崩れかけた魔法陣を、再生させていく。
作り直すのではなく、崩れた場所をつなげ止めるように。
静かに、ゆっくり、優しく。
だんだんと、魔法陣がほのかな熱を帯びていく。
彼も、戦っているのだ。
運命に抗うために、自分を奮い立たせて。
それなら、やらなければならない。
僕を信じてくれた人を、裏切るわけにはいかない。
そして、魔法陣が組み上がる。
「っ━━━━━━」
一か八かの賭けに敗れたことを、実感する。
それは、この魔法の詠唱について。
今まではフィーリングでなんとか魔法を紡いできた。
だが、この魔法を使うための詠唱がわからない。
もしかしたら不要なのではないかという小さな可能性に賭けてきたが、やはり世界は思い通りには進ませてくれない。
手詰まりか………クソッ…………!
握りしめた拳が、熱くなっていく。
『借りを返す時が来たようだな。』
脳内に、声が響く。
魔法陣に、詠唱が刻まれていく。
声の主が誰なのかはわからないが、今はそんなことを考えていられない。
詠唱を読み解き、その魔法を発動させるためのものであることと本来存在しない効果を付け加えるものではないことを確認する。
そして、詠唱を開始する。
「『━━━━━黎明に堕ちたその翼よ。
灰に沈みし魂を抱き、暁の火にて己を焼け。
絶望の黒より昇る光、終焉より生まれる始まり。
不滅なる焔の王よ。天を翔け、死を喰らい、己が命の環を描け。
いま再び、黎の彼方に羽ばたく為に。
━━━━━━暁焔天翔鳳』」
灼熱の炎が、魔法陣の淵をなぞる。
焔が廻り、魂が姿を表す。
燃えたぎる炎に臆すことなく、僕は手を伸ばす。
熱いようで、その炎は温もりで満ちている。
魂に炎が灯り、命が返り咲く。
そして、僕は安堵と涙と共に、笑いかける。
「おかえり」と。




