心が折れます
詐欺みたいなお見合いの一件でマッチングアプリに嫌気が差した俺は当初避けていた結婚相談所を利用することに決めた。入会費云々より最初から此方を選んでおけば良かったのだ。さしあたり大手で成婚率の高い相談所を選び、まずは入会手続きを進めることにする。
入会に必要な書類を揃えると予約していた日時に結婚相談所のある雑居ビルへと向かった。相談所自体はかなりこじんまりしているが、室内は清潔感と明るい雰囲気が出ている。何となくだが、此処なら大丈夫だろうという安心感が湧いてきた。
入り口で書類の提出と受付を済ませると小さな部屋へ通された。部屋の中にはテーブルとそれぞれ向かい合わせで一脚ずつ椅子が置かれている。他に小窓と何処の誰が書いたのか分からない抽象画が壁に掛けられている以外は余計な装飾もないシンプルな部屋だ。
緊張しながら待っているとドアをノックする音が聞こえた。俺は思わず立ち上がる。
「お待たせしました、当相談所へ入会を希望されている半田良二様ですね?」
「は、はい!そうです」
「そんなに緊張しないで。まあお座りください」
「は、ははあ」
手練と見られる相談員に促されるまま、俺は椅子に座った。俺の担当の相談員は壮年の女性であり四角いメガネとバリッと結った髪からいかにも堅物な印象を受けた。相談員は手元にある俺の資料と俺を交互に見ながら持ち込んだタブレットに何やら打っている。まるで品定めされているような気分だ。嫌な汗が体中から出てくる。
「自己紹介が遅れました。私、当相談所の職員で今回半田さんの担当を勤めます根本勝美と申します」
「はあ、よろしくお願いします」
「では早速ですが、半田さん…プロフィールとお相手のご希望を確認しているのですが…」
根本相談員の眉間に深いシワが寄る。あまりいい印象を持たれていないのだろうか。何とも言えない空気が部屋中に漂う。ほんの数秒の沈黙なのだが、俺にとっては恐ろしく長く感じた。仕事でもここまで緊張することはないのだが…。
「…………」
「…………」
「……あの」
「は、はい!?」
「このプロフィール、真面目に書いてます?」
「へ?」
根本相談員から出た言葉に俺はマヌケな反応をした。いや、事前に書いてほしいと言われたから自分の思いつく限りのことを出来るだけ正直に書いたのだが。
「職業欄のバウンティハンターって何ですか?」
「逃走中の指名手配犯を生け捕りして警察に引き渡す仕事です」
「他には仕事してるんですか?」
「ええと、ハンターの仕事がないときは日雇いのバイトをメインにしてます」
「で、年収は約300万弱と」
「ああー、それは羽振りがいい時ですね。最近は治安が落ち着いてきたからバウンティハンターの仕事も減りつつあるので」
「はあ〜…」
根本相談員は溜め息を付きながら頭を抱える。そんなに変なこと言ったか?しばらくしてようやく根本相談員が口を開いた。
「半田さん、正直に申し上げます。今のままでは貴方は絶対に成婚できません」
「へ?絶対?」
「はい、絶対です」
根本相談員にぶった斬られて俺は口をパクパクさせた。え?そんなに俺って駄目なの?頭が真っ白になっていると根本相談員が話を続けた。
「まず相手に求める条件と半田さん御自身の今のスペックが余りにもミスマッチです。当相談所の会員にも条件に当てはまる方は居るには居るのですが、現状半田さんとお見合いまで至るのは絶望的と見ていいでしょう」
「ぜ、絶望…」
「これでも言葉を選んだほうです」
「し、しかし!」
「何ですか?」
「………いえ、続けてください」
その後も俺は淡々と根本相談員からダメ出しを受ける羽目になった。始まる前から此処まで言われることってあるの?もう帰りたいんだが。ちなみに俺が相手に求める条件とは以下の通りだ。
・28歳以下 (絶対条件)
・専業主婦希望
・亭主関白を許してくれる人、俺の仕事に文句言わない人
・家事育児をやってくれる人
・顔や体型はモデル並の人
これでも絞った方だ。だが、根本相談員の視線は厳しい。何度も溜め息を付かれている。しまいにはこんなことを言われた。
「いい加減現実を見てください。正直半田さんは当相談所の手に余るかと私は思いますが、それでも入会をご希望されますか?」
「………いいえ」
「分かりました。では事前にお支払いいただいた入会費は返金させていただきます」
「はい……」
根本相談員の言葉で完全に心を折られた俺はそのまま帰ることに決めた。仕事では何を言われようが何をされようが全然堪えないのだが、プライベートのことになると途端にヘタレになってしまう。俺の心はガラス細工なんだよ。
その後も幾つか結婚相談所を調べて入会しようとしたが、門前払いされたり相談員と取っ組み合いのケンカをしたりとで全く持って前に進めない状態となってしまった。たぶんその界隈ではブラックリストに載ったかもしれん。
「はあ〜」
喫茶店に置かれた雑誌を読みながら「婚活」に関する記事を探しているが、大したものは載ってない。婚活パーティーやら街コンやらも申し込もうとしたが、何か条件が細かったり見合わなかったりで行く気がしなかった。そうこうしている内に段々と貯金が尽きそうになってきている。もう今生での結婚は諦めるべきか。
「ん??」
半ば自棄になりながら手当たり次第に雑誌を開いていたら、ある小さな広告が目に飛び込んできた。
「貴方の理想の結婚相手に短時間で確実に出会えます。まずはデスマリッジ結婚相談所にご連絡ください」
………怪しい。この上なく怪しい。しかし他にツテがない以上、藁にも縋る思いだ。まあ、これまでの経緯からいって騙されて元々だろう。俺は聞いたこともないような結婚相談所の連絡先をスマホのカメラに写すとそそくさと喫茶店を後にした。
「デスマリッジ結婚相談所…か」
俺は自宅に着くと当該のデスマリッジ結婚相談所の電話番号に掛けてみた。