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魔法使いとの日々

リュシアさんの指導の下、僕は魔法の訓練を始めた。

「まず、お前が使える中で最も難しい魔法の魔法陣を描いてみろ。」

そう言われ、僕は悩む。

お父さんから受け継いでいるものの中には、とてもじゃないが作れないようなものがいくつか混ざり込んでいる。

解読できるのは上級魔法が限界で、僕が自分で作り出した魔法ならば時間逆流(タイム・リーバル)だろうけど、それも存在する魔法をいじって変えただけに過ぎない。

「ふむ……あり過ぎて思いつかないか?まぁ思いつかないというならそれでもいい。

自分が、「これが最高傑作だ」と言える魔法を作ることを目標にするというのもいいことだ。」

腕を組んでふっと笑うリュシアさんに、

「リュシアさんが使える魔法の中での1番はなんですか?やっぱりこの前使った律界魔法ですか?」と聞いてみる。

「いい質問だ。

確かに、あれは魔力の消費も術式と魔法陣の作り方も超高難易度だ。

もう2度と使うこともないだろう。」

少し考えて、リュシアさんは続ける。

「お前たちの枠組みでどの階級に当てはまるかはわからないが、私が1番好きな魔法を見せよう。」

パチンと彼女が指を鳴らすと、僕たちは何もない夜の世界に移動する。正確には、夜の砂漠だろうか。

あたり一面が砂に覆われている。

とはいえ、せっかくの砂漠なら昼間に見てみたかった………ということは置いておこう。

「人は、私が使う魔法を普通の魔法と区別するんだ。

私の魔法はいつしか“星彗魔法“と呼ばれるようになった。

その所以となった魔法を、今から見せよう。」

数歩前に出てリュシアさんが手を伸ばすと同時に、幾つもの魔法陣が描かれる。

そして、彼女がそっと空をなぞると、魔法陣が光り輝く。

次の瞬間、空に無数の流星が現れ、僕たちを照らす。

黄、青、赤、橙。いろんな色の流星が、空を彩っていく。

「綺麗な魔法ですね………」

圧巻の光景を目にした僕の口から漏れたのは、そんな言葉だった。

「あぁ、私も綺麗だと思っていた。

だが、私の中でこれはもう“綺麗な魔法“じゃない。

数え切れないほどの戦いの中で命を奪ってきた、最も憎むべき魔法だ。」

空を流れていく星を眺めながら、彼女は小さく息を吐く。

「自分の罪から逃げないために、私は自分で作り出した初めての魔法である“これ“を戦場で使った。

一瞬で街は消え、命の灯火も消えていく。

なんだろうな………もしも私よりも強い相手がいて、私が死んでいたならば………美しい魔法で終わっていたのかもしれない。」

少し俯いたがすぐに顔をあげ、彼女は僕を振り返って言う。

「さぁ、1年しかないんだろ?修行だ修行。」

そして僕は、リュシアさんに修行をつけてもらうことになった。




「よし、構えろ。」場所は戻って石造り建造物の中。リュシアさんは腕を組んだまま、静かにそう言った。彼女の声は厳しいが、不思議と威圧感ではなく、背筋を伸ばさせる響きを持っている。

「はいっ!」実験場に響き渡るような声で応え、両手を胸の前に掲げて、息を整える。

いつも通りやってみろと言われたけど、なぜか緊張で手が震える。でも、ここで逃げるわけにはいかない。

「まずは低級魔法からだ。お前の基礎を見せてみろ。」

ルーベルナさんから魔法階級の区別を聞いたらしく、なんだその適当な枠組みは!と何やら不満を垂れていた。

しかし、そんなことを今言っていても何も始まらないため、僕は魔法を放つ。

「……火球(ファイアボール)!」掌から火の玉が生まれ、石畳にぶつかって小さな爆ぜる音を立てた。

リュシアさんは一瞥しただけで、首を横に振る。「弱い。というか、制御が甘い。威力ではなく、形を整えろ。炎を散らさずにひとつに束ねるのだ」

「……はい!」

僕は歯を食いしばってもう一度、炎を生み出す。今度は両手をすぼめ、火を押さえ込むように集中する。小さな火球が、さっきよりもわずかに丸みを帯びて揺らめく。

「ふむ……少しは良い」彼女は頷いた。だが、その蒼い瞳にはまだ冷たい光が宿っている。


「次は中級を試してみろ。属性は問わない。」

僕は深呼吸を一つした。「……氷槍(アイスランス)!」

冷気が渦巻き、空気中の水分が結晶となる。鋭い氷の槍が一本、目の前に浮かんだ。だが、それはぐらつき、先端は鈍く、すぐに砕け散った。

「……」僕は肩を落とす。やっぱり、こっちはまだ駄目か。

氷魔法には、空気の水分を凍らせてから放つものと、氷そのものを魔力から作り出して放つものの2パターンがある。

魔力から作る方は簡単だが、空気中の水分を瞬時に凍らせて作るのが難しい。

リュシアさんは近寄り、氷の破片を掌に取った。白い指先に氷の粒が光り、彼女は小さく微笑んむ。「氷はただ刺すためだけに在るのではない。冷気を束ねれば、美しい結晶となる。

その結晶は、時に人々の心を和ませ、奮い立たせる。

……お前の魔法も同じだ。命を奪うためではなく、美を生むために。どうすれば美しくなるかを考えてみろ。」

無自覚のうちに、その言葉が胸に刺さる。やっぱりこの人は、僕に美しい魔法を使って欲しくて、大嫌いな魔法を教えてくれるのだとわかる。

「……リュシアさん。僕は……強くなりたいです。けれど、強さだけでは駄目だとわかっています。

だから、美しい魔法を……僕も使えるようになりたいです」

口にした瞬間、自分でも驚いたが、それは本心だった。

ログレン王と戦ってみて、魔法の存在する世界は生半可な覚悟じゃ生きていけないとわかった。

リュシアさんは目を細め、少しだけ柔らかい表情を見せた。「ならば教えがいがあるな。覚えておけ━━━━魔法とは刃にもなれば花にもなる。選ぶのは術者の心だ。」

そう言って彼女は背を向け、ゆっくりと歩き出した。

少し歩いたところで振り返り、思い出したように言う。

「わざわざ難しい魔法に挑戦しようというその心意気、忘れるんじゃないぞ。」視線を戻したその背中は遠く、けれど追いかけたいと思わせるものだった。

僕は必ず、あの人に認められる魔法を使えるようになってみせる。

強さだけじゃない、壊すためだけでもない………リュシアさんが求め続けている、“美しい魔法“を。




朝、目を開けると、窓の向こうに柔らかな光が差し込んでいた。冷たい空気を含んだ風が頬をなで、思わずくしゃみをひとつ。布団から抜け出すのが少し億劫だったけれど、リュシアさんに遅れるわけにはいかない。

リュシアさんが僕のためにと新たに作ってくれた部屋を出て、僕は1階へと降りていく。

外見からは2階があるかどうかもわからないくらいなのに、2階にもしっかりと5,6個の部屋が作られている。やっぱり魔法というのはすごい。

彼女は、史上最恐と呼ばれる魔法使いだ。けれど、そんな肩書きが似合わないくらい穏やかで、特訓中も厳しいように見えてよく笑う。

本人が言うには、最近は笑うことが増えてきているらしい。

「師匠」と呼ぶのが少し気恥ずかしくて、いつも名前で呼んでしまう。

「おはよう、メルぺディア。」食堂に入ると、もうリュシアさんが椅子に腰掛けていた。綺麗な髪を後ろで軽くまとめ、湯気の立つスープを前にしている。

ルーベルナさんもリュシアさんも、髪が綺麗に保たれていて、女性は髪に相当な意識をしているのだと教わった。

一方で、少し離れたところではセルフィスさんが叫びながらルーベルナさんに髪を解いてもらっている。

「おはようございます」僕が隣に座ると、彼女は柔らかく笑った。その笑顔を見ただけで、胸の奥の緊張がほぐれていく。

「今日は体の動かし方から見直すとしよう。

昨日は力を込めすぎて、詠唱が乱れていただろう?」「……やっぱり、気づいてましたか」「当然だ。私の弟子なのだから、それくらいのことは当たり前に気づく。」

厳しい言葉に聞こえるが、声はあくまで優しい。小さな子どもに語りかけるような調子で、否定するのではなく、導いてくれる。僕がここで心を折らずにいられるのは、そのおかげだろう。

……………いや確かに僕は小さな子供なんですけども………

朝食を終えると、僕たちは屋外へ出る。

森の中、木々が生い茂っている中で僕たちは止まる。

「じゃあ、まずは基礎体操。魔法使いでも体が資本だ。」「は、はい!」

準備運動のはずなのに、リュシアさんの動きは美しかった。両手を大きく広げるたび、風が柔らかく巻き起こり、彼女を中心に小さな渦を描く。それを見ているだけで、胸が高鳴った。

「ほら、集中しろ。」「す、すみません!」

僕は慌てて腕を回し、屈伸を繰り返す。リュシアは笑いながら「そこまで焦る必要はない。」と声をかけてくれる。


午前の修行が終わると、ふたりで木陰に腰を下ろして水を飲む。息が上がって汗が額を流れるけれど、不思議と嫌じゃない。

そこに、

「キャウン!」と声が響いてくる。

声の方向を見ると、大きくなったロックが二つの袋を首に吊るして駆け寄ってくる。

「弁当か。ありがたいものだな。」

そう言いつつ、リュシアさんはロックの首元を撫でる。

小さくなって可愛い声を出すロックに、僕も笑みが溢れる。

いつの間にか、リュシアさんとも仲よくなっている。

本当に、不思議の多い魔物だ。

「さぁ、弁当を食べたら午後の訓練を始めるぞ。」

「はい!」

しっかりと答え、ロックにお礼を言って送り出しながら休憩を取るのだった。



夕方になると、修行は終わり。ふたりで並んで家へ戻る途中、リュシアさんは小さな声で言った。

「今日はよく頑張ったな。炎と氷だけではあるが、これ以上ないほどの安定具合だった。今日の感覚を覚えておけ。」「それは………本当ですか?」

気を遣っていってくれているのではないかと感じた僕は、思わず聞き返してしまう。「嘘を言ってどうする。昨日より確実に良くなってる。

そういう積み重ねが、いちばん大事なんだ。」

ニッと笑う彼女を見て、僕は安堵を覚える。

家に帰るとルーベルナさんがご飯を用意してくれていて、僕はそれを食べるのだった。



これは余談だけど、好き嫌いがないというリュシアさんにセルフィスさんのご飯を食べさせてみたところ、丸1日倒れ込んでしまった。




そして、ある日。

問題が起きた。

朝の光が窓から差し込み、机の上の魔法書を照らしている。そんな、いつもと同じような朝。

僕は、目を細めてその姿を凝視する。部屋の隅に腰かけている彼女━━━━━リュシアさんは、かすかに透けて見える。

最初にその変化に気づいたのは数日前だった。

この世界に来てもう数ヶ月、今まで1度も感じなかった違和感を、僕は感じた。彼女の影が薄くなっているのだ。床に落ちるはずの影が、まるで曇り空の下に立つみたいにぼやけていた。

「………どうした?」顔を上げて尋ねる彼女の声は、以前と変わらない強さを持っていた。だけど、その蒼い瞳の奥には何かを感じとっているような思いが見える。

「なんでもありません。」僕はそう答えたが、心臓がきゅっと縮まる。昨日よりも“はっきり”ではなくなっている。


数十日前………僕が完全に新しい上級魔法の魔法術式を完成させた日。

炎の魔法ではあるが、従来の炎系統のものとは全く異なる魔法を、僕は創り出した。

あまりの嬉しさに1日中はしゃぎつづけ、いつの間にか寝てしまったのを覚えている。

リュシアさんだけでなく、ルーベルナさんとセルフィスさんも僕を褒めてくれた。

それから、僕の魔法術式の技術は一気に向上した。

1日、また1日と経つにつれて新たな魔法を作り、今では上級魔法レベルであっても数時間あれば作れてしまう。

ただ、それはあくまでも炎や水などに限られ、時間や概念の魔法ではない。それをマスターするためには、まだ長い時間が必要になるだろう。

それでも確かな進歩を実感しているうちに、リュシアさんの影が透けていることに気づいた。

理由を知っているのか知らないのか、どちらにしても彼女は僕たちにそのことを話さない。

だからあえて言わことはしないが、僕の心は心配の一途を辿っている。


「無駄なことを考えるな。魔力が乱れているぞ。」

そう言われ、僕はハッとする。

前に作った魔装・(ヴェルマギア・)風烈凱(エアルマント)の使い方を上手くするためにはどうすればいいかを尋ねたら、常に魔力を体外に放出すると良いと教わった。

このあたりはリュシアさんが使った永久(エターナル・)均衡(エクリブリア・)世界(スフィア)の範囲から逃れる特別区として設定されているため、魔力が満ち溢れている。

それを調整し、取り込み、再放出する。

これで、実際の魔力を消費せずに訓練ができるということだ。

再度集中し、一定の魔力を放出する。

「それでいい。」

リュシアさんの言葉を聞いて、僕は再び魔法書に目を落とす。

そうだ。リュシアさんに教わることができるのも、無限に時間があるわけじゃない。

だからこそ、1日1日を大切にしていかなくては。

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