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水のオーケストラ

「あのークレムさん?これ何軒目ですか?」

「ふぇ?別に何軒目でもいいじゃない。」

今日だけでこの街の食べ物全部食べるつもりじゃないかというくらい、食べ続けている。

お口直しと言わんばかりにアイスクリームを食べるクレムを横目に財布に目をやると、一気に減ったイメージは特にない。

まぁ、金貨の価値が高くて助かったと言ったところだろう。

「ていうか、そんなこと言いながらメルぺディアもずっと食べてるじゃない。、」

その言葉にギクリとしつつ、僕はアイスクリームを頬張る。

うん、美味しい。

いつも元気な彼女は今日も今日とて元気で、あっちこっちを走り回っていた。

昼から始まった日程はすでに午後6時を迎え、もうそろそろ解散しようという頃合いだ。

「そういえば、最後に見てほしいものがあるんだけど。」

連れて行かれたのは、何度も見ているいつも訓練に使っている森だ。

「ちょっと待ってね。準備するから。」

数歩前に出て浮き上がり、クレムは魔法陣を描き始める。

一つではなく、いくつもの魔法陣があちこちに作られていく。



世界が、息を呑んだかのようだった。



舞台の中央に立つ一人の少女が、ただ一度、指を鳴らした瞬間。静寂を切り裂くように、水が浮き上がる。

地面から噴き上がる蒼い柱。

それはまるで海そのものが天へ逆流したかのようで、波の群れがうねりながら、天井に届くほどの水の塔を描き出していく。

その塔が震え、やがて形を変えて、巨大な龍へと姿を変えた。鱗一枚一枚が水の膜で作られ、光を反射して七色に輝く。龍は僕の上を旋回し、尾を振るたびに霧が流星のように散った。


龍が溶け、水の鱗が舞い散る。それらが宙で融合し、今度は巨大な花園となる。百の花弁が同時に咲く音が、確かに聞こえた気がした。水の花びらは空気の流れに合わせて揺れ、滴が落ちるたびに光が弾け、そこに雨の虹が生まれる。


その虹の中を、無数の水の鳥が飛んでいく。翼を打つたびに羽が砕けて霧となり、その霧が再び集まって、一人の女性の姿を表す。

透きとおる肌。髪は流れる滝のように。その足元には水の輪が生まれ、森全体がひとつの湖へと変わっていく。

水面が揺れ、波紋が生まれる。

波紋の中心には、淡い月が浮かんでいた。空の月が映っているわけではなく、一人の少女が作り出した水の月。

月光が、空へと伸びる一本の光柱となる。その光が弧を描き、頭上に円状の天蓋を形成する。天井に張り巡らされた水の膜の内側で、星々が瞬き始めた。水面の中に夜空が浮かぶように、水滴が星となり、流れ星が尾を引くたび、顔に冷たい雫が落ちる。


その瞬間、音楽が流れた。

どこからともなく、透明な鈴のような音が響く。水の振動が音になっているのだと理解する頃には、龍の残響、花の滴、鳥の羽ばたき━━━━それらすべてが一つの楽章に変わっていく。



少女がゆっくりと手を下ろすと同時に、水の月が崩れ、空から無数の雫が降り注ぐ。まるで、天が涙を流しているかのように。最後の一滴が落ち、地面に光の波紋が広がる。

そして、静寂が訪れる。

だが、その静寂の中に確かにあった。


彼女が奏でた、命の音が━━━━━。





クレムが降り立ってくると同時に、僕は拍手を送る。

今のは、そう単純にはできないものだろう。

緻密な魔法技術と、それを可能にする魔力量と魔力の制御法。

それらを並び立てた彼女だからこそ可能な逸品だ。

「どう?あなたが私に魔法を教えている甲斐があったと思えるものだった?」

「すごく綺麗だった。」

うまく口に出すことができず、それだけ答えて僕は頷いた。

満足げな笑みを浮かべ、彼女は続ける。

「実を言うと、私はセルジュの持つ呪いがなんなのかわからない。

でも、私の願いはあの子が元気に育ってくれることなの。

私のお母さんも、いつもそれを願っていたから。

だから………よろしくね?」

差し伸べられた彼女の手を、しっかりと握りしめる。

「あ、あと私のこともよろしくっ」

「それは後出しじゃない?」

「いいじゃない別に。

ほら、帰るわよ。」

微笑んだ彼女に苦笑し、僕たちは帰路へとついていくのだった。





「起きてる?」

扉をノックすると、ガチャリと音が鳴ってサレナが姿を現す。

一対一で話をするという今回の試みも、彼女で最後だ。

それにしても………

「体調悪そうだけど大丈夫?」

今にもバタリと倒れてしまいそうなほど、サレナの目は薄くしか開かれていない。

「だい……じょう………ぶ………」

これは大丈夫じゃなさそうだ。

「とにかく今日はもう寝たらどう?

治さないと明日からもきついと思うけど……」

そう言ってみるも、彼女は首を横に振る。

「今行くから━━━━━━」

靴を履こうとして、サレナは倒れ込む。

急いでその身体を支え、僕は悩む。

まぁ、寝かせた方がいいよね。

熱などがないことを確認し、僕は彼女をベッドの上に寝かしつけるのだった。





「おはよう。」

ゆっくりと目を開いたサレナを覗き込み、僕は笑顔で声をかける。

静まり返った空間に二人だけという状況だが、いまいち飲み込めないのかサレナは目を見開いて一言も発さない。

うん?

別におかしなことはしていないと思うのだが………

「え、えっと……おはよう………」

ぎこちなくも応えてくれたサレナから顔を離し、僕は床に座る。

眠っていたのは大体3時間くらいだろうか。

「とりあえず、野菜のスープを作っておいたから温めてくるよ。」

温めると言っても、時間をかけるのはあれなので炎魔法ですぐに調理を終える。

鍋に入っているそれを容器へと移し替え、ベッド横の机に運ぶ。

「色々迷惑かけちゃって…ごめんなさい。」

身体を起こすサレナの顔は、少し赤くなっている。

先ほどまではなかったはずだが、熱が出てきてしまっただろうか。

「もう安静にしておいて、話とかはまた次の機会にしよう。」

そう伝えてみるも、やはりサレナは首を横に振る。

「さっき倒れちゃったのは睡眠不足が原因だから………もう寝たから大丈夫。」

それを証明するかのように、彼女は持ってきた野菜スープをペロリと食べ終わる。

「少しだけでもいいから……時間もらえないかな?」

真剣な顔で僕の目を見るサレナの申し出を断り切ることができず、僕たちは結局外へと歩きに出ていくことになった。

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