実戦訓練
「ということで、今日は実戦訓練だ。全員、僕に攻撃を仕掛けてくるように。
もちろん空を飛んでもらっても構わないしこの森から出なければ好きにしてもらっていい。
こっちも反撃するからそのつもりでいるように。」
朝の9時、その言葉と共に全員の顔が引き締まる。
4人が僕の周りを囲み、それぞれの準備を終える。
「それじゃあ、スタートだ。」
開始と同時に、風、炎、水の魔法が一斉に襲い来る。
さらに回避をさせないために地面が変形し僕の足を固定する。
これは………魔法自体の効力は僕をこの場に拘束するためだけのもの。
しかし、それにしては魔法陣が複雑すぎる。
風呂場での一件で説明した時に言った魔法陣解体の存在をサレナから聞いて魔法陣の解読難易度を上げてきたということか。
「面白い。」
飛来する魔法が直撃する瞬間、周りを囲むように防御魔法を展開する。
その爆発によって生じた煙の中で、防御魔法の消耗率を見る。
今の1発でほどんど削られた………魔力を温存しているとはいえ、十分な威力だ。
4人の力を一つに集約すればログレン王が放とうとしていたあの魔法にも余裕を持って打ち勝てるだろう。
そんなことを考えた刹那、視界の隅で青い光が浮かび上がる。
さっきの攻撃で削りきれなかった防御ごと、接近して一気に吹き飛ばそうという考えか。
もう魔法陣を描き終える直前のクレムの姿を捉え、僕は笑みを浮かべる。
ほとんど教えてこなかった連携を、自分たちの各自の判断で的確にこなしてくる。
だが、少し遅かった。
足元の魔法陣を破壊し、一気に跳躍する。
本来当たるはずだった対象を無くした魔法は、その直線上で次の魔法陣を描いていたエートに向かって放たれる。
その結末を見る前に炎が飛来し、それを躱す。
瞬間、時を待っていたかのように宙に巨大な魔法陣が描かれる。
解体………いや、これは無理だな。
判断すると同時に加速し、魔法陣の下を高速で飛行する。
それを追うように、いくつもの風の刃が魔法陣から放たれてくる。
サレナの持つ密度の高さで放たれる広範囲の攻撃魔法。
回避は十分間に合うが、こちらの速度にもついてくる上に自動追尾。
4分の1でも速度を落としたら直撃だな。
木と木の間を縫うようにすり抜けながら、低空飛行を続ける。
前方、僕の進行方向上に魔法陣が描かれる。
避けることなく、防御魔法を張ってその中に突っ込んでいく。
体が完全に魔法陣の中に入った瞬間、下から火柱が立ち昇る。
周りからの視界が絶たれたその一瞬で魔法陣を構築し、それを空に向けてぶっ放す。
「氷牙」
たった1発。
しかし氷が密度で始めるギリギリの強度まで圧縮した鋭い牙が空気を穿つ。
現在進行形で僕の周りを渦巻いている炎との相性を考慮し、防御魔法を展開。
火柱を抜けると同時に解除し、その魔法が宙に広がった魔法陣に風穴を開ける手応えを確かに感じる。
魔法陣解体によって地面に描かれた火柱を解除し、残りの風の刃を防御魔法で受け止める。
刹那、再び急接近してくる人影が一つ。
「魔法陣解体とか反則でしょ!」
防御魔法一枚を挟んだ向こう側。こちらに突撃しながら手のひらを向けて全力で魔法を発動させているクレムが叫ぶ。
「その魔法も破壊しようか?」
「くっ………!」
クレムから放たれている魔法を解読した時、突如として魔法術式が微妙に変化される。
「…………!」
そう。僕が求めているのはそれだ。
土壇場だからこそ発揮される、日頃の訓練では見えない力。技術。
がむしゃらにやってできた偶然だとしても、それは今までの積み重ねがあったからに過ぎない。
今この瞬間、クレムは新たなステップへと踏み込んだと言える。
ならば、完成度が高いわけではないが、こちらも一歩踏み込んだ魔法を使うとしよう。
防御魔法を発動させたまま、片方の手で宙をなぞる。
「彗光断章。」
一つの巨大な魔法陣が描かれ、星が落ちる。
それとほぼ同時。
「大地巨震!」
地面が吹き上がり、飛び上がったあらゆる物体が一つに集約されて空に向かって放たれる。
威力も高い上に地盤を崩すことで相手の動きを乱すことまでできるいい魔法だ。
しかし、それだけではあの星を砕くことはできない。
「爀耀譚詩!」
遠方から声が響く。その威力は、もはや上級魔法にも匹敵する力。
渦巻く炎が飛来し、僕の魔法に亀裂を入れる。
「よくここまでできるようになったな。」
それが素直な感想だった。
僕が教え始める前までは魔力の込め方にムラがあり、魔法が強くなればなるほど弱くなっていた頃とは大違いだ。
「その魔法、似合ってるぞ。」
一瞬。
ゼロ距離まで接近した僕は魔法を発動させる。
なんとか距離を取ろうとするセルジュと自分を暗黒の空間に閉じ込める。
「か、身体が動かなッ………!?」
「炎獄烈火。」
放たれたその魔法を避けることもできず、セルジュは結界ごと吹き飛ばされる。
すぐさま僕を閉じ込めるように展開された土の壁を炎獄烈火の余波で焼き払い、膝から崩れ落ちるエートに視線を向ける。
魔力切れ………
ただ、彗光断章を崩し切っただけでも十分すぎるほどの成果だ。
そして、空に目をやると二人の少女が詠唱を行なっている。
「「静謐に沈み、泡沫の底より呼び戻せ。
水面の揺らぎは夢の欠片。
全てを包み、全てを飲み込み、静寂へと還らせん。
世界を廻る新たな物語を紡ぐため、その力を今解き放たん。」」
快晴の空に刻まれた、青と緑の混合魔法陣。
世界から浮き上がっているかのように、その魔法は圧倒的な存在感を放っている。
「「碧蒼廻黎舞!」」
空気を震わせるように、空間が微かに歪んだ。
螺旋を描く光の群が浮かび上がり、まるで無数の欠片がその中心から花開くかのようだ。
水晶のように透き通り、内側に淡い光を抱くその欠片が螺旋の軌跡をなぞるたび、空気が鈴のように鳴る。
ただの装飾などではない確かな魔力の塊は、回転が速まるごとに幾何学的な模様へと変化していく。
風が止み、音が消える。
その魔法の行く末を最後まで見守らせることもなく螺旋が崩壊し、砕けた光の残滓が降りそそぐ。
確かに、風と水の2色が入り混じる舞のようだ。
短期間の成長を感じながら、魔法陣を描く。
「黒淵殲滅奏宴」
小さく呟くと同時に、漆黒の魔法陣が光り輝く。
噴き上げられた炎によって、無数の光が飲み込まれて燃え尽きる。
「まだまだァァァ!」
世界にクレムの声が響き、砕け散った水の魔法が体積を増やす。
それが炸裂し、漆黒の炎に僅かな揺らぎを生み出す。
この魔法を揺らがせるとは………
そして、現れた一瞬の隙を突いてサレナが魔法を構える。
威力や大きさはおそらく考慮していない、ただただ速さだけを求めた1発の風の刃が、放たれる。
━━━━━━━いい攻撃だ。
だが、このまま負けたら師匠としての威厳もなくなるというもの。
とっておきを使わせてもらおう。
目を開き、その魔法を発動させる。
試運転ながら、結構な自信を持っている。
「天穹星羅幻燈葬」
その目がいつもより少し大きく見開かれると同時に、私が放った魔法はどこかへと消し飛んだ。
そして、魔法の標的となっていた人は先ほどまでと同じ姿でその場に浮かんでいる。
ただ、瞳には魔法陣が刻まれている。
極小も極小。
とてつもない高度な魔法陣を、瞳に浮かべられる程の大きさまで縮小している。
正直言って、何をどうやったらそんなことができるのかわからないレベル。
私が魔法を圧縮してできる次元じゃない。
しかも、あれだけの魔法でありながら私たちが放った魔法を相殺できるように威力を調整している。
ただでさえ扱える属性の数に差があるというのに、技術も力も数段どころではない違いがある。それを、改めて思い知らされる。
まだまだ修行不足ってことか………
魔力切れによって視界が揺らぎ、何かを考えることもできずに私はその場に倒れ込んだ。




