別れ
「そろそろ旅立ちの時間だ。」
そう言って、リュシアさんは僕たちを連れて家から出ていく。
あの後、僕は丸一日倒れていたらしく、次の日……今日の昼くらいに起きた。
それからリュシアさんの体が再び透明になり始めていることを問い詰め、しかし彼女は何も答えてはくれなかった。
最後の夕飯を食べ、僕は星の見えない夜に立っていた。
「濃夜と言ってな。星も月も見えないほど暗く深い夜だ。本当に時々だが、1日だけ訪れる。」
空を見上げていた僕の前を歩きつつ、リュシアさんは教えてくれる。
たどり着いたのは、家からさほど遠くない広々とした草原だ。
「そういえば、お前に称号をつけてやろうと思っていたんだったな。」
急に立ち止まって、彼女は僕の前に歩いてくる。
「称号って言うと……リュシアさんだと『史上最恐の魔法使い』みたいなものですよね?」
そう尋ねると、彼女は頷きながらも少し否定する。
「それは人々が勝手に言い出しただけで、誰かが私に直接つけたものではない。
一応、私につけられた正しいものには、『星辰の魔法使い』と言うものがある。これは私の師匠がくれたものだ。」
「師匠というのは、リュシアさんが若い時に出会った人ですか?」
「いや、その人じゃない。もう少し後に出会った人だ。」
そう言いつつ、リュシアさんは少し悩む。
「何がいいか………」
悩み始めて1分ほど経ち、彼女は口を開く。
「昨日お前が使った魔法から名を借りて、『穹燈の星葬主』なんてのはどうだ?」
「穹燈の、星葬主………」僕の口から、その言葉が漏れる。
なんだか、それは僕の魂にまで刻み込まれたような感覚さえ感じる。
「あ、ありがとうございます。」
「特に感謝されることもない。お前の一年の努力の成果だと思え。
まぁ、あの魔法にお前がレクイエムなんて名前をつけたと知った時は驚いたがな。」
小さく笑みを浮かべたリュシアさんに、
「だいぶ前、星はたった1万年では死なないと教えてもらったことがありますよね。」と言う。
「あぁ、言ったな。」
「それでも、1万年を超えて数億と時が経てば、星は燃え尽きて死んでしまいます。
その時に、その死を温かく見送れるようにという思いを込めたとか込めなかったとか………」
少し気恥ずかしくなって、僕は言葉を濁す。
それに気づいてか、リュシアさんは笑って、
「いいじゃないか。レクイエムといえば鎮魂歌だが、葬いではいけない理由にはならない。
どちらも、その最期を見届けることに変わりないだろうからな。」と言ってくれる。
「さぁ、そろそろ別れの刻だ。」
優しく微笑んだ彼女に、僕は頷いて前へ出る。
その横について、ルーベルナさんとセルフィスさんも歩いてくる。
「1年も、ありがとうございました。」
もう、姿が認識できるかすら微妙なほど透明になっているリュシアさんに頭を下げ、僕はお礼を言う。
「こちらこそ、楽しい1年だった。
ここ数100年の中で、これほど笑った一年はこれが初めてだ。」
そう言って笑みを見せる彼女に、僕たちも笑う。
大丈夫だ。今消えかけている理由がなんであっても、僕が必ず助ける。
1万年の旅が終わったら、また戻ってこよう。
そう思えば、今この一瞬の別れが多少は悲しみではなくなる。
「………元気でな。」
「…………はい!」
そして、僕は魔法陣を作り始める。
時空逆流。それをリュシアさんに見せる時が訪れる。
魔法陣を作り終わり、僕はリュシアさんに向き直る。
数歩進み出て、彼女は
「最後に、私の願いを聞いてくれないか?」と言う。
その言葉に頷き、僕は願いというものを聞いて目を見開く。
「それじゃあ、頼んだぞ。」
「ちょ、ちょっと待ってください!そんなことをしたらリュシアさんは………!」
「大丈夫だ。」
「で、でもっ━━━━━━」
「大丈夫だ。」
深い蒼の目が、僕を射抜く。
その師匠の言葉に、僕は言い返せない。
「さぁ、行ってくれ。
お前の旅が、幸福の中で終わりを迎えることを願っている。
もし、もし本当に打ちのめされた時は……………信じろ。
お前を信じる全ての人を。お前を愛する全ての存在を。
そうすれば、暗闇の中でも、きっと一番星が光り輝く。
━━━━━━たった1万年じゃ、星が死ぬことはないからな。」
笑みを浮かべ、リュシアさんは魔法陣を描く。
星ひとつなかった限りなく暗い夜の空に、無数の流星が世界をなぞる。
「メルペディア。それにルーベルナとセルフィス。ロックも。
またこんな星空の下で会えることを楽しみにしている。」
それぞれが別れの言葉を放ち、最後に僕の番が回ってくる。
「………………さようなら、リュシアさん!」
溢れそうになる涙を服で拭い、僕はありったけの笑顔で答える。
「時空逆流。」
巻き戻されていく時間の中で一瞬、僕たちがリュシアさんとこの草原に遊びにきている光景が見える。
本当に、ありがとうございました。
ただその思いを込めて、僕はリュシアさんが好きだと言った景色を眺め続けた。




