修羅場に巻き込まれます
デート中に突然謎の男たちに拉致されてしまった。とはいえ、俺自身の心配よりもミカンさんを置き去りにしてしまった後悔の方が大きい。デートをすっぽかされたことに呆れてミカンさんは帰ってしまっただろうか。だとしたらコイツら絶対に許さんぞ。
俺は屈強な男たちに両脇を挟まれる形で車の後部座席に乗せられたまま、何処かへ向かっている。正直コイツらを叩きのめすくらい訳ないが、誰の差し金かだけでも知る必要はある。ソイツに会ったらボコボコにしてやる。
「さあ、着いたぞ。降りろ」
俺を乗せた車は何処か見覚えのある場所に停まった。どうも辺りに人気のない倉庫街の真ん中にある廃倉庫のようだ。もしかしたらデスマリッジ結婚相談所の近くなのではないか?一瞬根黒に助けを求めるかと考えたが、寧ろ足手まといになりそうなので辞めた。
男たちは俺を車から乱暴に降ろすと廃倉庫の中へと引きずり込んだ。中は大きな窓も照明もないのでかなり暗い。しかしそれでも真ん中付近に複数の人影が見えた。どうやらあれが俺を拉致するよう命じた張本人のようだ。
「奥様、連れてまいりました」
男の一人が真ん中の人影に向かって話し掛けた。すると一人の影がゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。果たしてどんな奴なのか。俺はゴクリと生唾を飲み込む。
漸く影の正体が小さい窓の明かりに照らされて見えてきた。その姿は…に大阪のおばちゃんを彷彿させるド派手さな虎柄のシャツに趣味の悪い毛皮のコートとそして虹色に染めた髪がまあ目立つ背の低いオバサンだった。オバサンはかなり長めの煙管を咥えており、煙をフゥーと吹くと俺の顔をマジマジと眺めて来た。
「この男で間違いないね?」
「はい、お嬢様の仰る通りの男です」
「ご苦労」
オバサンは男たちに礼を言うと、俺の近くに寄ってきた。何というか見た目のアクも強いが、香水の臭いもかなり強めできつい。オバサンは煙管を思い切り吸うと、俺の顔目掛けて煙を吐いた。
「ゲホッ、ゴホッ!」
「フン、随分とオッサンじゃないか。アンタ、何故此処に呼ばれたか分かる?」
「ゴホッ…すみません、全然分かりません」
「は?本気で言ってるの?」
「はい、全く身に覚えがないので。誰かと間違えているのではないですか?」
本当に俺はこのオバサンのことを知らない。俺からの返答にオバサンは相当気を悪くしたのか顔を真っ赤にしてワナワナと震えている。正直気を悪くしてるのは此方である。これでも冷静に俺は対処している方だ。相手が相手なら迷わず一発食らわせているだろう。
「随分と舐めた態度を取ってくれるじゃないの。この私を誰だか知っているのかしら?」
「え?誰ですか?」
「貴様!無礼だぞ!!この方をどなたと心得る!畏れ多くも仁沢賀瀬グループの総帥、仁沢賀瀬尚葉様にあらせられるぞ!」
オバサンの取り巻きが横から口を出した。改めて紹介されたことにオバサンもとい尚葉が得意気にふんぞり返る。
「……すみません、全く存じ上げません」
「チッ!!これだからニワカ者は。あのね、私は優しいから一から説明してやるよ。アンタはね、仁沢賀瀬グループの人間に泥を塗ったのよ。正直チンピラ程度にバカにされようが、どうってことはなかったけど、さすがに身内がコケにされたんじゃ出るとこ出ないと行けないと思ってね。わざわざ来てやったってわけ」
「はあ…何のことやらサッパリ分からんのですが」
「尚子!!」
尚葉が倉庫の奥へ向かって叫んだ。すると奥からもう一人此方へと歩み寄ってくる。近づくにつれ徐々に姿が見えてきた。のだが、その顔を見た瞬間、俺の全身の血の気が引いた。見覚えのあるまん丸顔で目は太眉細目、団子鼻にタラコ唇の小太りの…お世辞にも美人といえない女性…。しかも服装は趣味の悪いヒョウ柄にド派手な毛皮を身にまとっている。
「げえ!!お前は、あの時の…ぶ、ブサイク!!」
「フフン、おひさ〜♪会いたかったわよん、りょうちゃん♡あの時とまんま同じ格好なんてりょうちゃんって貧乏なのね、ププ♪」
「ま、ま、まさか……これは?!」
「やっと分かったようね。尚子は私の娘よ」
なんてこったい。拉致を命じたのは前に無理やり破談にしたお見合い相手だったとは。てことはだ。俺はこれからどうなる?
「選択肢は二つに一つよ。尚子と大人しく結婚するか、此処で生涯を終えるか。今すぐ選びなさい」
ドヤ顔で尚子が俺を見下ろす。母子揃って嫌な奴らだ。気づいたらいつの間にか俺の周りを屈強な男たちが取り囲んでいた。なるほど最初からこういうつもりで来た訳か。だが、ミカンさんという最良の方と真剣交際している以上、こんな親子と関わるつもりは毛頭ない。
「もしも嫌だ、といったら?」
俺はこの無礼な母子と連中に向かって不敵に笑った。