7日目 選んだのは
僕はきな臭い匂いに目を覚ます。ものの焼ける匂いだ。
先程まで目の前にいた女神は、どうしてその者を選ぶのだ?と聞いてきた。自分で用意したくせに、意外だったのだろう。
なにせ、死ぬ確率の高い人物、有力者の息子を選んだから。
現に、今、屋敷は燃えている。
「死ぬ前にやることがある!」
そう言葉にして、部屋を駆け出す。
「執務室、執務室……」
煙が充満する屋敷の中。記憶だけを頼りに僕は部屋を目指す。生まれ育ってきた家だ。さすがに配置は目をつむってでもわかるけれど、煙でむせてなかなか前に進めないし、ここに義賊の連中が入り込んでいたら、目的を果たす前に最悪殺される。
執務室は幸い奥の方で、煙は来ているもののまだ燃えていない。
僕は大きめな書類棚の前に駆け寄る。陳情書は大きめな箱に乱雑に入れてあった。
「バカな令嬢が無駄に手紙を送り続けるから、大事な陳情書が埋もれてしまうんだ。この前酒場で暴れた男が叫んでいた。なんにも改善されない、と」
両手で抱えるのがやっとの箱状の引き出しにあふれる陳情書。その大半が同じような素材の封筒が使われており、同一人物からのものであると分かる。
時折混じる、質の違うもの。
それを選り分けていくと……。
「あった」
下町上がりの兵士が書いた陳情書。それは町の名士と打ち合わせたうえで緻密に作り上げた街の改善計画も含まれているものだった。
ただ、この紙切れ一つで町が一瞬で改善されるわけではない。
それでも。
町から上がる民の声を無視し続けてきた区長、僕の親父をこえて、市長に届けたら、何か変わるかもしれない。
あの男は、下町上がりの兵士は言っていた。
今や荒れ果てたあの小道、馬車から少年が倒れていたのが見えた小道も改善対象区域だと。
「僕一人では無力で何もできないと思っていた。バカだな。やりようはいくらでもあった。日常に麻痺して、脳みそまでマヒしてたんだな。でも、この手紙を、義賊のリーダーに託すことができれば」
あの子を含めた、多くの民を救えるだろう。
間に合え、間に合え。
そう念じながら、今度は火を放つ義賊の下へ駆け出した。
物語はここで終わりです。
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