婚活始めます
この作品を友人に捧げる。
「そっちに行ったぞ!足止めを頼む」
「ラジャー!罠を張る」
俺、半田良二は今日も相棒と共にとある逃亡犯を追っていた。何でも連続銃撃事件を起こした凶悪犯らしく、警察によって多額の懸賞金が掛けられていた。正直いって事件の詳細などに興味はないが、念入りに情報を収集してきた結果、俺たちはようやく標的の行動パターンに行き着くことに成功した。
俺たちは懸賞金が掛けられた逃亡犯を捕らえることで生計を立てている、いわゆるバウンティハンターだ。まあ聞こえはいいかもしれないが、かなり収入面は不安定かつ生命の危険が常に付きまとう。お陰で俺の周りのハンター仲間たちは一人また一人と辞めていっているのが実情だ。
………というか辞めていく理由の大半が身を固める、つまり結婚するからだそうだ。結婚に当たって婚約者や家族から稼業を反対された、もしくは収入面や安全面の不安から辞めざるを得なかった、らしい。独り身の俺からすれば何とも腑抜けた理由なだけにハンターとしてのプライドはないのか嘆きたくなる。そうは言っても当然俺の言い分など通じる訳もなく、仲間はドンドン減っている。ライバルが減るのはいいが、何とも張り合いが無い。
「半田さん、標的が此方に接近してる!もうじき罠に掛かるはずだ!」
「OK!すぐに追いつく」
相棒からの無線を受けて、俺は追っている標的の逃走ルートから外れて先回りする。しめた!と思ったその時、無線の先から銃声が響いた。
「えっ……?」
俺は大急ぎで相棒が待機している場所へ向かうが、無線からは何の反応もない。胸騒ぎを覚えつつ、相棒の元へと辿り着くと衝撃的な光景が広がっていた。
「大丈夫か!?」
「ぐっ……ドジッた」
俺は脇目も振らず地面に倒れている相棒に駆け寄った。相棒は右の太ももを押さえて顔を歪めている。太ももからは血液のような赤い液体が滲み出ていた。一方そんな俺の心配を余所に相棒は血にまみれた左手でとある場所を指さしていた。相棒の必死な表情を受けて俺は指の方向に目をやった。
そこには相棒が張り巡らせていたネットの罠に掛かり、もがいている標的の姿だった。よく見ると標的の右手には拳銃らしきものが握られている。捕獲に成功したものの、近づいた際に抵抗されたみたいだ。
「てめえ、よくも!!」
俺は標的の方へ向かうと拳銃が握られた右手を思い切り踏み付けた。バキッという鈍い音と衝撃が俺の足に伝わってくる。標的は声にならない悲鳴を上げると、明後日の方向に曲がった右手から拳銃を地面へ落とした。どうやら骨を折ったみたいだが、此方は相棒が命の危機にさらされたのだ。これくらいは大目に見てほしいものだ。
俺は急いで手持ちのタブレットにある手配書で標的の確認を済ませると、警察と救急車を呼んだ。するとものの数分で警察、救急車共に辿り着く。救急車には相棒、パトカーには標的が乗せられ、あっという間に去っていった。残された俺は年配の刑事らしき男から懸賞金の支払いの手続きとお礼を言われた。
「………さて、後で相棒の見舞いに行くとするか」
俺がポツリと呟くと、いつの間にやらタブレットに記された手配書から先程捕獲した標的の情報が消えていた。
……………………………………
「幸い弾丸は貫通したけど、全治半年は掛かるらしい」
「仕方ない。歩けるようになるまでしばらくはリハビリが必要だ。今回の懸賞金は治療費に充てよう」
「すまないな、半田さん」
「なーに。あんたと俺の仲だ。水臭いこと言うなって」
後日俺は相棒が担ぎ込まれた病院で面会していた。障害が残らないか心配だったが、最悪の事態は避けられたようだ。しかしながら危険を冒した割には報酬は微々たるものだった。割に合わないのは重々承知だが、社会に馴染めずにバウンティハンターを始めた以上、今更堅気に戻れる気がしなかった。相棒もそのことを考えているのだろう。病室のベッドで浮かない顔をしていた。
「さて、俺はそろそろ行くよ。次の標的を決めて準備をしないといけないからな」
「待ってくれ、半田さん」
「?どうした?」
「実は……言うべきなのか非常に迷っていたんだが、やっと決心がついた。今回を持ってパートナーを解消したい」
「はあ??」
相棒からの突然の宣言に俺は思わず固まる。一体全体何が問題だったのだろう。
「ずっと悩んでいたんだ。いつまでこの仕事ができるかって。半田さんとはいいコンビだったし、やり甲斐は感じていたけど、このままでいいのかってね」
「……俺に問題があるなら申し訳ない。確かに今回の怪我は重いし、日和る気持ちも分かる。だが、さすがに心の準備が…」
俺が相棒を説得しようとすると、不意に病室のドアが開いた。俺と相棒の視線が同時にドアの方へ向く。病室に入ってきたのはセミロングの黒髪が似合う赤いワンピースを着たお淑やかな若い女性だった。看護師、ではないな。相棒の身内なのか?と俺が思っていると、相棒の顔がみるみる内に赤くなってきた。女性の着ているワンピースの色といい勝負だ。
「お、おい。来るのが早いだろ…」
「ごめんなさい、思ったより早く着いちゃったのよ。差し入れ持ってきたけど、食べる?」
親しげに会話する相棒と女性を見て俺は呆然とする。あっという間に病室の空気が一変した。なんというか完全に俺は蚊帳の外のようだ。何とも居心地が悪い。
「えっと…俺帰るね」
「あっ!待ってくれ半田さん。紹介するよ、俺の婚約者なんだ」
「は?婚約者???」
「うん。実は俺、近々結婚するんだ」
相棒に呼ばれた女性が俺に向かって一礼した。ニッコリと笑う姿が何とも眩しい。なるほど、何で相棒がパートナー解消を宣言したのか腑に落ちた。
「ブルータス、お前もか」
俺は相棒へ向かって聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。止むにやまれない事情であることは理解できる。しかしいつの間にか恋人を作って、しかも婚約までしていたとは…。相棒とは私生活までは関与しないビジネスパートナーだったが、何も知らないのはさすがに堪えるものがある。
「そ、そう。それは良かった。お幸せに」
「半田さん、あの退院したら結婚式には呼ぶんで」
「お、おう。ありがとう。楽しみにしとくよ」
俺は必死に平静を保とうとするが、ショックの余り相棒の声がほとんど耳に入らない。俺は相棒とその婚約者の熱気に当てられて、フラフラしながら病室を出た。恐らくもう彼に面会することはないかもしれない。これまでの御礼と治療費で今回の報酬は全額相棒に渡すとしよう。
何というか世知辛い世の中だ。俺は一応社会貢献も兼ねてこの仕事をしているのだが、危険等々が付きまとう中で長くできるものではないのだろう。齢40オーバーの俺もこれからの人生をそろそろ考えていくべきなのか。
俺は独りトボトボと街中を歩いていく。幾つか考えを巡らせる内に一つ結論へと辿り着いた。
「よし、そろそろ婚活を始めよう」
思い立ったが吉日。俺は駆け足で家路を急いだ。