新しい日々 1
最終章(短め)です
「まーあ! なんって勘違いをなさいましたの!」
明くる朝。
昨日の事件を振り返るため、関係者達はマーロウの庵に集まっていた。
冬の初めの風を受けつつ、のんびりとロッキングチェアに揺られているのは庵の主、大魔女のマーロウ。その膝の上で神妙に項垂れているのは、彼女の弟子で此度の事件の犯人のミシェール。そして、その姉弟子のアニスと、今日も今日とてアニスに会いに来たセージ、セージを回収しに来たヒースの三人は、マーロウの淹れる不味いが身体によい薬茶を啜りながら、今回の顛末について語らっていた。
そして――
「わたくしが連れ戻しに来たのは、ソレル卿ではございません、シード様、貴女です!」
語らうアニスの後ろに立って、力強く宣言しているのは、ある意味で此度の事件の原因となった少女、セルフィーユ・コールラビである。
セルフィーユがセージを気に入り、彼を連れ戻しに来たのだとばかり思っていたアニスだったが、それは大いなる勘違いだったのだ。
「は、はあ……」
「わたくし、貴女様の作品の、だいだいだい、大ファンなのです! 初めてシード様の作品に触れたのは五年前、メゾン・ペルルが売り出していた、小さなハンカチーフの作品でしたわ。わたくしあれに一目惚れして、その場で全種類買いそろえ、その作家の新作が入ったらすぐに教えて欲しいと、メゾン・ペルルの支配人に伝えたほどですのよ! それから、シード様の作品が出るたびになんとか入手してまいりましたし、個展やコンテストもすべて拝見させて頂きました。ドレスの装飾も幾度もご依頼させていただきましたのよ!」
「ありがとう、ございます……?」
熱烈な言葉に、アニスはなんと声絶えた者か迷いに迷い、結局そんな無難な言葉で礼を告げた。そんな、良く分かっていないと言わんばかりのアニスの振る舞いに、セルフィーユは頬をぷっくりと膨らませ、眉間をきゅっと寄せてみせる。
「もう、信じていらっしゃいませんね⁉ わたくし、推しの一助となればと、マダム・ペルルの株まで買いましたのに!」
「ほう、それはなかなかやるな」
相槌を打ったのはセージである。セルフィーユは満足げに「でしょう?」と胸を張った後、「でも……」とわずかに俯いた。
「ほんとうはマダム・ペルルのオーナーを買収したかったのですけれど、お父様に止められてしまいまいたの。経営は遊びじゃない、やるなら本腰を入れろ。学業とどちらを取るんだ、と……」
「お父上に賛成だな」
(なんだかすごい、天上の会話だわ……)
アニスは思わず苦笑して、何やらおかしな内容で盛り上がるふたりに向かい、肩を竦める。そのアニスの仕草を見たセルフィーユは、ぱちりと片目をつむってみせる。
「お分かりいただけました? ソレル卿は、そうですね。まあよく言って、『推し友』ですの。お付き合いとか、絶対にあり得ませんわ」
「あの日はふたりとも、アニスの魔法陣の愛好家、というところで意気投合したのだ。……あの時、コールラビ嬢が着ていたドレスは、アニスが手がけた装飾のものだった。アニスのとびきり美しい魔力が、アニスの手がけたこれまたとびきり美しい装飾の上を緩やかに巡る、まさに芸術品戸も言うべきドレスで、思わず見惚れてしまった……」
「シード嬢、これですよ。これが、セージが人から勘違いされる表情トップワン、『シード嬢の話を他人に語る時の顔』です……!」
そうヒースが解説した、セージの顔たるや。
お前にそんな顔ができたのかとアニスが改めてぎょっとするほどの、蕩けた幸せそうな笑みだった。
なるほど、あの日自分が見たのはこれだったのかと、アニスは納得しつつ、自分の作品にほんのわずか、嫉妬のような何かを感じたのは秘密である。
「ああ、そろそろ流石に、時間ですわね……」
そんな楽しい雑談の時は飛ぶように流れていき、気づけば日は傾いて、あっという間に夕方である。
そうぼやいて立ち上がったセルフィーユは、見送りのために立ち上がったアニスの手を取り、ぎゅっと握り締めると口を開いた。
「……ねえ、シード様。どうか王都に帰っていらして、わたくしたち迷える子羊たちに、また新たな美をもたらしてくださいませんこと? 貴女のいない王都は、大いなる美がひとつ欠けた、どうにも寂しい状態ですのよ」
「お言葉、ありがとうございます。……ですが、まだしばらくは、この地にいようと思っております」
改めてのセルフィーユの勧誘に、けれどアニスはそう答える。夢うつつの中でミシェールに誓った言葉を裏切りたくはなかったし、何より自分自身がまだ、ここにいたいと感じたのだ。
「老いた師匠も心配ですし、幼い妹弟子の面倒も見ていたくおもいます。それに、こちらでも新しい製品を手がけ始めたんですよ。それに、ここで育ったわたしには、王都はちょっと忙しすぎたみたいなんです。王都にいたときより、作風は素朴になるかもしれませんが……、より自然体でいられると申しましょうか、気取らない、日常に使えるような温かい装飾魔術を手がけることができるみたいなんです」
アニスは微笑んで、スカートの隠しから小さなオーナーメント――新作の『導きの小鳥』を取り出して、セルフィーユに差し出した。
「……まあ」
セルフィーユはぱっと頬を染め、差し出された小鳥を受け取ると、表に裏に斜めにと、鑑賞会を始めた。
「これは……、ほんとうにかわいらしいわ……」
「子どもの身の安全を願って作ったものですが、旅立つ人や離れる人に渡すものとして、人気が出そうなんです」
アニスは小鳥の機能を説明し、魔石で作られた小鳥の目をつんつんと押すと微笑んで、
「それ、コールラビ様に差し上げます」
「えっ! 推しのグッズ手渡し会緊急開催……⁉ 家宝にします!」
何やら良く分からないことを呟いて、感激にむせぶセルフィーユにアニスが苦笑していると、不意に左から暗い影が差した。灯りを遮るように立っているのは黒づくめの魔術師、セージである。
いつの間にか立ち上がっていた彼は、アニスの隣ににじり寄ると、ロザリオのごとく小鳥を掲げて祈っているセルフィーユを横目に、小さくこうぼやいた。
「……それ、私にはないのか?」
「あら、欲しいの?」
「欲しい。アニスのくれるものなら、何だって欲しいが、それは旅立つ者への贈り物でもあるんだろう?」
「そうよ。それじゃあ、今度、ちゃんと作って贈るわ。ミシェールのやつみたいに、どうせなら特注で作らせて」
「……楽しみにしている」
どうやら呪われているらしき、変わらない表情筋。しかしなぜか、彼が喜んでいる気配は伝わってくる。
(……思えば前からそうだった。無表情なのに、なんでか表情が分かるのよね。わたし、なんであんなに、微笑んで貰えないことにこだわったのかしら)
手に入らないからこそ欲しくなる、そういう輝きだったのだろうか。アニスは自分に苦笑して、まだ祈っているセルフィーユから目を逸らすと、セージに正面から向き直った。
「そういえばあの、茨を突き破ってやって来たの、なんだったの?」
「……あれは、『茨の城』の解呪条件、『乙女の愛を真に求める者』だ」
「あれってあんな、力業の解呪法だったの?」
ドロドロになっていたヒースを思い出し、アニスが首を傾げると、どうやらそうらしい、とセージは浅く頷いた。
「本来は、紙のように軽く切れるか、蔓の方が避けるようなものらしいのだが、何故かむしろ立ちはだかってきたのだ……。しかもヒースやコールラビ嬢では傷ひとつ付けられず、私だけが傷を付けられたものだから、自分でやるしかなかった。お陰でまだ、腕が筋肉痛だ」
差し出された腕は確かに震えている。
しかしその腕が、アニスへの愛を証して、アニスを生還させたのだ。そう思えばこの細腕も愛しい。アニスはその手をしっかりと掴み、掌をもみもみともんでやった。
「……王都には、帰って来ないんだな」
「うん。そう決めたわ」
手を揉まれながら、セージがぽつりと呟く。それに、アニスははっきり、そう答えた。
「っていうかね、わたしにとって帰るところって、王都じゃなくってたぶんここなんだって、気がついたんだ。だから少なくともあと数年は、ここを拠点にするつもり。王都でのキャリアを投げ打つことにはなるかもしれないけど……、できることからコツコツやってくわ」
「そうか……」
セージはどこか寂しげに目を伏せると、次の瞬間目に力を込めた。
「……だが、別れなくて、いいんだな?」
「こだわるわねえ」
その言葉に、アニスは思わず苦笑する。
セージは憮然としたように唇を引き結んだが、諦めたように首を振ると、「それはそうだ」と零した。
「言葉以外に、他に縋るものがないのだからな」
「……じゃあ、しばらく遠距離しましょ、ってことで、どう?」
アニスの言葉に、セージはぱっと顔を上げた。無表情だが明らかに、その面は輝いている。
「ありがとう。今度こそ、マメに連絡をする」
「わたしも、この半年のことは、反省したわ。あんまり疎遠にならないように、気をつける……」
「ああ、お互い、気をつけよう……」
「そうね……」
ふたりはたがいに頷いて、今度こそと誓った。
親しい仲こそ、ちゃんと縁を結んでいかなければならないのだと、きっちり学んだので。
次話がとても短いので、今日は2本投稿です。




