4日目 権力者の息子
権力者の息子は女よりもきれいな顔をしている。そういう評判だった。
なるほど、その通りと思うような整った顔立ちが鏡の中にあった。王子様のような美少年。部屋を見回すと、一つ一つの家具が最高級品だということがわかる。明らかにナターシャの部屋よりもはるかに豪華な部屋。
「なるほど。これが人生の勝者と言うやつか」
日替わりで別の人物になることにも慣れてきたが、寝起きは前日の人格を引きずってしまうようだった。
体を起こすとすぐに気配を察知して侍女が部屋に入ってくる。そして顔を洗うための水を用意して、楚々と控える。
連日の意味の分からない転生。いや、これはそもそも転生というのか? それすらもわからないが、別の人々の人生が、まるで悪夢を見たあとの朝のように頭の中に浮かんでは消えていき、脳みそをかき回す。
「アンナ。今日の予定は?」
頭を振って余分な記憶を追い払い、無意識にルーティンをこなす。確か今日はやることが山ほどあったはずだ。
来週に控える自分の十二歳の誕生日に、父が『権限を譲渡する』という名目で仕事を押しつけてくることになっていた。
「本日の予定は朝食前に剣のお稽古と乗馬のお稽古。朝食時に市民の陳情書を聞き、執事のロブスから町の有力者のリストが読み上げられますので誰と繋がるかの裁定。朝食後には家庭教師による授業が五科目ほど入った後に昼食、その後ーー」
「いや、もういい。とりあえずあとでまた聞く」
詰め込み過ぎだろう。しかし毎日のことであるので何とかこなせることも分かる。
洗顔の後でメイドたちに着替えを手伝わせ、稽古の服を着ると、いっそう顔が映える。
俺の顔がいいことは親父の自慢らしい。権力によって街一番の美女を妻に迎えて、生まれたのが母親似の俺だった。
俺の顔は票集めに向いているから凄くいいのだと、そう言う。
親父に似なくて良かったと、俺もそう思う。なぜならあいつは危険ドラッグを町に流したり、非合法なことをしてカネを稼いでいるクズだから。なぜ捕まらないのかというと、親父自身がその捕まえるやつ側のトップ、駐屯軍の長を動かす権限を持つ区長だから。
豪華な食事を食べ、質のいい服を着て、豪邸に住む。従業員は皆傅き、これぞ上流階級という一日を過ごす。
しかし、町を移動するとき、豪華絢爛な馬車に揺られながら町を見る。豊かそうに見える表通りからチラチラと見える裏通り。それは暗く、荒れていた。酒を飲んでいる大人。死んだように動かない子ども。
親父が流した危険ドラッグのせいで治安が悪化し、食い詰める人も増えてきたようだ。
そんな町の人間を横目で見ながら、俺は自分の恵まれた環境を思う。自分の生活が何から成り立っているのかを知ってしまった今となっては、何を食べても何の味もせず、目に入る高級品もすべてごみに見え、自分は何のために生かされているのか問い続ける日々。
でもそんな日々も今日で終わりだ。なぜなら、親父を打ち取ろうとする義賊が町の中に生まれたから。そして、そいつらに我が家の警備が明日薄くなることを伝えたから。
そしてあくる朝。僕は目を覚ました。でも、体を起こすことはできなかった。