護れない絶対
「とりあえず一体。」
そう呟いた男の体を吹き飛ばす。
「お前たちは………なんのために……………」
その問いかけに、
「これが戦争ってもんだ。
命が奪われることにいちいち理由を求めてちゃ終わりだぜ?」こちらを見る男の一人が、吐き捨てる。
正直、どんな理由をつけられたところで考えは変わらない。
ただなんとなく聞いておこうと思っただけにすぎない。
「セルジュ!起きて!目を覚ましてっ!」
痛々しい叫び声が、森の中に反響する。
目を開くことのない少年を抱き抱える少女を見て、奥歯を噛み締める。
何かが欠けたような音が直接、脳に伝わる。
「仇は取る。」
虚空に呟き、宙に浮きながら魔法陣を作り始める。
漆黒の闇が辺りを包んでいく。
「お、おい!この魔力はおかしい!撤退だ!」
それぞれの手段で撤退を試みる敵は、闇の壁に阻まれて逃げられなくなる。
「『断絶虚環封……………』逃げられると思うなよ。」
漆黒の壁を叩くその敵を見下ろしながら、魔法陣が組み上がっていく。
「あいつを殺せ!」
その声と共に一斉にこちらに放たれた魔法を、一瞬にして撃ち落とす。
制約によって詠唱を行わず発動された『深淵重力禍殃殿』により、周囲は重力に包まれる。
その重力を操り、その場にいる仲間全員を守りながら魔法を発動させる。
「『天穹星羅幻燈葬━━━━━━』」
その星の輝きはいつもより鈍く、濁って見えた。
風が止んでいた。
音も消えていた。
吹き飛んだ木々の残骸が陽光を浴び、白く乾いた影を落としている。森だったはずの場所は、ただの荒野に変わっていた。
僕はその中に立っていた。
いや、立っているというより、ただそこに“いた”。足が動かなかった。ただ、身体の芯まで空っぽになって、力が抜けていた。
少し先で、少女が泣いている。
腕の中には、動かなくなった少年。
毎日のように大声を張り上げていたその口は、柔らかく結ばれて開かない。
その姿が太陽の光に照らされ、まるで時間が止まっているように見えた。風に揺れる髪、震える肩、こぼれ落ちる涙。
どれもが、遠い世界の出来事のようで現実感がなかった。
怒りはもうなくなっている。すべてを吹き飛ばした感情の残滓すら、今はどこにもない。代わりに、胸の奥に沈んでいるのは、言葉にならない重さだけだ。
自分は、何をしていた?
どうして、ここにいるだけなんだ?
問いが浮かぶたび、視界が滲んだ。それでも目を逸らせなかった。少女の肩が震えるたびに、胸の奥で何かが軋んだ。
足元には、折れた枝と砕けた石。その中に混じって、焦げた葉が一枚、風に乗って揺れていた。葉が地面に落ちるのを、ただ、目で追っていた。
手を伸ばせば届く距離なのに、指一本動かせない。
喉が焼けるように痛む。呼吸が苦しい。それでも、声も咳も出なかった。
陽光はあまりにも明るく、その穏やかさが、壊れてしまった世界をより鮮明に見せつける。まるで、何も起きなかったかのように。
今さっきまでと全く同じ世界が今もそこにあるように。
少女の嗚咽だけが、世界の中でたった一つの音として響いていた。僕はただ、その音に縫いつけられるようにして、立ち尽くしていた。
誰かを守るための魔法を教えていたはずなのに、僕は守れなかった。
虚空を映していたその目に、ふらふらと歩く一人の少女が映る。
「絶対守るって言ったのに。嘘つき。」
そう呟いて隣を通り過ぎていく少女を、追うことができなかった。
幾度となく頭の中で繰り返した“絶対“という言葉が、今一度頭の奥底で響く。
絶対助けるとか絶対守るなんて言いながら、僕はなにも成し遂げられていない。
魔法を極め、どれだけ努力を重ねようと、届くかどうかなんてわからない。
嫌気がさす。
馬鹿馬鹿しい。
努力はいつか報われると思っていた。
ここにいる全員が、明るい未来を信じて努力を積み重ねてきた。
それなのに、その努力は泡沫のように消えた。
ならば、努力とはなんだろうか。
叶わないなら、努力なんて無駄ではないだろうか。
そんな思いだけを繰り返し、僕は一歩前に足を進める。
一歩を踏み込むたびに、自分の手で守れなかった相手の姿が鮮明に映り込んでくる。
眠るように倒れている彼の身体を、そっと抱き抱える。
魔法は、万能のように見えて万能ではない。
怪我を癒すことはできても、奥深くまで傷ついた心や死んだ命を甦らせることはできない。
魔法によって与えられた死は、戻らない。
時間を巻き戻せば可能だが、それはあの神が許してくれないだろう。
その胸に手を当て、僕はハッとする。
でも、もう次は言えなかった。
“絶対に助けるから大丈夫”なんて言葉は、もう僕の辞書から消えてしまった。
夜、力無くベッドに横たわっていた僕の耳に、扉が叩かれる音が聞こえる。
エートか、サレナかクレムか。
誰にしたってなんと言えばいいだろうか。
話をする気力もないが、ここで話さずに逃げる権利も持っていないため、起き上がって扉を開ける。
「少し、お時間よろしいですか?」
姿を見せたのは、先程までクレムと話をしていたであろうルーベルナさんだった。
部屋の中で手際よく準備し、軽食と飲み物を持ってきてくれる。
「きっとなにも食べていないんですよね?
食事はちゃんとしないと倒れますよ。」
食べやすいサイズに切られた小さなハンバーグを僕は一つ食べる。
相変わらずの美味しさにいつもなら溢れる笑みが、今日は出ない。
「とあることを話しにきました。」
「とあること?」
顔を上げた僕に、ルーベルナさんは頷き、話し始める。
「これは、あなたのお父さんについての話です。」
「あなたの父………エール・ペグレティアスは、ある大きな町に生まれました。
その頃の世界は魔力が濃く、生まれてくる子供たちは魔力に適正があるかという大きな分かれ道に立たされました。
魔力への適性度が高ければなにもせずともいいですが、適性が低ければ魔法によって世界の魔力を身体に馴染ませる必要があります。
そして、適性がない場合は死に至るというケースも珍しくはありません。
小さな町で子供が産まれる時は、近くの町にいる魔法使いにきてもらい魔力の調和を受けることになります。
ただ、彼のいた町は大きかったので常駐の魔法使いがおり、その人が魔力の調和を行うことになりました。
彼が生まれ、魔力の調和が始まったのとほぼ同時に、1週間以上後に産まれると思われていた子供が一人、同じ町で生まれました。
魔力の調和にかかる時間は1時間だったり1日だったりと様々ですが、あなたのお父さんは実に3日の時を要しました。
その間に、もう一人の子供は調和ができずに死亡し、町は暗い雰囲気に包まれました。
『お前は、あの子の分まで立派に生きなければならない。』
彼の両親は町中からの悪印象を払拭するため、それだけを彼に強いました。
まだ0歳だというのに毎日目の前で魔法書を開かれ、できるかどうかもわからない“世界の魔力を抑え込む魔法“の可能性を教会の神父から知らされた両親に、過度な教育をされました。
結果、当然のように彼の心は限界を迎え、5歳の時に家を飛び出しました。
商人の馬車に潜んで町を抜け出し、次の街へと逃げたのです。
しかし、そこで彼は魔力の調和ができずに亡くなっていく少女の姿を目の当たりにします。
その子の両親、そして本人のことを思った彼は、自分が生きていることの重さに実感を覚え、だからこそ、決めたのです。
“自分が世界中の命を救う“と。
それから10年、彼は魔法を独学で学び続けました。
天界から見ていたからわかりますが、幾度も失敗を重ね、過去の文献を漁ってきては失敗しての繰り返しでした。
それでも諦めることなく研究を続け、15になるときに私と契約を交わし、16になったときに大魔法総学会に世界の魔力量を減らす魔法を提示しました。
その魔法は超級魔法と認められましたが、彼は極端に魔力量が少なく、術式を作って魔法陣を描くことはできても魔法を発動させることができなかったのです。
そのため、出来もしない夢を見せるなとバッシングを受け、引きこもりの生活を送るようになってしまいました。
彼の母親が噂を頼りに訪ねてもきましたが、できない希望を持たせてはいけないと魔法についてはなにも言わず、ペティアさんは実の母に絶縁を宣言しました。
この時、彼の両親は離婚。父親は息子を家から逃げ出すほど追い込んだ罪悪感から自殺していました。
そんな出来事があってから1年、ペティアさんの人生を大きく変える出会いが訪れます。
ルミーシア………のちにペティアさんの妻となる人であり、あなたのお母さんです。
彼女が持つ魔力、そして彼女と契約したセルフィスの魔力に、ペティアさんは可能性を見出し、そして、魔法を学び始めて17年、ついに彼は世界の魔力を石に変えて封印することに成功しました。
何度も諦めかけ、苦しみ、自分の頬を叩いて努力を積み重ねた結果は、自分の力とその自分を信じてくれた人の力によって報われたんです。」
遠くを見つめるような目で、ルーベルナさんは話を区切る。
僕に伝えたいことは、なんとなくわかる。
お父さんは努力をした末に結果を導き出したということだろう。
だからと言って、できることとできないことがある。
「絶対と言ったのだから、最後までやり切るべきです。」
いつもとは違う厳しい声でそう残し、彼女は部屋から出ていった。
その後ろ姿を追いながら、僕は手を握り締めるしかなかった。
投稿が遅れてごめんなさい!羽鳥雪です。
予約投稿の存在が時々頭から抜け落ちていることに反生しつつ、これからも1日2本投稿頑張っていきますので何卒よろしくお願いいたします!




