復讐
「そういえば、セルフィスさんはどこへ行ったんですか?」
「まだ宿でぐっすり眠っていましたよ。」
周りからの視線を受けながら、僕たちは手を繋いで歩いていく。
今日も何度か、昨日助けてくれてありがとうという言葉を聞いている。
その度に嬉しい気持ちになるのは、自分がやったことが正しいと思っているからだろう。
でも、一日経って、ログレン王の気持ちはどうなのかということを知りたいと思うようになった。
ただイライラするから人を殺しているだけなのか、何か理由があるのか。
直接話をしてみたいと思ったこともあるけど、それは叶わないだろう。
話をしに行っても殺されそうになるだけだろうし、向こうが来るとも思えない。
あまりお父さんの魔法に頼りたくないという思いもある。
「とにかく、もう街の人たちも活動を始めています。
セルフィスを起こしに行きましょうか。」
そう言ってルーベルナさんと共に宿の寝室まで行くと、そこにセルフィスさんの姿はない。
「どこかに朝食を求めて行って迷子になったんですかね?」
「その可能性は高そうですね……
とりあえず、ケントさんに聞いてみましょうか。教会にいるかも知れませんし。」
ルーベルナさんの案で教会に行ってみるも、やはりセルフィスさんの姿はない。
ただ、朝一番の雰囲気からは絶対に感じれないほどの絶望オーラを出しているケントさんが肩を落としてすぐそこに座っている。
扉を開けて入ってきた僕たちに気づかないほどなのだから、よほどだろう。
「あの…ケントさん?」
僕としばらく顔を見合わせた後、遠慮気味に話しかけたルーベルさんを見て、ケントさんはやっと僕たちに気づく。
「あぁ、ごめんなさい……ちょっと疲れが溜まっていまして………」
俯きながら答えるその人から、僕はそれが嘘だとわかる。
疲れが溜まっているのは確かでも、こうなっている理由は別にあるということだ。
「セルフィスさんを見ていませんか?」
僕の問いに、さらに視線を落としてケントさんは知らないと答える。
絶対知ってるじゃん………
そんな空気が僕たちの間に流れる。
どうしますか?
目を合わせ、僕たちはこの後の行動を考える。
「わかりました。こちらで探してみます。」
ケントさんに背を向けて歩いていくルーベルナさんの後ろをついて行き、僕たちは教会から出る。
「どうしましょう?」
どうすればいいのかわからずルーベルナさんに聞くと同時に、今さっき閉めた扉が勢いよく開く。
「あ、あの!」
扉の向こうから現れたケントさんが、勢いよく頭を下げる。
「どうか、ネーバスを助けてやってください……!
よろしくお願いします!」
普通に探せばいいと思っていたが、緊急事態であると察して、僕は魔法を発動させる。
「任せて下さい。」と言葉を残して。
「それで……………何をしているんです?」
呆れ顔でその状況を見ているルーベルナさんが言い、前にいる2人が顔を赤くする。
なんか、すごい状況だ。
いつものようにはだけたセルフィスさんの服、そのセルフィスさんによって地面に押し倒されているネーバスさん。
「メルぺディアくん、帰りましょう。
この2人はここでイチャイチャしたいみたいですし。」
「いやちょっと待てェ!!!勝手に誤解しないで!」
素早く立ち上がったセルフィスさんが叫ぶ。
「別に止めようとは思いませんよ。
あなたがどこで誰と乱れていようとも私からしたら関係ないわけで。
道の端で異性とへーこらするような人と姉妹だと思われたくないなぁというだけですし。」
懸命に訴えてくるセルフィスさんから目を逸らし、ルーベルナさんが言う。
「だから乱れてないって言ってんでしょうが!
この人が1人で暴走したから止めようとしたらこうなったの!不可抗力よ不可抗力!
ほら、あなたも何か言って!」
話を振られたネーバスさんは放心状態で、口を開かない。
あれ?なんか頭の後ろから血が………
「押し倒した時に地面に強打したんでしょうね。
ということは、セルフィスが一方的に襲ったと………
うちの姉がご迷惑をおかけしてどうもすみません。どこかの木に縛り付けておきますので。」
「だーーかーーらーー!違うっつんでしょ!
そろそろ黙らせるわよ!?」
「アーコワイコワイ。こんな人に押し倒されたら頭も悲鳴をあげますよ。」
なんというか………いつも通りの言い合いだ。
いつもよりセルフィスさんの焦りが大きい気がするけど。
「それで、ネーバスさんはこんなところで何をしているんですか?」
僕の問いかけに、ネーバスさんはやっと自我を取り戻したかのように顔を上げる。
「あ、あぁいや俺は別に。」
視線を逸らして下を向くネーバスさんに代わって、セルフィスさんが口を開く。
「この人は、1人でログレン王を殺しに行こうとしてたのよ。
私はそれを止めにきたの。わかった?」
キッとルーベルナさんを睨んだセルフィスさんに、なるほど。という顔をするその当事者。
まぁ、最初からそんなことだろうとわかってはいたのだろう。
「というか、どうしてここがわかったの?」
「神程術式は僕とセルフィスさんを繋いでいますから。
こちらに呼ぶことができるのならこっちから近くにいくこともできるのではないかと思って。
専用の魔法を作ることになりましたけどなんとかできました。」
そう、ここに来るまでの間に僕は魔法を作った……わけではなく、ずっと前から考えていたのがルーベルナさんの協力もあって完成したという感じだ。
名付けるとしたら、神還とでも言おうか。
「それはそうと……なんでネーバスさんは1人でログレン王のところに行こうと思ったんですか?
街の人たちにも協力を仰いだりすれば━━━━━」
「それは駄目だ!」
ネーバスさんの声が、開けた草原の風に吹かれてゆったりと消えていく。
「あいつは……俺の家族を奪っていった………
いや、家族だけじゃない!
村も、仲間も友人も!全部奪って行ったくせに、その上まだ奪おうとしやがる………
だから俺がやるんだよ!
家族のために、家族に少しでも顔向けできるように!
俺が大勢の思いを背負ってやってやりたいんだよ!
もう……苦しい思いをする人間を増やしたくないんだ………」
奥歯を噛み締めて地を叩き、ネーバスさんは項垂れる。
「全く、思い上がりも大概にしといた方がいいんじゃない?」
冷たく言い放ったセルフィスさんを見上げ、
「は?なんつった?」と小さな声を震わせてネーバスさんが言う。
「だから、なんのためにもならない思い上がりをやめろって言ってんの。
あなたが家族とか色んなものを失ったのは確かだとしても、失ったのはあなただけじゃないでしょ?
この街にいる人たちの中にもその王に何かを奪われて集まってきている人たちも多いみたいだし。
自分がやるしかないとか、家族の仇討ちとか。そんな責任感持つ必要なんてないのよ。
討ちたいなら討てばいい。
でも、だったら少しでも成功する道が大きいほうがいいんじゃないの?
いつまでも孤高でいたいなんて言う幼稚な考えじゃ、この先の人生、生きて行けないわよ?」
いつにもなく真剣な目をしているセルフィスさんの瞳の奥からは、迷いのようなものが見て取れる。
きっと、本当にこんなことを言っていいのかどうか悩んでいるのだろう。
それでもネーバスさんの人生のために言うしかないと思ったのだ。
そしてそれは、俯いて涙を流すネーバスさんの心に強く響いている。
「孤独って………なんだと思いますか?」
ポツリと、ネーバスさんが呟く。
「さぁ?悪い意味で言うなら1人で悲しい状況。
いい意味で言うなら………未来のどこかで誰かからの温もりを教えてもらうための余白かしら。
ま、あなたにとってどっちになるかはあなたが決めることよ。」
その言葉に、ネーバスさんの身体が震えている。
遠い記憶を思い出すかのように、ゆっくりと顔を上げ、呟く。
「あなたは………お母さん?」
そう問いかけられ、セルフィスさんは首を横に振る。
「私はお母さんじゃない。
あなたが言っていた、辛い時にあなたを救ってくれなかった神様よ。」
少しだけ笑うその目から、温かさがこちらまで伝わってくる。
そして、ネーバスさんは自分の過去について僕たちに語った。
「そんなことがあったんですね………」
ポロポロとこぼれ落ちる涙をそのままに、僕は泣いていた。
ネーバスさんが暮らしていた場所は服作りで有名になった村で、すごく裕福とまではいかなかったけど比較的楽な生活を送れていたらしい。
村の人たちで常に協力していたため仲もよく、友人や仲間もたくさんいたと知った。
「それにしても……」
聞いた話を振り返っていた横で、ルーベルナさんが静かに口を開く。
「自分の娘のためなら村を潰すなんて、そうとうですね。」
呆れ顔のルーベルナさんに僕は同感する。
何やら、ログレン王の娘が裁縫を学び始め、ついには新たな組織まで立ち上げたらしいのだが、ネーバスさんの村で作られているものに太刀打ちできなかったらしい。
そのためログレン王は服にレベルをつけ、1〜5段階評価にし、娘の作ったものは5、ネーバスさんのところで作られたものは3と設定した。
しかし、その程度で今まで付いていたお客が離れることもなく、ネーバスさんの村は常にログレン王の娘が作ったものより好評だった。
そこで、ログレン王は対価はないが自分の娘の作った組織に入るように言ったらしい。もちろん、村の人々はその申し出を拒否。
すると食料の物流が止められ、服を出荷することも難しくなった。
村は困窮し、ネーバスさんのお母さんは過労で倒れ、お父さんは毎日近くの森へ入っては食料採集に明け暮れた。
そして、ギリギリで生活している村の人々にとどめをさすかのように、ログレン王は国王軍を派遣。
密かに国中に動乱を起こそうとしていると言って攻め寄せた。
その結果村は壊滅、ネーバスさんのお父さんは村の人々と共に勇敢に戦ったが戦死、自分も妹も捕虜になり、妹は衰弱し切って死んでしまったらしい。
運よく逃げ延びたネーバスさんは、この街にたどり着いたという流れみたいだ。
「気づいてはいたさ。
今になって俺1人で行ったところで、返り討ちにあうのがオチだ。
でもな、やらなきゃいけないことってのは、思い立った時にやらなきゃいけないんだよ。
……………あの時、家族に何かしてあげればよかったって思いがいつまでも消えないことに比べたら、死んででもやりたいことやった方がいいと思っちまうんだ。」
俯いていた顔をあげ、ネーバスさんは僕を見る。
「だから、君もしたいことを後回しにしちゃダメだぞ?
今やりたいことは、今しかできないことがほとんどなんだから。」
立ち上がって、彼は遠くを見る。
「それじゃあな。」
力強く踏み出した一歩。
そして━━━━━━━コケた。
「締まらないわねぇ。」
口角を上げるセルフィスさんに、
「あんたが足だして転ばしたんだろうがァ!」とネーバスさんが吼える。
「それくらい元気なら大丈夫そうね。」
ふふっと笑うセルフィスさんを見て視線を逸らすネーバスさんに、彼女は手を差し伸べて立たせる。
「ほら、手伝ってあげるから一緒に行くわよ。」
「は?一緒に?」
「2人はどうする?」
困惑する彼を放置しこちらを見て問いかける彼女に、
「「心配なのでついて行きますよ。」」と僕とルーベルナさんは声を揃えて返すのだった。




