魔法の存在価値
「こ、ここは………?」
扉を超えた先、僕たちの前には巨大な滝が落ちていた。
それ以外にもその滝から流れて行った水が作り出している川や、幾つもの木で緑に染まる活気すら感じるような山々。
空気は涼しく、しかしそれでいて寒くはないというちょうど良さ。
今まで見た事のない圧巻の景色に、僕は呼吸を忘れる。
「美しいだろう?
雄大さと繊細さ、それでいて迫力も併せ持つこの景色が好きでな。この近くに家を建てたのだ。」
少し自慢げに、リュシアさんは進んでいく。
それから数分ほど歩き、ポツリと佇む家にたどり着く。
「ここが私の家だ。
最近はあまり来ていなくてな。片付けられていないかもしれん。」
遠慮せず入ってくれと言われ、僕たちは家の中に入っていく。
外から見ると木組みの小さな家だったものが、扉を超えてみるとだいぶ広い空間へと変わっている。
当たり前のように扉を使っていろんなことをしているが、空間に刻まれている魔法術式は難解で、扉を開けることをトリガーに発動することができるようになっていることがかろうじてわかる程度だ。
「どこでも腰掛けてくれ。」
広い空間に整えられている家具を見ていると、リュシアさんが紅茶を出してくれる。
「この茶葉はまた違ったところで栽培しているものでな。味には自信がある。」
ありがたく頂こうとティーカップに指をかけたタイミングで、ルーベルナさんとセルフィスさんがそれを飲もうとしていないことに気づく。
リュシアさんもそれに気づいたのか、
「毒とかは入っていないから心配する必要はない。」と言って自分も紅茶を飲む。
「そう簡単に信用を得られるわけはない……か。
久しぶりに誰かと接することができるとはしゃぎすぎていたかもしれん。すまなかったな。」
視線を落としたリュシアさんの目に映った寂しさに耐えきれず、僕はティーカップを取って一気にそれを飲み干した。
温かさはちょうどよかったが、一気に飲み込んだことで咽せた僕を見て、ははっとリュシアさんが笑う。
「気を遣わなくていいぞ、少年。
実際、私がこんな生活を送っている原因は私自身にあるんだからな。」
ふっと微笑んで、思い出したようにリュシアさんは続ける。
「そういえば、メルぺディア以外の名前を聞いていなかったな。」
名前を聞かれ、改めて自己紹介した僕を含め、それぞれの名を名乗る。ルーベルナさんとセルフィスさんが神であることはすでにばれているようなので、特に隠す必要もなさそうだ。
「ふむ、わかった。」
そう言ってから、少し遠くを見てリュシアさんは続ける。
「久しぶりの弟子とその親代わりなんだ。自己紹介も兼ねて私の人生を見せよう。」
そして、魔法が発動し、僕たちは光の中に吸い込まれていくのだった。
私が生まれたのは、まだ世界が魔法を神秘としつつも恐れられていた時代だった。
幼い頃から魔法を使えた私は、村人にとっては“奇跡の子“であると同時に、“不気味な存在“でもあった。
自分の意思を持って最初に学んだのは、炎魔法だった。
指先で火を灯せば、人々は歓声を上げて私を囲んで笑ってくれたものだ。
それなのに、私のことを囲んで笑っていた人々は、私を残して消えてしまった。
両親も、友人も。全てだ。
“奇跡の子“と言われた私を恐れた人々によって村人たちは殺され、私1人は逃げ延びた。
「魔法は、美しい。
魔法があるかないかでその人の人生が幸か不幸か決まると言ってもいいほどに。」
逃げ延びた先で、1人の老人と出会った。
彼は魔法の使い手で、私を弟子として迎え入れてくれたのだ。
その人がいる村では争いなどなく、私がいた村のように笑顔が溢れていた。
老人の元に住まわせてもらい、私は毎日魔法の練習に励んだ。
きっと、前よりもずっとみんなを笑顔にしてみせるという強い意志を持って。
それなのに、世界では戦争が激化し、魔法を使える人物はたった1人でも戦況をひっくり返せると考えられた。
育ての親である老人は難色を示していたが、私は村の名誉のために戦場に出向くことを決めた。その時点で、私の歳は15だった。
一般的に、やっと独り立ちするかどうかという年齢だ。
そして、渡り歩いた戦いの中で私が見てきた魔法たちは、破壊と滅亡をもたらすものばかりだった。
歓声を引き起こしていた炎は人が焼き殺される悲鳴へと変わり、魔法によって幸せをもたらされた者なんていない。
私は、自分が使う魔法が何のために存在しているのかわからなくなった。
そんな心の中の迷いを祓うため10年ぶりに村へと戻ると、すでに老人は亡くなっていた。
その上、私を見る人々の目も変わり果てていた。
懐かしい友人も村人も、危険なものを見るかのようだった。
「あの人は、魔法なんてものはくだらないと言っていた。」
村人から聞いた、老人の言葉。
魔法が使えるかどうかで幸せか不幸か決まるとまで言った人の言葉だとは、とてもじゃないが思えなかった。
それでも、私は気づいてしまった。
あの人が言っていたことは、魔法によって全てを失った私への気遣いの言葉。
自分のせいで大切なものを消した自責を少しでも和らげるためのものだったと。
「だったら、できる限りのことをしてやろう。」
そうして、自暴自棄になった私は修羅の道を歩き始めた。
━━━━━百年が過ぎた。国が興り、争いが絶えぬ時代。私は人々に請われて戦場に立った。雷を呼び、地を裂き、敵軍を退けるたび、人々は私を英雄と称えた。だがその度に、焦げた死体と崩れた城壁が残る。私の足跡は、常に血と瓦礫に塗れていた。
二百年、三百年と時は過ぎる。いつしか私は、「史上最恐の魔法使い」と呼ばれるようになった。人々は私を畏れ、同時に利用した。隣国との争いが起きれば呼ばれ、反乱が起きれば討伐に駆り出される。人の命を守るために戦ったはずなのに、私が動くことで別の命が奪われていった。
━━━━━六百年目。私は一人の王と出会った。彼は言った、「魔法は美しい。戦に使うものではない」と。当時は魔法が神秘とまではいかず、時々ではあるが近くに魔法を使える者がいるくらいだった。そんな中で、私は自分の魔法を芸術として披露した。
初めての試みだったが、夜空に光を描き、氷の花を咲かせ、風に音を乗せた。
いつものように魔法を使っただけだ。それなのに、王は笑い、民は涙を流して喜んだ。その瞬間、私は確かに救われた。
いつ死ぬかもわからない世界で、ほんの少しだけ、人々の心を安らげることができた。
そんな思いを感じた少し後、その王は隣国に敗れ、民を守ろうと戦火に飲まれて命を落とした。私が守りたかったものは、また炎に呑まれた。
そして、千年を生きた今も、私の心に残るのは同じ問い。”魔法は何のためにあるのか“。
人は魔法を求める。だがそれは、必ず破壊のためだ。城を崩し、軍を滅ぼし、人を殺すために。幾度も、幾百回も、幾万回も同じ光景を見てきた。
私は、美しい魔法を愛している。氷の花が空に散り、炎が舞い踊り、風が旋律を奏でる。そんな光景は、私の心を確かに震わせる。
炎ならば、ただ焼き払うだけでなく、夜を彩る灯火であってほしい。
氷ならば、命を奪う刃でなく、冬の湖に咲く結晶であってほしい。
雷ならば、大地を砕く轟音でなく、空を飾る光の舞であってほしい。しかし、世界はそれを望まない。世界が望むのは、力であり、破壊だ。
だから、私は言おう。
「魔法は不要だ。」と。
千年を生き、誰よりも魔法を知る私だからこそ、そう言える。魔法はあまりに強大すぎ、あまりに人の欲望に応えすぎる。美しいはずの魔法は、常に人の血と涙に塗れている。
━━━━━もし、この世に魔法がなければ、人はもっと穏やかに生きられたのではないか。




