瓜二つの転校生
教室の窓から差し込む光のなか、クラスには喋り声と噂話があふれていた。
私にとっては、それがうるさくて、騒がしいだけだった。
いつものようにヘッドフォンを耳にかけ、音楽を流して周囲の音を遮断する。
誰とも目を合わせないよう視線を逸らしながら、私は席に座った。
クラスには馴染めていない。けど、それでいい。
一人でいることに慣れてるし、誰にも迷惑をかけてない。
ただ、それだけの日々を、淡々と過ごしている。
そんなとき、担任が教室に入ってきた。
「みんな席に着けー。今日から新しく入る転校生を紹介するぞ。入ってきていいぞー」
その言葉とともに、扉が開く。
黒くてまっすぐなストレートの髪、凛とした顔立ち。
堂々とした立ち姿の少女が教室に入ってきた。
「…え」
私は思わず立ち上がってしまった。
「私と…同じ顔?」
驚きに声が漏れた。
教室内もざわめき始める。
「うっそ、マジかよ!」
「似すぎだろ!」
飛び交う声の中で、担任が制するように言った。
「静かにしろ。確かに佐藤に似ているが、別人だ」
そして、転校生は自己紹介を始めた。
「今日からこのクラスに転校してきました。天野りんなです。どうぞよろしくお願いします。」
その声まで、私に似ていた。
彼女は私の席から右斜め前 の席に座ると、
こちらに微笑んだ。
その微笑みを、私は無視した。
家に帰ると、制服を脱いで、すぐにジャージに着替えた。
「やっぱ楽だし……落ち着くな」
そのジャージは、中学時代に着ていたエンジ色のもの。
白いラインが入った、少し古びたジャージーー私の普段着。
もう何年も、これしか着ていない。
私にとっては、記憶を失う前とつながっている、唯一の"証拠"だった。
クローゼットの中には、同じ型のジャージが7着。私服なんて、ほとんどない。
私はベッドに寝転がり、いつものツバメのぬいぐるみを抱きしめた。
転校生が来たこと。
そのことで質問詰めにされたこと。
本当に疲れた一日だった。
でも、あの"天野りんな"という子を見て、
どうしても思ってしまった。
「……自分と同じ顔。ほんと、気持ち悪い……まるで、もう一人いるみたい……」
そうつぶやき、ぬいぐるみを抱いたまま、ベッドの上でゴロゴロと転がる。
そのとき、ノックもせずに母が部屋に入ってきた。
「帰ってたの?だったら"ただいま"くらい言いなさいよ」
「……入る前にノックしてって言ってるでしょ」
「"ただいま"を言わなかったあなたが悪い
でしょ。
またそのジャージ?似合ってて可愛いけどさ、たまには違う服も着たら?」
「ごめん。お母さん、それは無理。家でいる私はこれが正装なのだよ」
そう言うと、母はため息をつきながら苦笑いして、
「はいはい。ご飯できたから降りて来なさい。今日はあなたの大好きなハンバーグ。母さん気合い入れて作ったからね」
そう言い残して、部屋から出ていった。
私はぬいぐるみを抱いたまま、天井を見つめる。
彼女はーーりんなは、私を見て微笑んだ。
でもその笑い方だけ、どこか冷たくて。
ぞくりと、背中に寒気が走った。
ーーあれは、あの日の空気だ。
それが、私と"彼女"の最初の出会いだった。
昼休み。
クラスのほとんどは購買か食堂に利用行くことが多い。
でも私は、人混みが苦手で、いつも教室の席でひとり弁当を早く食べ終え、ヘッドフォンをかけて音楽を流しながら、自分だけの時間を過ごしてる。
それが、私なりの"距離の取り方"だった。
やがて、食堂から天野りんなが、戻ってきた。人影がまばらなこの教室の中で、彼女はまっすぐ私の席に向かってくる。
(…来ないで)
私は机にうつ伏せになって、寝たふりをした。
でも、そう思ったときにはもう、彼女は私の机の前に立っていた。
「こんにちは」
小さい声だった。
けれど、静かな教室にはやけに響いた。
私はヘッドフォンを外すこともせず、顔も上げず、無言を貫いた。
それでも彼女は、遠慮がちにもう一歩近づいて
くる。
「私、天野りんな。昨日、転校してきた」
(知ってる。私の顔で、自己紹介してた子)
「佐藤ももねさん、だよね」
その名前を聞いた瞬間、胸の奥がチクリと傷んだ。
当たり前のはずなのに、誰かに自分の名前を呼ばれると、どこか遠くで鳴る鐘のような、妙な違和感が響いた。
「……何の用?」
やっとの思いで、声に出した。
自然と、冷たい口調になってしまった。
けれど彼女はーーりんなは、少しも動じた様子を見せなかった。
「似てるって、よく言われる。私、昔から誰かに似てるって」
「……そう」
その一言で、会話を終わらせようとした。
でも、りんなはさらに言葉を重ねてくる。
「でもね、ももねさんに会ったとき思ったの。
似てるって言うより……まるで、写す鏡みたいだった」
「……」
「私がもうひとりいるみたいで、ちょっと変な感じだった。
でもね、ちょっと……嬉しかった」
私はそこで初めて、彼女の顔を見た。
黒くてまっすぐな髪に、曇りのない瞳。そしてどこか"作られた"ような整った笑顔。
その瞬間、ぞくりと、背中に冷たいものが走った。
「私は、……嬉しくないけど」
そう言って、私は立ち上がり、ヘッドフォンをかけ直す。
ぬるい空気の中、彼女の声だけが、背中に届いた。
「……ごめんね。なんか、話したくなっただけ」
その声だけは、ほんの少しだけ寂しそうだった。