怪しげな相談所に入会します
デスマリッジ結婚相談所に電話を掛けてから数日後、先方から指定された時間にとある場所へ俺は向かった。電話を掛けたと言ってもよく分からん自動音声風の案内がツラツラと流れるだけで、質問に合わせて番号で答えていくタイプの味気ないやり取りだった訳だが。
それはさておき怪しさ満点な結婚相談所にも関わらず、俺は敢えてそこに入会しようとしている。知らず知らずの内に思考能力が停止していたようである。もし俺のそばに相談できる人間がいたら迷わず止めてただろうし、俺も頭を少し冷やせば踏みとどまれたはずなのだ。ま、何を言っても今更なので仕方ない。
「……此処?本当にこんな所に結婚相談所があるのか?」
指定された場所は街中から離れた倉庫街の真ん中にある小さな建物であった。他には人気がなく、閑散としている。もしかしてまた騙された?仮に騙されたとして俺を騙すメリットなど相手にないと思うのだが。
気を取り直して建物の入り口らしきドアにベルがあったので押してみた。ドアの向こうからかすかな音が聞こえる。一応電気は通っているのか。少しだけソワソワしてきた。
「どうぞお入りください」
不意にドアの向こうから声が聞こえた。俺は柄にもなくビクンとして固まってしまう。えっと…俺ベルを押しただけで何も言ってないけど。まあ、事前に予約はしてるからいいのか?俺は中からの声に従い、ドアをゆっくりと開けてみた。
恐る恐る建物の中へ踏み入れると、昼間なのにほんの数メートルしか先が見えないくらい薄暗い。ただ異常なまでに埃臭く、ろくに手入れされていないことだけは分かった。ますます警戒心が高まる。
「当相談所へ入会申請いただいた半田良二さんですね。お待ちしておりました」
部屋の奥からハッキリと声が聞こえる。中年から老年の男性のような少なくとも俺よりは年上の声だ。どこか余裕のある落ち着いた印象を受ける。すると奥から人影が此方に近づいてくるのが見えた。近づくにつれ徐々にその姿が明らかになってくる。
「私、デスマリッジ結婚相談所の所長兼相談員の根黒万歳と申します」
「へ?根暗?」
「ネクロです」
根黒と名乗る男が俺に名刺を差し出してきた。男の容姿はツルツルのハゲ頭に瓶底メガネ、顔の下半分を覆う巨大なマスクが特徴でバリッとタキシードを決めた小男だった。名前から容姿に至るまで何もかも極めて怪しい。
しかしこの男…どこかで会ったことがあるような。今回初めて会う訳じゃない気がする。何かのデジャヴか?
「半田さん、立ち話も何ですのでどうぞ此方へ」
俺がボンヤリ考えていると根黒が部屋の奥にあるテーブルと椅子の方を指差した。部屋の奥へ進む度に床がきしむ音がする。その内建物ごと崩れるのではなかろうか。俺が椅子に座ると、根黒がテーブルを挟んだ向かいの椅子へ腰掛けた。
「半田さん、電話にて幾つか質問させていただきましたが、特にお変わりはないということでよろしいですね?」
「はい」
「なるほどなるほど…」
「………」
「………」
そこからしばらくの間、よく分からん沈黙になった。こないだの結婚相談所もそんな感じであらゆる方面からぶった斬られた気がする。今回も一緒か…と思いきや、根黒から予期せぬ言葉が発せられた。
「素晴らしい!実に素晴らしい!」
「はい?」
「半田さん、実際にお会いしてみて確信しました。貴方こそ当相談所に相応しい方だ」
「は?はあ…」
「これまで当相談所は様々な媒体で広告や宣伝を打ってきましたが、大概は避けられるか冷やかしでマトモな入会希望者など一人もおりませんでした」
「……でしょうな」
俺は思わず率直な意見を口にした。確かにマトモな人はこんな怪しげな相談所なんぞ利用しないだろうな。て、自分で言ってて悲しくなってきた。俺はマトモじゃないのか。
「半田さん、是非とも当相談所へご入会ください。必ずや貴方のお眼鏡に叶うお相手をご用意できます」
「えっ…一応そのつもりではありましたが、入会費のことや誓約書とか色々あるのでは?」
「もちろんあります。ただ入会費については今回無料とさせてください」
「えっ!?無料??」
俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。完全に警戒レベルマックスではあるが、別に何をされた訳でもないし通報するようなことでもなさそうだ。とりあえず根黒の話を聞くことにする。
「あの無料って…何かあるんですか?」
「最後に成婚された場合のみ料金が発生します」
「……お幾らほど?」
「そうですね……500と言ったらどうします?」
「ご、500!??」
またまた素っ頓狂な声を上げてしまう。これは高すぎる。やはり辞めて逃げるべきか。だが根黒はニコニコしながら此方を観ている。算段があると言うだろうか。
「ご心配なく。ローンもありますよ」
「俺、仕事柄ローン組めないと思うんですけど…」
「大丈夫。私の知り合いに誰でも借りられるローン会社がありますから」
「………本当に?闇金とかじゃないでしょうね」
「闇金かどうかの判断はお任せします。ただあくまでも成婚された場合のみです。もし破談になったのなら代金はいただきません」
根黒がキッパリと言い切る。俺は悩みに悩んだが、最悪のケースも想定して入会のみすることに決めた。根黒が用意した誓約書にサインすると、根黒は満足そうな笑みを浮かべた。
「半田さん、貴方のご希望は既に伺っております。早ければ来週にはお見合いまで持っていけると思います」
「え?!そんなに早く?」
「当相談所は『早い、安い、スゴイ』をモットーとしておりますから」
「いや、安くはないと思うけど…」
自信満々な根黒とは対照的に俺は妙な胸騒ぎがしてならなかった。根黒からまた日時を指定されると、俺は相談所を後にした。……やはりあの男、気になる。いつかどこかで会ったような。俺は悶々としつつ、家路に着くことにした。