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幕間・ミシェールは記憶を持っている

 小さなミシェールは、ちょいとばかり訳ありの子どもである。

 その訳が故に、この夏の終わりに大魔女・マーロウ引き取られることになった彼女は、見た目はまだまだ頭の重そうな、三歳くらいの幼女だ。

 実は、こう見えても見た目の倍は生きているのだが、彼女の中に宿った長命種の末裔のいのちは、彼女の身体をゆっくりとしか成長させてくれない。

 くるくるでふわふわの金の髪も、ふくふくでむちむちの手足も、すぐ赤くなるまあるいほっぺも、まだまだ赤子のいとけなさだ。


 ……しかし。

 実のところ、ミシェールの一番の「訳あり」はこの、長命種の先祖返りである、成長の遅さではなかった。彼女の家族が一番困ったことは、身体の成長の遅さよりも、時折彼女が見せる謎の知恵だったのだ。

 ふとしたときに、ミシェールの小さな唇から、幼子が持ち得ないような高度な知識が飛び出してくることが、幾度となくあったのである。


「……ぱぁぱ、おてて、きれいきれいしないと、くしゅんするよ」

「にいちゃ、おみじゅ、ぽっぽしないと、おなかいたいいたいする」

「まぁま、ふたちゅ、たりないの」


 どの言葉も、ミシェールが生まれて二年目の時のものだ。

 同じ歳の子どもに比べて語彙が豊富なことはさておき、彼女の唇が紡いだその内容に、家族は仰天した。そして実際、言われたとおりに振る舞うと、風邪をひきづらくなったり腹痛を起こしづらくなったり、数え間違いが正されたりするものだから、この子は神の子かと喜んだのだ。

 ……しかし。ゆっくりとミシェールが育ち、その見目が幼いながら大変に美しくなっていくにつれ、家族は恐怖することになった。

 ミシェールが、余りにも狙われやすい存在であるということ、そして、当人が自分の身を守れるようになるまでにはまだまだ年数が掛かるということに、気がついたのである。

 自分たちでは、この子の身を守れない。そう苦悩する家族に、追い打ちがかかる。その年の夏が涼しく作物が予想の半分ほどしか育たなかったため、家はいっそう貧しくなり、ミシェールの面倒を見る余裕を失ってしまったのだ。


 ――そうしてミシェールは六歳の夏、大魔女マーロウの弟子として、彼女に引き取られることになった。



(おもちろいことに、なってきた……)


 アニスの魔法陣に興奮し、夕方にはコテンと眠ってしまったミシェールはその翌日、朝日と共に起き出して、裏庭でブランコをこいでいた。

 その膝には、魔女の使い魔たる黒猫のオニキスが丸まって収まっている。おそらく彼女は、ミシェールがこぎすぎてブランコから落ちないように、見張っているつもりなのだろう。どうやらアニスが子どもの頃から、オニキスは子守の得意な使い魔だったらしい。

 そんなオニキスをちらりと見下ろして、ミシェールは口の端をにんまりもたげる。


(すごいまじょに、くろい「もふもふ」。まちからきたびじんなおねーしゃんに、ちょーめいしゅのみしゃ。……これは、ぜったい、なにかおこる「ふらぐ」!)


 この国では使われない言葉が混じる思考に、ひとり満足げに頷いて、ミシェールはむふふ、と笑った。


(……もうひとりのみしゃのきおくって、もちかちて、ほんと、なのかも!)


 ……さて。ミシェールの知識の「みなもと」が、一体どこから来ているのか。皆様、もうお気づきだろう。

 そう、ミシェールの中には生まれつき、ミシェールではない誰かもうひとりの記憶があるのだった。


(ずうっと、うそばっかりのへんてこなきおく、っておもってたけど……)


 その記憶はどうやら、ミシェールの暮らすこの国の人間のものではないようで、なにやらずいぶんと違う文化に基づくものだった。そのせいでミシェールは「意味は分かるが、何を言っているのか分からない」それらの記憶に、幼い頃から振り回されていた。

 なにしろ、どちらが自分自身の記憶で、どちらがもうひとりの自分の記憶なのか、幼いミシェールには区別がつかないのだ。

 結果、口にした内容が誰も知らないことだったり、高度すぎる知識であったりして、周囲からは恐ろしいものを見る目で見られたり、逆に崇められたりすることになってしまった。

 お陰でミシェールはすっかり無口な子どもになってしまったものだから、引き取られてすぐのマーロウとの二人暮らしは、たいへん静かなものだった。


(このきおく、なんであるんだろ、いらないのにっておもってたけど……)


 この、もうひとりのミシェールの記憶によれば、ミシェールのように全くの異文化の記憶を持って生まれることは「てんせい」やら「てんい」といった、耳慣れない言葉で表現される現象なのだという。

 そうした現象に巻き込まれた人は、それまで生きていたのとは異なる世界(異なる世界、と言う概念がそもそもミシェールには良く分からないのだが)に飛び込んで、別の文化の知識や知恵を活かして「ちーと」やら「むそう」やらをする、というのがセオリーなのだとか。それはとても面白いことで、うまくやれば大変に豊かな暮らしが送れるようになる……らしいのだが。

 しかし、ミシェールが小さすぎるせいか、はたまた生まれた家が貧しかったせいか、いまのところミシェールは、この記憶にある「ちーと」やら「むそう」やらといった現象の恩恵とは無縁に生きてきた。この夏の終わりに魔女に引き取られて初めて、ここは魔法のある「ふぁんたじー」な世界なのだと知ったくらいだ。

 であるから、こんな記憶があっても意味がない。むしろ災難を呼び込むばかりだからない方がいい、とミシェールは思っていたのだが。


(……でも、あにす、すっごく「ちーと」っぽい!)


 ミシェールはまた、むふ、と笑う。

 昨日、ミシェールの人生に突然現れた、姉弟子だという魔女のアニスは、余りにも美しい魔術を使う魔女だった。彼女の指先が紡ぐ魔法陣はまるで星空や花園を描いているようで、そこに新しい「うちゅう」が生まれたかのようだったのだ。

 ミシェールはその美しい景色に見とれて、アニスの魔法陣の仕事が終わったあとは、紙の切れ端に他愛もない魔法陣をたくさん描いてもらって、それを眺めて夢中ですごした。こんなに楽しかったことは、生まれて初めてだった。


(ちっちゃいのも、おはなのも、みんな、みーんなしゅてきだった……)


 ミシェールはほう、とときめきの息を吐く。

 そんな素晴らしい魔術を使う彼女は、どうやら忙しいのかだいぶやつれていたものの、とても美しい女性でもあった。

 燃えるような赤い髪に冬の空のような青い瞳、少しそばかすが残った真っ白な肌と、ちょっぴり痩せているものの、健康的なバランスの肢体。生き生きと動く表情はとても魅力的で、王都から戻ってきたからなのか、服装もとてもお洒落だ。ミシェールの六年の人生では、まだ見たことのない類いの美人である。


(ぱぁぱも、「いけめん」だったけど、びんぼうだし、まぁまがだいすきだから、「しゅじんこう」じゃない。でもでも、あにすみたいなびじんで「ちーと」なまじょ、ぜったいぜったい、ぜーったい! 「しゅじんこう」だっ!)


 美人で、すごい魔女で、あんなにもすてきなものを生み出す人。そんなひとが、「しゅじんこう」でないはずがないではないか。


 もうひとりのミシェールの記憶が全力でそう主張する。


(すっごいまほうで、「かいかく」しちゃったり、「ないせい」しちゃったりするんだっ! きっとそう! だってあにすのまほう、すっごかったもの!)


 生まれて初めて見た魔術の素晴らしさと美しさに、一目惚れのような状態になってしまっているミシェールは、頭の中でひたすらに、アニスをキラキラした「主人公」へと飾り立てる。


(このしじゅかなまちを、しゅっごいきらきらにちたり! なんかきれいでしゅごいせいれいと、けいやくちたり! とってもおっきいもふもふとであったり! おうとから、おうじしゃまがおむかえにきたり! らいばる? のおひめしゃまがのりこんできたりちて……!)


 誰も信じてくれない、謎の記憶。口にすれば怪訝な顔をされたり、崇められたりする、困った記憶。

 持て余して押さえ込んで、ミシェールを無口で暗い子どもにしていたはずの記憶の蓋は、今や封印が解かれたようにぱかりと開き、そこから興味深い「てんぷれ」とやらが、泉のように溢れてくる。

 今までは邪魔な、無用な記憶だと思っていたそれらが、今は面白くて堪らない。

 ブランコをゆらゆら揺らしながら、朝日を浴びて夢中で妄想するミシェールに、オニキスが、どこか呆れたようになぁあおと鳴く。



 ――長命種の先祖返りで、美少女で。

 オマケに「転生」らしき記憶を持っている自分自身が、アニスよりもよほどチートな存在であることには思い至らぬまま。

 ミシェルはくふくふと魔女らしく笑い、しばらく妄想の世界に遊ぶのだった。

転生者タグはこの子のためのものでした。

ただ、主人公はこの子ではないので、物語にはそんなに関係ないのでした……。

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