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殺すことのできぬ宿敵

言葉を発することもなく、歩いていく。

焼け焦げた匂いが鼻奥に詰まり、花も風も匂いを現さない。

人が目の前で死んでいく姿を、幾度となく見た。

わかっていた。知っていた。それなのに、耐えきれなかった。

血を流し、肌が焼け、魔法によって肉片すら残さず命が散っていく。

あと1日、あと1時間早く来ていれば助けられたのに。そんなことを何度も考えた。

どれだけの人が命を落とすのを見ようと、争いのない世界を造るためならと思っていたはずの心は、今やどこか遠くに行ってしまった。

前を見ることもできず、ただただ下を見て、道に沿って歩いていく。

この傷を、誰かが癒してくれる。そんな安易な思いとともに、次の一歩を踏み出す。

ついさっきまで整備されていた道がぐしゃぐしゃになり始める。

まぁそうか…他の街からの来客なんてものもないだろう。

もうそろそろか……


顔を上げた。


そして、言葉を失った。


すぐ目の前にあった街は、赤かった。

昼なのではないかというほどに、赤く鈍く光っている。

見える限りの家が燃え、畑は荒れ、柵は倒されている。

「何があった……?」

そう呟くことしかできない。

いや、理解している。何度も同じ光景を見てきた。

嗅覚を失わせるほどの焦げ臭い匂いを放つ場所が、目の前にある。

変わり果てた街の姿が、目の前にある。

重い足を、それでも前に進める。

街に入ると、そこは想像通りの場所だった。

農具が散らばり、人が山のように重なる。

見覚えのある顔が、いくつかあった。

体が、動かなくなる。

街が燃えた。それはわかる。

戦争が始まった。それもわかる。

状況を飲み込めば飲み込むほど、嫌な感覚が背筋を撫でる。


手をゆっくりと前に出し、魂で術式を鼓動させようとする。

だが、いつもそこにあったその術式は、僕の魂に穴を開けるようにぽっかりと抜け落ちている。


膝が、地面についた。

風が炎を運び、家が燃え上がり、煙が空を埋めていく。

本当の終わりを告げるかのように、家が崩れていく。

炎が、僕を囲み始める。


なんでこんなことを悠長に考えていられるのだろうか。

炎を眺めるよりも大切なことをしなければいけないはずなのに、理解を止めようとする。

いや、もう理解は済んでいる。済んだからこそ、これ以上意識したくないだけなのかもしれない。


無意識に、地面を殴っていた。

まただ…また……なんで気づけなかった……?

いつもいつも、同じことばかり繰り返す。

旅立ちの際の温もりが、体を伝う。


家が崩れ、火の粉が舞い上がる。

その先を見ても、暗い空が広がっているだけだ。

待っていてと言ったのに…それに頷いたのに……なんで……


一瞬、脳裏にあの時の光景が思い出される。

夢が現実になるのと全く同じ感覚。


何かが、吹っ切れる。

もう、いい。

そうだ。

セルフィスさんもルーベルナさんも、僕が両親に会えればそれで全て報われるはずだ。

立ち上がったその時だった。


小さく、しかしはっきりと聞こえる旋律。音。

ついさっきこの近くの魔力を探知した時には存在しなかった反応がある。


「この場には合わない……どちらの音ともね。」

自然と足が向いてたどり着いた広場。残った花壇の石に座っている後ろ姿は、振り向くこともせずに呟く。いや、語りかけてくる。

「君の心についた傷はこの音楽で癒えそうかい?」

「さぁ、どうでしょうね。もう聞き慣れましたよ。」

「ははっ。どうやら君は彼らを随分大切に思ってくれていたみたいだ。」

「よくわかる耳をお持ちですね。」

「そうかもしれないね。」

不気味なほど静かなその背中に、僕は近づいていく。

「あなたが教えた女性という方はもう亡くなっていますよ。インデスさん。」

「知っているさ。彼女の弔いの時、ここに戻ってきたからね。

この街を訪れるのは3回目さ。」

「だとしたら、なんのために?」

「彼女が繋いだ音楽が、途絶えそうになったから。それだけだよ。

ここの街には僕の知らない音楽があってね。それが、これさ。」

インデスさんが空をなぞると、空間に楽譜が刻まれる。

懐から細い棒のようなものを取り出し、その人は一振りする。

それに呼応するように楽譜が光り、音符が飛び出して回り始める。

「これ……」

どこかで聞き覚えのある旋律に、自然と目が見開かれる。

遠くない過去。いや、未来と言うべきか。

そこで確かに聞いた音色。

「いい曲だね。ついさっきまで全てを諦めるかのようだった君が人生を振り返っている。」

小さく笑うその人の声に応えることもなく、僕は音を聞き続ける。

全てが同じというわけじゃないが、確かにあの旋律だ。

もう2年くらい前になる、あの時。サレナと出会って僕の知らない未来を知り、友達を強くするために訓練を始めた日。

サレナが着物を着て、2人でベンチで並んで話して、彼女の過去を知った日。

あの聖楽隊の奏でていた音楽。

音楽というものは心に響くものだと思った程度だった。

今や、なぜあの時にもっと耳を傾けなかったのかと後悔するほどに、聞き入っている。

2年…僕の人生の中ではほんの一部でしかなくとも、世界の歴史で見れば1000年。

それだけの時間を、この音楽は残り続けていたとでもいうのだろうか。

「音というのは面白いものだ。今君は、とてもいい音を奏でている。」

「あなたが…この曲を生み出したんですか?」

僕の問いに、その人は少しだけ振り返って答える。

「これは、あの子たちの曲だよ。僕が彼女に教え、それをあの子達が受け継いで自分たちで一から作った曲さ。名もなき音楽隊の子どもたちがね。」

「そう…ですか……」

時間が流れるように、音が流れていく。

立ち尽くしている僕を、後ろから光が照らす。

振り返り、その顔に目を見開く。

「なんで…あなたがここに?」

前と同じであればすぐに気づいたはずだが、今はとてつもなく力が弱っているその相手に、問いかける。

「無窮神セルフィスは死んだ。」

短く、告げられる。だが、わかっていたことだ。

「知っているなら教えてくれませんか。セルフィスさんがこの街が燃える程度の戦争に巻き込まれて死ぬとは思えない。

それこそ、敵が来る前に殲滅することだってできるはずです。

なぜ、セルフィスさんは━━━━」

「私が殺した。」


「…………は?」

反射的に、瞳に魔力を込める。

一瞬にして周囲が闇と燈に満たされる。

「なんのために…セルフィスさんを殺した?」

「彼女が天界を襲撃したからだ。それ以上の理由はない。」

「天界を襲撃した理由は?」

「我を殺すためらしいな。汝の行動が制限されると。」

「じゃあ、僕はここでお前を殺す。セルフィスさんができなかったことをやり遂げる。」

魔法を発動させようとした刹那、後ろから声が聞こえる。

「やれやれ、殺すとか殺されたとか穏やかじゃないね。

この音楽はそういう時に聴くために作られたものじゃないはずなんだけれど。」

いつの間にか、インデスさんが僕の魔法の中に入ってきている。

「随分雑な結界構築だったから入れてしまった。

ここでその魔法を使われるとせっかくの音色が消し飛んでしまう。考え直してはもらえないかな。

それとそこのあなた、気持ちはわからなくないが早くお引き取り願いたい。

まだ僕はこの少年と話したいことがあるんだ。」

「我はいいが、そう易々と逃がしてくれそうにはないが?」

「当たり前でしょ。セルフィスさんとの戦いで力が減っている今、決着をつける。

インデスさんも早く出ていかないと巻き添えをくらいますよ。」

そう言い放った時だった。

突如として目の前に捩れが生まれ、その中から何かを咥えたロックが飛び出してくる。

「キャウン!」

顔に押し付けられたそれをすぐに取り、ロックを自己収納空間へと押し込む。

「律令浮字。」

見るからに手紙が入っていそうな封筒の封を開け、魔法を発動させる。

インデスさんがやっていた楽譜を参考にたった今作り出した、文字を浮かべる魔法だ。

時空神から目を離すことなく、流れていく文字列を読み解く。

セルフィスさんが書いたものとは思えないほど長ったらしい文の中を、目を細めて読む。


……この世界は終わってる。

文を読み進めていくほど、そんな感情だけが胸の中で何度も繰り返す。

書いてあった内容は、時空神を殺せば時空の管理者が不在となり世界が崩壊するというものだった。それと、自己収納空間の元となる魔法、別空間を開けるための暗号となるもの。

セルフィスさんの暗号はもっと単純だったため、これはセルフィスさんのものじゃない。と考えると、ルーベルナさんの別空間を開くための鍵だろうか。

こんなのを僕に教えてどうなるのかはわからないが、一つ確実なのはここで時空神を滅ぼすことができなくなったということだ。

僕たちを包んでいた闇の空間が晴れていくのを、時空神は顔色ひとつ変えずに眺めている。

「これは、我を解放するということか?」

「あんたを殺したら世界が崩壊するというのならこうする以外ないでしょ。

それとも、こうなることを知った上でわざわざ僕の前に?」

「我がそれに答える義務など存在しない。では、この場を去らせてもらおう。」

自分にはその権利があると言いたげに、時空神は光の中へと姿を消す。

「魔法…とは少し違う。もしや、今のが神という存在なのかな?」

「あなたが知ったって何にもなりませんよ。そもそも、なんのために神を知らないふりをしているんですか。この世界にいれば神という存在がいることくらい当たりまえ………」

そこまで言いかけた時だった。

違和感を覚える。

“神“……この時代に来て、そんな言葉を聞いたことがあっただろうか。

多くの街を回ったが、教会なんてあっただろうか。

意識していなかったからというだけでは否定しきれない現実が、目の前にあった。

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