挫折、怨恨 ー2度目の人生ー
前世の記憶を取り戻した時、俺は10歳だった。
昼間なのに空を見上げれば月らしきものが3つ、そこはファンタジーな世界だった。
前世のアニメで流行っていた異世界転生作品、まさにそれだった。
最初は前世の記憶があれば才能がなくても上手くやれると浮かれた。
しかし考えれば考えるだけ絶望的な状況だと言うことに気付かされる。
この世界の情報がない。
魔法はあるのか?
剣技などの技はあるのか?
自分には才能があるのか?
努力して手に入れられるものはあるのか?
小さな村の農民、次男の俺には選択肢がそもそもなかった。
長男は農家として家業を継ぐだろう。
俺はどこかに婿入り、それが当たり前の認識だった。
冒険?旅?修行?
そんな自由は俺にはなかった。
ひたすらに畑を耕し、家業を手伝う毎日。
経験のない畑作業において前世の知識を活かすこともできず、この世界の知識だけで生活していた。
ある時転機が訪れた。
村に立ち寄った冒険者と呼ばれる人たちに出会った。
初めてのファンタジーらしい展開に心躍り、彼らに冒険者について話を聞くことにした。
またしても俺は挫けそうになった。
冒険者になれるのは僅かばかりの才能と努力を続けた人間だけだと言われた。
僅かばかりの才能、それは剣の才能にしかり魔法の才能しかり、魂に刻まれているものだと言われた。
才能は自覚することができるもので気付かないことはあり得ない、才能がなければいくら努力しても一般人の枠を出ないと聞かされた。
実際に剣技や魔法を見せてもらった。
それは本当にアニメや小説で目にするようなものだった。
心が躍ったのもその時だけ、才能が自覚できない俺には項垂れることしかできなかった。
冒険者が村を離れ、しばらく落ち込み続ける俺を見かねた両親にお前は自由に生きなさいと言われた。
涙が出た。
自分のことしか考えていなかった俺を両親は温かく送り出してくれたのだ。
17歳になった俺は村から離れた山小屋で一人暮らしをすることにした。
貯めたお金で村に来る行商人から剣と弓を買い、毎日素振り、的当てをする生活。
食事も自給自足、動物を狩ろうにも素人には罠を仕掛けウサギを狩るのが精一杯だった。
魔物?ダンジョン?
そんな展開もなく、自分が覚醒することを信じてひたすらに体を鍛え続けた。
20歳になった。
栄養のある食事も取れていない俺は体を鍛えることもままならない。
剣を振ることが日課になっているだけで、どうせ無理なんだろうなと既に思っていた。
それでも剣を振り続けるのは背中を押してくれた両親の顔が忘れられなかったからだ。
22歳のある日、村の警鐘がなる音が聞こえた。
生まれて初めて聞いたその音は俺を高揚させる音ではなく、絶望させる音だった。
家族が危ない。
俺は剣を取り夢中で山を駆け降りた。
物語ならばここで俺は覚醒する、そんなことを考える余裕もなかった。
俺はまだ何も成し遂げられていない、親孝行も出来ていない。
村の入り口に着いた。
村の中から聞こえる悲鳴と喧騒になぜか涙が止まらなかった。
俺は両親と兄のいる実家へ向かった。
家は全焼し家族の安否も不明、家の前に立つ1人の人間は見覚えのある男だった。
「あなたは…」
忘れるはずもない、昔村に立ち寄った冒険者だった。
顔も見たことがないが黒の甲冑だけはハッキリと覚えていた。
「あの時の坊主か、覚えているものだな」
「なんでこんな事を…?」
「国からの依頼でな、悪く思うな」
男はゆっくり近づき、俺は慌てて剣を構える。
「剣の才能があったのか?」
「ない、それでも冒険者に憧れることはやめられなかっただけです」
「努力はしたが才能はなかったか…一思いに楽にしてやる、悪く思うな」
剣士が構え、離れているにも関わらず剣を振った。
何が起こったのか何一つ分からなかったが、俺の体は簡単に切り裂かれた。
意識を失うまでを長く感じた。
今のは斬撃を飛ばしたってことなんだな。
家族に何も返せなくて申し訳ないな。
最初はそんなことばかりを考えていた。
次第に負の感情が沸々と湧いてきた。
何故俺には才能が無かったのか。
何故こんな理不尽を押し付けられなければいけないのか。
ふざけるな。
なにが努力だ。
1%の才能と99%の努力?
1%の才能が無い人間はどうやって…
そこで気がついた。
前世も今世も様々なことに挑戦するべきだった。
なぜ営業に囚われていたのだろう。
なぜ冒険者に囚われていたのだろう。
そもそも才能なんてあるか無いか普通は分からない、一つがダメでも別のことにベクトルを向けることもできた。
慎ましく生きるなら才能がなくてもできる事をするべきだった。
気がつくのが遅すぎた。
なんとも言えない感情を抱えながら思う。
人間が生み出した偶像である神というものが本当にいるのならどうするべきだったのかを教えて欲しい。