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 不意にガタッと音がした。この部屋には無言で横たわる女性以外には俺しかいないはずだし、恐らく外からの音だろう。だが…またガタッガタッという音が複数回に渡って明らかに部屋の中から聞こえた。

 俺が恐る恐る無数に並んだベッドに目をやると、端のベッドから数人の女性が起き上がり、此方へフラフラしながら歩み寄ってくるのが見えた。



「……な、何だコイツら…?」



 女性らは長い髪を振り乱し、体を左右に揺らしながら此方へと近づいてきた。肌はまるで映画に出てくるゾンビのような灰色に染まっており、人間とかけ離れた姿をしている。コイツらが根黒の言っていたミカンさんのなり損ない、言わば粗悪品なのか?

 俺はジリジリと後退りを始めた。背中を向けたら隙を見せることになる。まずは相手の出方を見るしかない。俺はゴクリと生唾を飲み込む。



「ぐばあああ!!」



 突然女性らが一斉に叫び出した。このけたたましい声には聞き覚えがある。確か尚子を食った化け物が発した叫びだ。そうこうしている内に女性らは今度は次々と四つんばいになる。すると女性らの体が徐々に膨張を始めたのが確認できた。どうやらあの化け物に変身しているらしい。


 悪い予感は的中したみたいだ。あの化け物の正体が今ハッキリした。根黒の野郎、とんでもないものを作りやがって。俺は女性らが化け物に変わる前にドアの方へ振り返ると、全速力で駆け出した。



「まずいまずいまずい!!此処から逃げられたとしてもヤツラをどうする?!」



 俺は走りながら自問自答する。とりあえず外で尚葉らと合流して根黒を追い詰めるか。だが、そんな余裕はあるのか。

 俺は一瞬、振り返ってみた。すると案の定女性らは次々と化け物に変わり、此方へと向かってきている。明らかに先程よりも数が増えているようだ。



「まずいまずいまずい!!本当にどうする?!」



 俺が相談所の入り口から飛び出そうとした時、数十メートル先に先程突入していた仁沢賀瀬家の完全武装した一団の姿が見えた。いつの間に外に出ていたのだろう。武装集団の一人が俺の姿を見て驚いている。するとその一人がジェスチャーで大至急此方に来いと合図しているのが分かった。



「な、なんだ?どうしたんだ?」



 俺が疑問を浮かべた次の瞬間、背後から凄まじい爆音と熱風が俺に襲い掛かってきた。余りの衝撃に俺は武装集団のいる方へ体ごと吹き飛ばされた。地面に叩きつけられたことで全身に痛みが走る。

 武装集団の一人が俺に歩み寄ってきて何かを話しているが、爆音で耳がやられてイマイチよく聞き取れない。たぶん大丈夫か?と言っているのかもしれない。


 俺がゆっくりと相談所の方に目をやると、先程まで居た場所が瓦礫の山と化していた。相談所が跡形も無くなっているのを見て、何となく何が起こったのかを察した。

 武装集団は武器を手にすると、相談所のあった瓦礫の山へと向かって次々と発砲を始めた。どうやらあの化け物たちを始末するために相談所ごと爆破したのだろう。とは言え、一歩遅かったら俺まで巻き添えて吹っ飛ぶところだった。



「……い、いつつ……ここまで派手にやるか…?」



 ようやく声が出せるまでになった。何とか命は助かったものの体のあちこちが痛い。それでも俺は行かねばならない所があった。

 此処は武装集団に任せるとして俺は歩み寄ってきた武装集団の一人に「尚葉は何処だ」と聞いた。聞かれた相手は俺の耳がまだ聞こえていないことを悟るとある方向を指差した。俺はその方向へヨロヨロしながら歩き出す。



「根黒もそこにいるはずだ…絶対に逃がさんぞ」


 ……………………………………………………


 一方その頃、予想通り尚葉たちは根黒とペキコを倉庫街の路地に追い詰めていた。根黒はペキコの後ろに隠れてじっとやり過ごそうとしている。尚葉はと言うと根黒の姿を確認すると、面倒臭そうな表情で煙管を咥えていた。



「久しぶりだね、矢場井。私が此処に来た理由は分かるわね?」

「ぐ…グフフ、ご無沙汰しております御前。……しばらく会わない内に随分と老けましたな」

「…ああん!?誰に向かって口聞いてるんだい?」

「いやはやアンチエイジングだの美容だの燃えていたのに、その結果が今のお姿とは…全く持っておいたわしい」

「……命が惜しければ黙りな。アンタにはやってもらうことがゴマンとある。大人しくお縄につきな!!」



 尚葉の眼光が鋭くなる。どうやら根黒は尚葉の逆鱗に触れたらしい。既に研究施設を兼ねた相談所は破壊され、残っているのは目の前のペキコだけのはずだが、根黒は未だに余裕を隠さない。



「ペキコさん、遠慮は入りません。やっちゃってください。あんな奴等貴女の敵ではありません」

「は、はい。アナタ」

「フン、そんな小娘に何ができる?追い詰められているのは矢場井、アンタの方だよ」

「グフフ、御前。私のペキコさんを舐めてると痛い目に遭いますよ」



 根黒はペキコの後ろで不気味に笑っている。尚葉らの方へペキコはゆっくりと向かっていく。尚葉は取り巻きたちに命じて、ペキコと根黒の周りを一斉に取り囲んだ。



「お前たち、やっておしまい!!」



 尚葉の号令と共に屈強な取り巻きたちがペキコへと襲い掛かった。が、ペキコは意に返すことなく、取り巻きたちを素手で一人また一人といなしていく。とても華奢な見た目からは想像もつかない強さだ。ほんの僅かの間に尚葉を守る一人以外の取り巻きは全員ペキコによってのされてしまった。



「グフフフフフ!どうです御前!!私のペキコさんは!」

「チッ…生意気な。おい、アレを出しな!」



 尚葉は残った取り巻きに命じると、取り巻きは懐から小型の拳銃を取り出した。尚葉は拳銃を取ると、躊躇なく根黒へと銃口を向ける。



「なっ!?御前、正気ですか!?」

「安心しな、威嚇だよ。当たりどころが悪かったら諦めな」



 ニヤリと笑う尚葉の言葉に根黒は青ざめる。そしてすぐさまペキコへとすり寄り、その背後へ回り込んだ。どうやらペキコを盾にする気らしい。



「ペキコさん、お願いします。あんな拳銃くらい楽勝でしょう?」

「えっ………でもアナタ……」

「ペキコさん!!私は貴女を愛しています。だから貴女もそれ相応の誠意を見せてください。貴女は私の妻となる女でしょう??」



 根黒からの無茶振りにペキコが困惑している。根黒の卑劣な態度に尚葉が顔をしかめた。



「カアーッ、何処までも情けない男だね」

「情けない男で結構!さあペキコさん、早く!」

「は、はい…アナタ………………い、いや、いや!」

「ペキコさん?何故です!?」



 拳銃を向けた尚葉の前に、根黒は無理やりペキコを押し出そうとする。だが、最初こそ根黒の言いなりであったペキコだが、此処に来て抵抗を見せ始めた。ペキコの思わぬ反抗は根黒に隙を生じさせた。



「こっちだ!!」



 尚葉と根黒たちの姿を確認した俺は叫びと共に瓦礫の一部を根黒へ向かって放り投げた。俺の叫び声に尚葉と根黒が同時に俺の方へ振り向く。瓦礫は根黒の脇腹へ命中し、その衝撃で根黒は地面に倒れ込んだ。一方で突然のことにペキコは反応できず呆然としていた。



「アンタ!いつの間に?」



 尚葉が驚くのを無視して俺は根黒の元へと歩いていった。根黒は瓦礫が当たった箇所を押さえて悶絶している。俺は根黒の前に着くと、倒れた根黒の目線に合わせてしゃがんだ。



「もうゲームオーバーだ。俺もアンタもありもしない幻に惹かれてただけだ」

「ぐっ………な、何を……」



 根黒は恨めしそうに俺を睨み付けた。

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