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アニスはのんびり暮らせない 2

お話の切れ目の都合で、今回もちょっと短めです。

「……随分魔法陣を詰め込んだじゃないか? ありゃ、オーナーメントと言うよりもはや、アミュレットだね」


 庭を駆けていく小さな背中をなんとはなしに見送っていると、ふわりとマーロウが姿を現した。


「……バレました?」


 その言葉にアニスは苦笑して、漂ってきたマーロウに向き直る。

 あの小鳥のオーナーメントには、ミシェールに説明しなかった魔法陣が、他にも幾つか仕込まれている。

 アニスが来るまでは大人しい子どもだったというミシェールは、アニスという甘えて良い大人が増えたせいなのか、急に活発になって日々庭を駆け回っているのだ。

 ここ数日は森の浅いところや、お隣の家まで行ってしまうものだから、アニスは慌てて念のための魔術を幾つか盛り込んだアミュレットを作成したのである。

 小鳥の形をしているのは、仕込んだ魔術の種類と、ミシェールが好きそうな森の生き物だったからだ。

 あの形にしておけば、たぶん常に持ち歩いてくれるだろう。


「簡易結界に迷子札、迷子の連絡機能まで……よくもまあ、あの小ささに入れたもんだね。それをあの目のちっさい魔石で発動させるんだろう? あたしにゃもうできない芸当だよ」

「老眼ですもんね」

「……悔しいけど全くもってその通りだよ。小さい陣を刻むのが、最近めっきりしんどくてねえ」


 マーロウはアニスの向かいに置かれた椅子にふわりと座り、宙に浮かせたポットからカップに茶を注ぐ。マーロウは魔法陣以外の、こうした魔術の行使も得意なのだ。


「楽しかったですよ。久しぶりに自分のやりたいように、やりたいデザインで陣を描けて」

「いつもそんなに我慢をしてるのかい」

「制約のある中で工夫を凝らすのも、それはそれで楽しいですけどね。いつもそうだとちょっと物足りなくなるだけで」

「……そんだけの腕を持ってて、なんで帰ってきちまったんだい? 王都なら、装飾魔女の仕事も山ほどあるだろうに。……あたしゃ、お前が次に帰ってくるのは、旦那か子どもを連れてくる時だろうと思ってたんだがねえ」

「……あはははははは」


 マーロウのぼやきに、アニスは乾いた笑い声――全く笑っていない温度のものだ――をあげると立ち上がり、自分の分の茶を手で注ぐ。それを片手に椅子に戻ると、はすっぱな仕草で足を組んで、はあーと深く息を吐き出した。


「そういうご縁はなかった、というか……上手くいかんかったと、言うか……」

「どうせ仕事に夢中になって、男をほっといて縁が切れたんだろう?」

「うっ」


 ずばり言い当てられ、アニスは胸を押さえてよろめく。余りにも的確な言葉はナイフを通り越して、肉切り包丁の鋭さである。

 そんな弟子の仕草にマーロウはふんと鼻を鳴らして「あたしの弟子を振るなんざ、そいつの目は節穴だね」と吐き捨てた。その言葉を耳にして、アニスの胸が急に軋んだ。熱いものが目蓋まで、一気にせり上がってくる。


「ほ、んとよね。ふしあな、だわ」


 ぽろりとこぼれて、アニスはふにゃふにゃと笑った。そのまましばらくぽろぽろと、塩辛いそれが流れ落ちるに任せる。

 そうしてしばらく浸っていると、不思議なことに少しずつ胸が軽くなっていった。

 そんな弟子の姿を眺めながら、ぎこちなく茶を啜っていたマーロウは、嘆かわしいと言わんばかりの顔をして、小さくぼやく。


「全くだよ。まあ、あたしの弟子共はなんでかしらんけど、皆一度か二度は、節穴男に引っかかるんだがねえ……」

「……なにそれ、嫌な呪いやめてちょうだい」


 涙がするりと引っ込む。

 姉弟子《女傑》たちに、そんな若き日のメモリーがあったなどとは知らなかった。聞いてしまって良かったのだろうか。聞かなかったことにしておいた方がいいかもしれない。

 ともかくも、涙の浄化作用だろうか。手紙を出してしまったことで鬱々としていた気持ちが、随分と晴れている。アニスは目尻を手の甲で拭い、口の端をもたげて笑うと頬杖を突いた。


「……こうなったらわたしも師匠みたいな、ストロングスタイルの魔女になろうかな」

「誰がストロングスタイルだい」

「痛てっ」


 マーロウの杖がごちんとアニスの額を小突く。

 突かれたところを摩りながら、アニスは師匠に向かって小さく笑う。


「まあ、そういう乙女の事情もあったわけだけど、それだけじゃなくて、ここの空気がちょっと恋しくなったっていうのも勿論あるのよ? なかったら、師匠の仕事を手伝ったあと、さっさと帰ったところだもの。……王都はなかなか気ぜわしいし、仕事があるのはありがたいんだけど、ありすぎたりもしてね。ちょっと忙しくしすぎてお医者さんに怒られたりもしたの」

「……お前はのめり込む質だからねえ」


 人の事は言えないが、とマーロウはぼやき、息を吐く。彼女の弟子にはアニスのように、仕事にのめり込むタイプの魔女が多い。それは、マーロウの仕事のスタイルを見て育つからだ。

 ふたりともそれを分かっているので、互いに目を合わせると、ほとんど同時に肩を竦める。


「……まあ、好きなだけいるといい。傷心を癒やすのは次の恋とは古から言うけどね、時間薬っていうのもまた、古から言い伝わる知恵のひとつだよ」

「はあい」


 厳しい師匠の優しい言葉に、アニスはふわりと子どものように微笑む。久しぶりに実家に帰ってきたような安らぎに、張り詰めていた背筋がようやく、緩むような気がしていた。



 らんらー、ららららー、ららんらー。

 るんるるー、るるるるー、るるんるるー、るるるー。


 さて。

 自分の身体の三分の一程もある大きなクマを抱えて、即興の曲をご機嫌に歌いながらへたくそなスキップをしているのは、長命種の先祖返りの美幼女、ミシェールである。


(かわいいー、ことりしゃん! しゅてきなー、こぐましゃん! ことりしゃんとこぐましゃんは、やっぱり、もり!)


 貧しい家に生まれたミシェールにとって、ぬいぐるみもオーナーメントも、初めて手にする『自分だけのおもちゃ』だ。

 自分の中の少し大人なもうひとつの記憶のことも、本当は六歳だということも忘れて、彼女は全身全霊ではしゃぎ、庵や裏庭にあるお気に入りのスポットを、セオドア二世に紹介してまわっていた。

 そして最後に裏庭で子グマの手を取り、くるくると回っていたミシェールは、新しい友だちであるセオドア二世に、森の中にある自分のお気に入りの場所も見せようと思い立ったのである。

 己の中の長命種の血が求めるのか、ミシェールは森の中で過ごすことが大好きなのだ。子グマも小鳥も森の中の生き物であるからして、きっと自分と同じように、森の中を気に入ってくれるに違いない。


 らんらー、ららんら

 るるるん、るるるー


 歌いながら、ミシェールはアニスが来る少し前に森の中で見つけた、薄紫色のお花の咲き乱れる空き地を探して歩いていた。

 そこは大きな木が近くにあって、木漏れ日が良い感じで、倒れた木がベンチのように横になっている。お花も美しくてとっても素敵なのだ。

 しかし。


(……あれ?)


 二週間もあれば季節が進み、森の景色が変わってしまうことがあることを、ミシェールは知らなかった。


(……ここ、どこ?)


 薄紫の花はここしばらくの内に花期を終え、まばらに咲くばかりになっていたし、ミシェールが目印にしていた大きなキノコもとっくに姿を消していたのだ。


(ま……まいごだあ!)


 目的の空き地を通り過ぎたミシェールは、知らずどんどんと森の中へ進んでしまい、そうして彼女は帰り道を見失ってしまったのである。

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