アニス、故郷に帰る 1
今日は話の切れ目の都合でちょっとだけ長めです。
「師匠! 師匠師匠師匠ッ! 無事?!」
「そんな怒鳴らんでも聞こえるわ!」
「生きてたー!」
朝一番に家を飛び出し、始発の汽車に飛び乗ってから一日半。
ボロボロのヨレヨレになりながら懐かしの師匠の庵へと飛び込んだアニスは、間髪入れずに聞こえてきた声に安堵のあまり、膝をついた。
——ここは、王都から離れた小さな町フォレスタ、アニスの生まれ故郷である。
王都から汽車で半日の駅から乗合馬車でさらに半日、そこで一泊してさらに馬車でもう一日。つまり王都からは一日半ほどかかる、なかなかの田舎だ。
美しい森と湖に恵まれた風光明媚な土地であり、かつてはこの地を治めていた領主の夏の城があったほどなのだが、そこは既に廃城となって久しい。今では「辛うじて町」という規模の集落が森と湖の間に広がっていて、末裔たる一族の人々が数年に一度、療養や避暑にやってくるかどうかという、たいへん静かな町である。
その静寂が気に入ったのか、魔女・マーロウがこの町の外れに庵を結んだのは、五十年以上は前のことであるらしい。魔法陣の構築が得意な彼女はそれ以来、この地の人々に頼りにされながらも、穏やかな暮らしを送ってきた。
——ただし、アニスが弟子になってからの十年は、なかなかに賑やかであった、ということは先に記しておく。
「人を勝手に死んだことにするんじゃないよ!」
「嗚呼良かった、まだ耳も遠くなってない——って、どしたのその包帯!」
「相変わらずうるさい子だねえ……」
声はすれどもリビングにはいない。台所にも、作業部屋にも……と玄関から部屋を回っていったアニスは、マーロウが寝室でキルトの上掛けまみれになって横たわっているのを見つけると悲鳴をあげた。
老いた彼女の枯れ木のように細い右腕と右足が、白いギブスでぐるぐるに巻かれていたのだ。
荷物を放り出して駆け寄ったアニスに、マーロウは呆れたように息を吐くと肩を竦めた。それからベッドサイドに置いてあった杖を取って、ベッドに縋りつくアニスの肩をコツコツと叩く。
「先々週の大嵐で屋根の端が飛んじまってねえ。雨漏りを直そうとして屋根に上がって、うっかり滑っちまったんだよ。そしたら、あちこちポッキリいって、全治三ヶ月だとさ。浮遊の魔術の発動が間に合わないだなんて、あたしも歳かねえ……」
「歳なのは間違いないわね」
「うるさいわ」
「痛ッ」
杖がゴツンとアニスの額を打つ。しかしその痛みも、師匠が元気なればこそだ。アニスは不機嫌そうな顔を作って師匠に向けてから、こっそり小さく笑みを浮かべる。
「しかしどうしたんだい、急に戻ってくるなんざ。あたしゃ魔術で浮けるからね、介護はまだ必要としてないよ」
「師匠が作業代行の手紙なんて寄越すからでしょ! よっぽど大事が起きたんじゃないかと思って気ィ揉んだのよ! 実際骨折だなんて! 大事じゃないのさ!」
暢気なマーロウの言い草に、アニスは勢いよく立ち上がる。一体どれだけ驚いたと思ってるのよ、とアニスが言葉を続ければ、マーロウは「ああ」と言葉を濁し、グルグル巻きの右手を掲げてため息を吐いた。
「この腕じゃあね、細かいところが書けなくてね。一応ペンをくくりつけて頑張ってはみたんだが、どうも満足の行く出来にならんのだよ」
見せようか、と呟いたマーロウが口の中で小さく呪文を唱えると、彼女の身体は寝台からふわりと浮いた。それから、ベッドサイドに置かれていた揺り椅子に座ると、今度は椅子ごと浮かび上がり、ふわふわと部屋を出て行く。
慌ててアニスが追いかけて移動した先は、先ほど覗いた魔女の仕事部屋だった。
魔法陣を刻む魔紙やインク、そして陣そのものが月や太陽の影響を受けないよう、部屋には窓がない。けれど、手元が暗くならないように魔術灯が煌々と輝いていて、他の部屋より明るいほどだった。
周囲はぐるりと材料や薬品をしまい込む棚で、天井からは乾燥させた薬草や染めた紙がぶら下がっており、部屋の中はなんとも言えない、インクや書籍、紙や薬草、魔力そのものの香りが漂っている。
(初めてこの部屋に入ったときは、おとぎ話の魔女の部屋そのものだと思って怖かったっけなあ。……今となっては憧れの部屋だけど)
自分が仕事をするようになってから見てみれば、ここはごちゃごちゃとしているように見えてその実、マーロウが最も使いやすい状態に整頓されている、彼女の城だということが分かる。
机の大きさと角度、椅子の高さ、薬品やインクを並べるサイドテーブルに至るまで、ある種の『魔女の理想』が詰め込まれているのだ。
マーロウは椅子ごとふよふよと浮かんだまま、部屋の中央に鎮座する大テーブルに近寄ると、その上に広げられている紙を引き寄せた。
「ほら、こんな体たらくだ」
そういって差し出された魔法陣を手に、アニスはうぐ、と唸った。
(相変わらず、きれいな陣を描くわね……!)
魔法陣とは、魔力を通すと魔術が発動する、図像魔術の一種である。
力ある文字や図像、図形を組み合わせて描かれる魔術の設計図のようなもので、魔紙と呼ばれる魔力を通しやすい紙に記述することが一般的だ。
魔法陣があれば、魔女や魔術師といった魔術を生業とする人でなくとも、魔力さえあれば魔術が発動可能であり、魔力を持たない人でも魔石などと組み合わせることで、魔術を使うことができるようになる。
それ故、禁術や危険魔術の魔法陣は法で規制されていて、魔法陣を描くことを生業にするには資格が必要なのだが……それはさておき。
この魔法陣なるものは、最終的に術を発動できれば構わないので、描く人によって形が異なるのである。
例えば、風を起こす魔法陣を描くにしても、美辞麗句を並べ立てて精霊を崇め奉り、その力を借りて風を起こすようなものもあれば、熱を発する陣と冷気を放つ陣を組み合わせて風を起こすものもあるし、プロペラのような魔道具の羽を回す為の機構を記載するようなものもある、といった具合だ。
そしてさらに、その描き方自体も、描く魔術師の技量や好みによってまったく変わってくるのである。
ごちゃごちゃと、何が書いてあるのか分からない毛玉のような陣を描く人もいれば、まるで聖句を並べた経典のような、力ある文字のみで構成することを好む魔術師もいるし、図形や絵柄を整然と並べることを得意とする者もいる。アニスの得意な『装飾魔術』もその一種だ。
そこでマーロウの描いた魔法陣を見てみると、彼女の描く魔術陣はいわゆる『伝統的な魔女』らしい、図形と文字を組み合わせたものだと分かる。
しかし、一見シンプルで珍しくもなさそうなその陣は、整然として調和し、一切の無駄がない。描かれる図形の線は滑らかで文字も力強く、見る者が見ればその美しさにため息を零さざるを得ない、ちょっとした芸術品だった。
「……相変わらず綺麗な陣だわ」
「お前の目は節穴かい」
師匠の魔法陣にぽろりと漏れた感想に、マーロウは呆れた息を吐く。
よく見な、そう言われて目を凝らせば、線や記述の端々にいつものマーロウの陣にはないような「揺らぎ」があった。魔術師の意図と異なる線の揺らぎは、魔術を発動する際にラグとなるため、緊急性のある魔術を封じた魔法陣などではできるだけない方がよいとされていることは確かだ。
しかし、不自由な腕で描いたとはとても信じられないほどの、見事な陣である。
「確かにちょっと揺らぎはあるけど、その腕でよくぞ、という感じよ」
「これが綺麗に見えるようじゃ、王都の魔術師達ってのは思ったよりたいしたことないのかねえ」
マーロウが顔をしかめ、アニスは師の陣を見つめながら肩を竦める。
「師匠はね、自分の腕前がトップクラスだってこと、忘れない方が良いと思うわ。……王都は魔術師がものすごく多いから、売られてる魔法陣もピンキリよ。芸術的なまでに美しい陣を描く人もいるけど。これ、倉庫とか書庫とかで風を通すための魔法陣でしょう? ラグがあってもさほど困らない術だし、これくらいの揺らぎだったら気にせず売っている魔術師の方が多いんじゃないかしら。信じられないような粗悪品を売りさばく悪徳業者もいるし……」
「嘆かわしいねえ」
嘆く師匠の声を聞きながら、アニスの脳裏をちらりと過ったのは、顔に似合わず優雅な陣を描く、数日前まで恋人だと思っていた男の姿だ。
(あいつがこの陣を見たら、目を爛々と輝かせそう)
ちり、と胸の端が焦げる痛みと、やはり一発殴ってくれば良かったか、という思いの狭間でアニスは口の端を噛む。
「ま、ここで王都を嘆いてもしかたないね。あたしの弟子の中では今んところ、お前が一番魔法陣の適性があったからね。代わりに書いてもらおうと思ったんだよ。頼まれてくれるかい」
「そこまで言われたら、受けないわけにはいかないけど……」
そこでアニスは、はたと気がついた。
老医の言う『仕事を減らしてのんびりする暮らし』が、この故郷でならば可能なのではないか? と。
何しろここには夜更かしの原因になるような娯楽らしい娯楽もなく、しかし、散歩先に困らないだけの美しい風景と、自炊しなければならない環境があるのだ。恋の残滓を思い起こさせるものもほとんどないし、そしてこれが最も大切なところなのだが——この地には今のところ、アニス自身の仕事は、一切ないのである。
まさに、のんびり暮らしにうってつけの土地ではないか。
「——ねえ師匠、しばらく仕事を代行するからさ、ちょっとの間ここにいてもいい?」
アニスの口からポロリとこぼれた言葉に、マーロウはその神秘的な金色の瞳をわずかに見開いて、それから眉間をぎゅっと寄せた。
「そりゃ構わんし、あたしは助かるが、お前の仕事は?」
「丁度、全部片付けて一休みしてたとこなの」
「ふうん?」
「……ちょっと、王都の賑やかさに疲れたのよね。たまにはのんびりするのもいいかな、って思ってさ」
そう言いながら視線を泳がせるアニスに、マーロウは目を眇めたが、痩せて顔色の悪い弟子の姿に思うところがあったのか、それ以上聞くことはしなかった。
ただアニスの青い瞳をじっと見つめると、ふう、と細く息を吐く。
「お前の暮らしてた部屋はまだそのままだよ、好きにしな。……ああ、でも、そうだ」
マーロウはふと顔を上げ、ふわりと椅子ごと浮かぶと、部屋の扉から廊下に身を乗り出し、「おおい!」と声を上げた。
「し、師匠?」
「ミシェール! ミーシャ? どこ行ったね!」
「……ミシェール?」
聞き覚えのない名に、アニスは首を傾げた。マーロウは使用人を雇うことを好まないし、彼女の使い魔たる黒猫の名は、ミシェールではない。
「ミシェールはね、あんたの新しい妹弟子だよ」
「ええっ?!」
一体何を呼んでいるのかと問おうとしたアニスに、マーロウがさらりと言う。アニスは驚きに飛び上がった。
「師匠その歳で弟子取ったの!?」
「歳歳言うんじゃないよ!」
雷鳴の如く怒鳴られたが、それどころではない。
マーロウは、人より少し長く生きると言われる魔女の中でも、かなり高齢な方だ。おそらく百年以上の時を重ねていて、アニスが独り立ちする時には、「あんたが最後の弟子だろうねえ」と言っていた。
つまり、今から若い弟子をとっても、弟子が独り立ちするまで存命である保証はないのである。
なにしろ、魔女の修行というものは、一年や二年で終わるものではない。本人の特性や魔力の方向性によって学ぶべき魔術の種類は異なるが、短くても五年、一般的には十年ほど、師匠のもとで学ぶものだ。
(……まあ、師匠があと十年で儚くなるとはとても思えないけど。言われて見れば確かに、家の中に見慣れないものがちょこちょこあるな……)
ぷりぷりと怒りつつ、ミシェールの姿を探すマーロウの背を見送りながら、アニスは慣れ親しんだ庵の中をあちこち眺めた。
言われて見れば確かに、マーロウの庵を構成するにはちょっと目新しいものが、あちらこちらに散らばっている。
(……なんか、ちょっと……予想外な感じのものがあるけど)
この庵を離れて十年である。見慣れないものが増えていても、全く不思議はない。けれど、この庵にはいかにもなさそうなものがちょこちょこと目に入るのである。
それは、大人が使うには余りにも小さい、白いフリルのエプロンだったり。
師が老眼なのだとしても大きすぎる字の躍る、薄い絵本だったり——
「ミシャ? ミーシャ! どこだい、ミシェール!」
「いや師匠、さすがにそんなところに人はいないんじゃ……うわ?!」
ソファの下まで覗き込もうとするマーロウに、アニスがそうぼやいたとき、不意にそのソファの下から、ぴょこんと金色のふわふわが生えてきたのだ。
「あい」
金色のふわふわ、と思ったそれは、くるくるに巻いている短く柔らかい金色の髪で、その生えている根元——要するに顔は、バラ色の丸い頬だった。小さな唇はぽかんと空けられていて、ふさふさとした金の睫毛に縁取られた、こぼれ落ちそうな程に大きな緑色の瞳がぱちぱちと瞬いて、アニスを見上げている。
「……よ、妖精!?」
ソファの下から生えてきたのは、アニスが思わずそう叫んでしまいそうなほど美しい見目をした——三歳程度の童女だったのだ。
「馬鹿を言うんじゃないよ。……ミシェール、挨拶しな。このでっかい赤毛の姉さんは、あんたの姉弟子のアニスだ。しばらくここにいることになったから、仲良くな」
ぷにぷにの手足でソファの下から這いだしてきた幼子は、ぷくぷくのほっぺで首を傾げ、アニスの前でよたよたと立ち上がる。
(か……かわいい……!)
余りに愛らしい姿形、そして仕草に、アニスは胸の内がキュンと鳴る音を聞いた。思わずにっこり微笑んで、視線を合わせるべくしゃがみ込む。
「こんにちは。わたしはアニスよ。ミシェールっていうの?」
急に、見たことのない大人が現れたせいだろうか。
「あっ!?」
話しかけられたミシェールは、びっくりしたように目を丸くすると、弾かれた様に飛び上がって、勢いよく部屋を飛び出していく。
「師匠! どうしよう、逃げられた!」
「人見知りなんだよ」
やれやれ、とマーロウは肩を竦める。
「追いかけなくて大丈夫なの?! 随分小さい子じゃないの。それに、魔女修行には早すぎるんじゃない? まだ三歳とかそこいらでしょう」
「庭にはオニキスがいるし、庵の結界の外には出ないように言ってある。……あの子はあれでも六つだよ」
扉の外に首を突き出し、すでにミシェールの姿がないことに目を丸くしていたアニスは、聞こえた言葉に驚いて振り返った。
「……六つ? いや、どう見ても……」
「あの子はねえ、長命種の先祖返りらしいんだよ。見た目からして魔法人かねえ」
「ああ……」
マーロウの言葉に、アニスも息を吐いた。
長命種というのは、遥か太古からこの地に存在しているという、文字通り『長命』な寿命をもつ生命体の呼称である。
精霊や妖精、魔法人や鍛冶人などがよく知られた種族で、彼らは人間の二、三倍から十倍ほどの寿命を持っているという。しかし彼らは長命であるが故に出生率が低いようでその絶対数は非常に少なく、人の国で暮らしている人間であれば、一生に一度も出会わないことも希ではない。
彼らは様々な姿形をしていて、中には人とよく似た姿を持つ人々もいる。それ故、彼らの中には時折、人に交じって暮らし、人との間に子を持つ者が現れることがある。人の側が、相手が長命種だと知ってか知らずか恋に落ちたり、長命種が人の儚さ故の輝きに惚れ込んだりして、所帯を持つことがあるのだ。
そうした長命種との間に生まれた子どもや、その末裔の人々の中に時折現れる『先祖返り』の子どもは、総じて成長が遅く、成人と見なされる見た目になるまでに、一般的な人の二倍ほどの時間がかかることが知られていた。
直系であれば、祖である長命種本人が面倒を見ることが多いのだが、先祖返りの場合は往々にして、既に誰が祖であるか分からなくなっている。それ故、そうした子どもは人よりも寿命の長い魔女のところに預けられるケースが珍しくないのだった。
「あの子の知性は三歳児のもんじゃないよ。ただ、情緒も六歳ほどには育っていない。だからああして人見知りして、六歳児というよりは三歳児に近い振る舞いをする。身体に心が引っ張られているんだろう。頭はいいけど、できることはまだ幼子だと思った方がいいね」
「……身体が三歳なら、やっぱり、魔女修行を始めるには早いんじゃ?」
「あの子の実家は貧しい農家でね」
そこまで聞けば、分かってしまう。
ミシェールは、家で面倒を見ることができなくなって、口減らしのために家を出された子どもなのだ。
貴族や、裕福な家の子どもであれば、育つのに二倍の年月がかかったとしても面倒を見られるだろう。
けれど、裕福ではない……有り体に言えば貧しい家では、成長に二倍の月日がかかる子どもの面倒を見きれないことがある。子どもも戦力として家業に取り組むはずだったのに、そうなるまでの時間が掛かりすぎるのだ。
「あの子の親はまっとうな人間で、できれば子どもを手放したくはなかったみたいだけどね。ほら、今年の夏は涼しくて、農家はしんどかっただろう? それで、夏の終わりに引き取ったんだよ」
夏をほとんど引きこもって過ごしたが故に、冷夏についてほとんど知らなかったアニスは、賢明にも口を閉ざした。しかし、表情の端々にそうした無知が滲んでしまったのか、マーロウはじっとりと目を眇め、アニスを睨んだ。
「……その家には他にも二人、子どもがいるもんだから、食費が馬鹿にならなかったんだろう。でも人買いに売りたくはないと、あたしに打診があったんだ。——先祖返りは高く売れるもんだから、どこかに目を付けられたのかもしれないね」
あの見目だ。貧しい暮らしをしていれば、いつか売られてしまったかもしれないし、売られなかったとしても攫われたりしたかもしれない。
しかし、魔女の弟子になればある程度の安全が保障される。
なにしろ、魔女の弟子に手を出すということは、その魔女の一門を敵に回すことと同義だからだ。
魔女の弟子だと知らずに、見目の良い娘を攫って売り飛ばした悪徳商人が、魔女の一門の報復を受けて死ぬより辛い目に遭った。娘を政争から遠ざけるために魔女の弟子にした貴族がいて、その娘に暗殺者を差し向けた政敵がことごとく魔女の制裁を食らった。……などという伝承はいくらでもあり、そうした話のほとんどは恐ろしいことに実話なのである。
マーロウの一門でも、かつてそうしたことはあったらしく、ベテラン姉弟子達が集えば、その時の話を武勇伝として酒の肴にする。王都で一度、彼女たちの宴会に参加したアニスは、その内容のえぐさに目を剥いたものだった。
それ以来、ちょっと姉弟子たちを畏怖しているのだが、末の妹弟子ができるのであれば、彼女たちと改めて連絡を取ってもいいかもしれない。
「……あたしも先祖返りの面倒を見るのは久々なもんだからね。そもそも、幼児の面倒を見るのがあんた以来だ。色々手伝ってくれると助かるよ」
「任せて!」
頼んだよ、と締めくくったマーロウに大きく頷いて、アニスはまず、ミシェールを探して庭に出てみることにした。