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お見合いします

 マッチングが成立した相手と直接会う日が来た。この日を今か今かと待ちわびた反面、これまでの人生で経験したことがないくらいの緊張もしている。なんせ朝起きてから5回歯磨きして、3回風呂に入って身を清めたくらいだ。ヒゲだって丹念に剃っている。


 通知が来た後すぐに流行りの服っぽいものを店員に言われるがまま購入し、その数日後には美容院へ向かって髪型を清潔感のある感じに整えた。正直かなりの出費ではあるが、背に腹は代えられない。これで生涯の伴侶が得られるのであれば、こんな出費安いものだ。


 さて相手との待ち合わせ場所はとあるホテルのラウンジだった。夕方16時に設定して、目印としてバラを一輪テーブルに置いている。なお目印は相手方の提案であり、俺の趣味ではない。花屋で買うとき、怪訝な目で見られてしまった。


 それはさておき相手の女性であるが、アプリのプロフィールによると仁沢賀瀬ひとさわがせグループと呼ばれる大企業の社長令嬢らしい。…よく知らんけど。アプリの写真は清楚な黒髪のお淑やかな美人である。正直俺にはもったいないくらいだ。本当にこんな美人が俺を選んでくれたのだろうか。


 そもそも普通、大企業の令嬢となる人がこんなマッチングアプリで相手を探すだろうか?偏見かもしれないが、きちんとした身元の人とお見合いとかするんじゃなかろうか?疑問が浮かんでは消えていく。


 そうこうしている内についに待ち合わせの時間が来た。相手方の女性はまだ来ない。俺はテーブルにバラを置いてラウンジの入口付近を凝視していた。…しかし待てど暮らせど相手方の女性は一向に現れない。騙されたか…と半ば諦めかけたとき、突然俯いている俺の前に女性らしき影が現れた。



「あのー、半田さん…でしょうか?」

「え…は、はい!!えっ………!??」



 顔を上げた俺の前に居たのはアプリの写真とは似ても似つかないまん丸顔で目は太眉細目、団子鼻にタラコ唇の小太りの女性だった。お世辞にも美人は言い難い、何というか…これをいったら炎上するかもしれないくらいのヤバさである。オマケに服装は大阪のおばちゃんを彷彿させるド派手さでヒョウ柄に毛皮のコートと紫色に染めた髪がまあ目立つ。



「良かった、すみませんねー。あたし方向音痴なもんで迷っちゃったのよー」

「…………え、ええと。まさかというか、もしかしてですが、ひ、仁沢賀瀬尚子ひとさわがせなおこさんですか??」

「そおよん。なおたんって呼んで♡」



 おえええ!!女性の言動のあまりの気色悪さに危うく嘔吐する所だった。嘘だろ??あのアプリの写真は誰なんだ?!



「ああ、もしかしてあの写真のこと?それはあたしが雇っていたメイドの子よん。でもこないだ結婚して田舎に帰っちゃったのよん。本人にお願いしてあたしの写真に使わせてもらっちゃった。てへ☆」

「う……おえ。……それはさ、さ、詐欺…なのでは??」

「イイじゃん、そんな堅いこと。あたしたちはぁ

 、夫婦になるだからさぁ。ねぇ、半田ちゃん」

「え??ええと…尚子さんは、その、仁沢賀瀬グループの令嬢なんですよね?」

「うん、そおよん。でもママンはあたしじゃなくて結婚した従兄弟に継がせるみたいでね。ついこないだ勘当?されちゃったのよ。で、あたしも負けてられないと武者修行しながら婚活してるのよん。今のところはまだお眼鏡に叶う殿方はいないけどね」

「……それは花嫁修行の間違いでは」



 おいおいおいおい、勘弁してくれ。幾ら齢40オーバーの俺だって選ぶ権利はあるだろう。金持ちだと思いきや勘当されてるだと?親御さんにとってはただの厄介払いなのではないか?

 ヤバい、これはヤバすぎる。これまでバウンティハンターとして生きてきて本能的に危険を察する能力だけは誰よりも鋭敏にその身に染み付いていた。その本能がこの女はヤバいと訴えている。



「ところでさぁ、半田ちゃんの職業は何なのぉ?」

「え!?…ま、まあ所謂その、ハンター、ってやつでして」

「ハンター?猟師なの?」

「…まあ、そんなとこです」

「すんごいじゃん!りょうちゃん!!」

「りょ、りょうちゃん??」



 いきなり名前呼びとは馴れ馴れしい。馴れ馴れしいにも程がある。急いでこの場から逃げよう。逃げるに限る。俺は尚子に気づかれないようにチラリと出入り口に目をやると、最短の逃げ道を算段した。



「すみません、ちょっとお手洗いに」

「えっ?さっき来たのにもう?りょうちゃんったらオシッコが近いのね。歳?」



 余計なお世話だ、この野郎。とりあえず俺はトイレに行く振りをしてお会計を済ませると、(もちろん割り勘)そのままホテルを後にした。が、少し気になって向かいにある喫茶店に入ると、窓際の席からしばらくホテルの方を観察することにした。当然着信は拒否しておく。

 ものの一時間経たないくらいだろうか、ホテルから絶叫しながら鬼の形相で飛び出して来る尚子が見えた。耳を済ませると通行人がドン引きするような暴言を吐いているみたいだ。さすがにお見合いの相手が何も言わずにバックレたらキレるのは当然か。しかし…



「あのクソ野郎、何処行きやがった!!?ジジイの分際で舐めやがって!あたしから逃げようなんざ20年早えんだよ!!」



 やはりバックレて正解だった。あんなのと一緒になるなんて一億積まれようが真っ平ゴメンだ。まるで頭から湯気が出るかの如く顔を真っ赤にして尚子は明後日の方向へ去っていった。幸い喫茶店に座る俺には気づかなかったようだ。

俺は尚子の報復を恐れると、大急ぎで退会処理とアカウントを消去してアプリをアンインストールした。……やはり婚活は甘くない。俺はもう一度心を入れ替えて一から始める決心するのだった。

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