最恐の選択
あの日からさらに時が経ったが、リュシアさんの姿は薄くなっていく。
1日単位で見ると一気に変化することは無いが、1ヶ月単位で見たらその差は明らかだ。
「リュシアさん、少しいいですか?」
実験場での訓練の休憩時間、僕は思い切ってその話を振った。
「どうした?」
いつもの口調で応えるリュシアさんの目をまっすぐに見て、僕は聞く。
「なんで、姿が薄くなっているんですか?」
僕が望む答えは、“お前が気づくかどうか試してみた〜”とか、“新たな魔法を作ってみた〜”とか、マントを取り出して“透明になれる魔法具を作ってみた〜”とかだ。
しかし、彼女から返ってきた答えは全く違った。
「私の存在が、消えようとしているのだろうな。」
深蒼の目からは、変わらない視線が映し出されている。
その瞳に、僕は恐ろしさを感じ取る。
「だとしたら………なんでそんなに普通にしてるんですか!?
普通にできるんですか!?
何か解決する方法を知っているなら、早く実行してください!」
声が、建物に反響する。
それでも、顔色ひとつ変えずに彼女は言う。
「解決方法は、ないわけじゃない。」
「そ、それじゃあ━━━━━━━」
「お前を、今この瞬間に殺すなら、な。」
どこからか杖を取り出して、彼女はそれを僕の首元に突き出してくる。
一切考えていなかったこんな状況に、僕は言葉を失う。
「まぁ、わからないだろう。
だが、私はお前に修行をつけている今の時間がたまらなく愛おしい。
その時間を、奪わないでほしいと思っている。」
杖を消して、彼女は立ち上がる。
「さぁ、修行の続きだ。
この世界にもそんなに長くは居られないんだろ。」
歩き出した彼女の背中を、目で追っていく。
なぜ、そんなことが言えるのだろうか。
僕を殺せば解決すると、彼女ははっきり言った。
それなのに、なんでそれをしない?
僕の存在は、いつになっても誰かの邪魔でしかないんじゃないのか?
数々の思いが、頭を巡る。
そのはずなのに、何について思考しているのかが定まらない。
多すぎて、わからない。そんな状況が、延々と続く。
「おい、いつまで座っているつもりだ。」
強い口調で、言葉が放たれる。
顔を上げた先、突如として飛来する光弾を見て僕は咄嗟に回避する。
「な、なんで急に………」
今の今まで僕を殺せばいいなんてことを考えていたはずなのに、僕の口からはリュシアさんがとった行動への疑問が出た。
「今まで甘やかしすぎたと思ってな。
今日から1ヶ月、私のことを考えていたら死ぬほど修行を厳しくする。
それにな………」
小さく息を吐いて笑顔を作り、リュシアさんは言う。
「お前が死んだら、悲しむのはルーベルナとセルフィスだぞ?
もちろん、私もだがな。」
その言葉に、僕は息を呑む。
そうだ。リュシアさんのことばかり考えて、だったら自分が死ねばいいんじゃないかと思ってしまった。
でも、僕が死ぬことで悲しむ人がいる。
その人たちを悲しませないために、本来ならリュシアさんを倒してでも僕は生きていかないといけなのいのだと、改めて思い出す。
「大丈夫だ。星はたった1万年では死ぬことはない。お前は、歴史を歩むことができる………多くの人間を照らす星なのだ。」
その言葉に、僕は歯を食いしばってから口を開く。
「はい!お願いします!」
滲み出てきた涙を堪え、僕は声を上げた。
それから、リュシアさんの修行は一気に厳しくなった。
多い日は上級魔法を何度も発動し、魔力切れで倒れることもあった。
「お前ならまだできる。」
そんな言葉を、幾度となく聞いた。
でも、なぜかわからないが、僕が修行を進めるにつれて、リュシアさんの姿ははっきりと見えるようになってきた。
そのことを聞こうとしても言い出せず、リュシアさんが元通りになるために僕は死ぬ気で修行に専念した。
━━━━━━そして、その日が訪れる。
リュシアさんと出会ってちょうど一年、ついに僕は完成させた。
「建物、大丈夫ですか?」
「今更そんなことを考えているのか?心配ない。10度や100度くらい壊れたとしてもすぐに直せるさ。」
フッと笑みを浮かべるリュシアさんに頷き、僕は何歩か前へ出る。
後ろでは、ルーベルナさんとセルフィスさんも見守ってくれている。
「行きます━━━━━━っ」
そして、僕は詠唱を行う。
「蒼穹を覆う万の光よ、幻の燈火となりて我が掌に集え。
その煌めきは鎮魂の祈り、その閃きは絶望の調べ。
闇に沈み夜に帰して、その輝きをこの世に知らしめん。
現れろ、万物を照らす深淵の篝火。
天穹星羅幻燈葬!」
一瞬にして、建物が重圧に耐えきれなくなって吹き飛ぶ。
更地になり、太陽が光ったかと思う刹那、足元から広がった闇が空を覆いかくし、僕たちは暗黒の世界に包まれる。
闇夜に星が浮かび上がり、ひとつ、またひとつと輝いていく。
炎のようにゆらめいた燈火が無数に燃え、漆黒の闇に太陽よりも明るい光を作りだす。
それらは列を成して踊るように舞い降り、世界を照らす。
なにを思っているのか聞かれたら、なにも思っていないとしか答えられない。
いや、なにも思えないと言った方が正しいだろうか。
この一年の苦労と、この後に訪れる別れ。
色々なことが現れては消えていき、思考する時間すら与えられなかった。
しばらくして僕は魔法を止める。
魔法が消えたことで、太陽が天から光を当ててくる。
振り返って見ると、私の方がもっとすごいのできるし、と言いたげな顔で、しかし嬉しそうなセルフィスさんと、手を叩いて笑顔を浮かべているルーベルナさんの姿がある。
2人は驚いてくれただろうか。
僕が新しく作り出した魔法を見せてびっくりさせるために、僕はだいぶ前からお父さんの魔法ではなくオリジナルの魔法を作れるように練習をしていた。
時空逆流秘術を時空逆流に作り変えたのや、別空間の応用系である自己収納空間も2人に驚いて欲しかったからだ。
……………そのせいで危険な状況に巻き込んでしまったこともあるけど………
そんなことを考えていると、リュシアさんが「あのな」と言って近づいてくる。
ど、どうだっただろう。
緊張して評価を待っていると、額を小突かれる。
「お前は見た魔法に影響を受けすぎだ。
私が星のような魔法を使うからと言ってすぐに自分も乗っかってきやがって。」
ふんっと鼻を鳴らしたリュシアさんに、
「僕の魔法、どうでしたか?」と聞いてみる。
「そうだな………」
そこまで聞こえたところで、僕は強烈な目眩に襲われる。
あ、やばい………最近ろくに寝てなかった反動がこんな時に…………
なんとか堪えようとするも、その場に倒れ込みそうになる。
そんな僕をすっと抱きかかえてくれたリュシアさんの顔は、今までの中で最も世界と重なって見えた。




